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第九話:始まりの始まり ―翌日 神谷が旅籠を発った。 あの出来事は神谷の心に、どのような形で残ったのだろうか。 ただ何となく…―もう戻らないつもりなのだろう。 と、そのことにも薄々だが気付いてはいた。 「神谷が戻らんだと!?どういうことだ沖田!?」 突然、芹沢が怒鳴り声を上げた。 どうやら斉藤と沖田の会話を聞いていたらしい。 沖田が急いでその対応にあたっていた。 「―斎藤先生」 はさり気なく隣りに立ち、そちらの様子を伺った。 「…どうしましょうか?」 それはもちろん―芹沢局長を…ではない。 そしてそれは渦中の人物である、神谷を…でもない。 斎藤はそれに答えることこそしなかったが、その視線は確実に沖田を捕らえていた。 それに気づいたは、ただクスリと笑う。 「何がなんでも遊びに行くぞーっ!!」 「ああもうわかりましたっ!!」 いつの間にやら遊びに行く話に発展していたようだ。 断固として譲らない芹沢に、沖田が折れた。 と、そこですかさず「それでいいのか」と斎藤が声をかけた。 「しょうがないでしょう。舟涼みにでも行くと偽って三十石船で連れて帰ります。」 「それではなくて、神谷の件だ。」 ―相変わらず切り返しが上手いなぁー。 とは後ろで感心半分に苦笑していた。 「あれ程可愛がっていた者を手放すとは、意外だったな。」 「……そんなに可愛がっているように見えましたかね。」 「可愛くなかったとでも言うつもりか?」 「そりゃ、可愛かったですよ。」 思いがけず、沖田があっさりとそれを認めた。 それにはも内心で同意し、今までのことを改めて振り返ってみる。 表情がコロコロ変わって可愛かったな、と純粋に思った。 そして、そんな神谷の話をする沖田の顔もとても優しかったな、と。 ―そう、確かに神谷さんも心配ではある。 しかし、何より沖田のことを考えると、それが惜しいような気がしてならなかった。 だからこそ、思わず声をかけてしまった。 「沖田先生……」 「はい、なんですさん?」 「あ、えっ?えぇーっと…」 何と言ったらいいか。上手い言葉が出てこない。 まさか斎藤のように直球で言えるはずも無く、は意味も無く一人焦っていた。 「う……」 「「『う』?」」 沖田とが、何故かお互い聞き返すように声が重なった。 ―ということは、声の主はまた別の人物ということで…… 「いかん、俄に差込みが…」 「―って斎藤先生!?」 いろんな意味で驚いたが、慌てて斎藤の元に駆け寄った。 「どうした斎藤!?」 同じく芹沢も驚きの声を上げて駆け寄ってきた。 「芹沢先生、面目ない。暫く休める宿をどこか…」 「任せろっ!!何、無理をするな。 そなたの為ならもう一泊すること位、一向に構わんのだからな!」 「よよ落涙」 「………」 「『よよ』?」 ―何だろうこの茶番劇は。 斎藤には失礼だが、は正直泣きたくなった。 芹沢の影に隠れて、沖田からは見えなかったようだが、 のところからはばっちりと見えてしまった。 斎藤が何かを企んでいるときに出る、ニヤリという怪しい笑み。 それを浮かべる瞬間が……。 ―あぁ…先生、やっぱりやってくれましたね…。 予想の範疇だったとはいえ、これは無いだろう、とは心の中でまた涙を流した。 「―という訳ですが、しかし私の病に皆をつき合わせるのでは申し訳ない。 私は少々まどろみます故、先生方はどうぞ舟遊山にでもお出かけください。」 旅籠に着いて間もなく斎藤がそう言た。 「いやあ悪いのぉ斎藤!」 「なんでそうなるんです!!」 ―これじゃぁ帰れない。という沖田の心の声が聞こえてきそうだ。 芹沢の、全く悪いと思っているように聞こえない謝罪にも、 はただただ苦笑するしかない。 ―まぁ好都合には変わりないけれど。 「では私も、斎藤先生の看病のためこの場に残らさせていただきます。」 「さん!?」 「誠か!?お主が来ぬのは少々惜しいのぉ……」 ―仮にも…いや正真正銘、斎藤の補佐であるの言葉に、芹沢は承諾を渋る色を見せた。 「芹沢局長にそう言っていただけるとはこの、光栄にございます。 しかし私は、斎藤先生の補佐。 直属の上司が苦しんでいるときに、どうしてその部下だけ楽しんで居られましょうか。」 かなり誇張してはいるが、それも事実。 ……本当に病だったら、の話だが。 「うむ…そう言われると、確かにお主の言う通りじゃのぉ」 納得する芹沢には―あともう一息。と、内心ほくそ笑んだ。 「はい、師弟とは一蓮托生。苦心を共にするが理ではないでしょうか。 もちろん、不義不忠は武士道に反しますゆえ。」 「あい分かった!お主の心意気しかと聞き届けた!斉藤のことはに任せる!!」 「承知致しました。」 ―チョロいな。とまでは言わないが…。単純で正直助かった。 「なっ…!二人ともっ!!」 あまりにもとんとん拍子に話が進んで行くので、焦った沖田が声を上げた。 「やかましいぞ沖田。斎藤が休めんではないか! あとは高坂に任せて儂らは行くぞ!」 「行ってらっしゃいませー」 芹沢に引き摺られる沖田は、こちらを恨めしそうに見ていた。 が、そんなことを気にすることもなく、沖田に芹沢の世話を一方的に任せたは、 呑気に手を振って見送った。 そんな感じで、斎藤の名演技?との巧みな?話術により、 一同は一先ず止どまることに成功したわけだ。 そして現在、部屋には当然二人しかいない。 何をするのも勝手だが、斎藤がこんな事をしてまで残った理由を はまだちゃんと聞いていなかった。 「―検討はついてますけど先生。これから神谷さん、探しに行くんですよね?」 団扇を片手に、何事もなかったように寛いでいる斎藤を半ば呆れながら見た。 「それしかないだろうな。この広い大阪で、会える確率の方が低いだろうが。 とりあえず、何事もしないよりはマシだろう?」 ―ククッ…と、どこか楽しそうに笑った。 「つまり、私にも手伝え…と。」 「…先ほど、自分で言ったことをもう忘れたのか? 『師弟は一蓮托生、苦心を共にするが理』なんだろう。 それが武士道に反するときたら、答えは一つしかなかろう。」 ―先ほどの言葉を逆手に取られた。 それにはも反論することができない。 いつも更に上手をいく斎藤に、逆らうことができた試しがない。 それが例え渋々だろうと、最終的には付き合うしか答えはないのだ。 「手分けして探すぞ。」 ―ひたすら『我が道を行く』彼の上司の補佐を勤めるには、 第一に諦めが肝心…なのかもしれない。 「はい、わかりました…」 ―賽は投げられた。 ―これから起こる出来事は、偶然か必然か。 ―これから何年にもわたる鬼ごとが、今はじまる。 Back Menu Next |