第拾話:懐かしき面影





現在、二人は別々に神谷を探していた。



まずは水路だが……

芹沢たちに出くわす可能性の高いので、そちらは機転のきく斉藤が向かった。



ということで。

陸路はが担当することになったのだが、その範囲はとてつもなく広い。



当然、神谷の行くあてなど、知る由も無いは、

一先ず大きな街道沿いに絞り、その周辺にある旅籠屋を訪ねてみることにした。



「―いえね、家出した弟をさがしているのですが…何分まだ元服前の未熟者。

 困った事に、志しばかり高く、立派な武士になると言って、

 突然家を飛び出してしまったのです。


 母が心労の末倒れ、こうして兄の私が説得も兼ねてさがしに出た次第でして。

 14、5歳ほどの、愛らしい容姿をした月さかのある少年を見掛けましたら、

 どうか、教えていただけませんでしょうか。」



人好きの良い顔で、は話しかけていた。

適度な笑顔を欠かさず、同情をひくような家庭事情も入れる。


こうすれば、話は適度に広まり情報が集まりやすい。


男装しているときの容姿が女性受けすることも計算済みの、

自分の能力を最大限に生かした情報収集である。



―女性の世間話を馬鹿にしちゃぁいけない。



しかしそれでも、それらしい人物の情報は引っ掛かってこなかった。



―こっちはハズレ、かなぁ…。



目撃情報は入ってこない。

あの神谷の容姿は間違いなく目立つため、

一人や二人興味を持って覚えていてもおかしくないはずだ。

それでも入ってこないとなると、水路もしくは完全に裏をかかれたか、だ。



仕方が無く、が諦めかけて旅籠へ戻ろうとしていると、

何やら少し行った辺りの様子が異様に騒がしい。



「……何だ?」



―感ではあるが、とても嫌な感じがしないでもない。



が走りだそうと一歩足を踏み出すと、突如、脇道から現れた子供と派手にぶつかった。



「うわっ……!?」


「きゃっ!」



よろけた子供を反射的に支え、なんとかお互い転ばずに済んだ。



「す、すみません!」


「びっびっくりしました…。怪我はありませんか?」



ゆっくりと体を離し、その顔を覗き込めば、子供の顔は一瞬にして赤く染まった。



「あっはい!だっ大丈夫です…!」


「そうですか…?なら良かった。」



が微笑むと子供の顔は更に赤くなった。

どうやら女の子だったらしい。

といっても、おそらく十代前半の、女性に差し掛かる一歩前といった面持ちだ。



「何をそんなに急いでいたんですか?

 この人込みです。もしろくでもない人物にでもぶつかったりしたら、妙な言い掛かりを―」



つけられますよ。と、続けようとして、ふと女の子の走って来た方向を見れば……



「―あぁもうすでに絡まれた後、でしたか。」



―これでこの子が急いでいた理由もわかったな。とは一人納得する。



そこに柄の悪い男達が2、3人程ニヤニヤとした表情で近寄ってきた。



「よぉ嬢ちゃん、やっと観念したか?」



その言葉に子供は、拳を胸の前で握り締めながら、半歩後退りをするように下がった。

しかし成り行き上、その間にはが立ち塞がる形で立っていた。


男達にとっては少々邪魔な存在でしかない。



「おい、兄ちゃん。怪我したくなきゃぁ、さっさとそこを退きな。」


「何故です?」


「あぁ!?決まってんだろ!そこのガキに用があんだよ!!」



男に用はない、と言わんばかりに睨み付けられた。



「……ということみたいですが、お嬢さん心当たりは?」



それを全く気にも止めることなく、にこやかに背後の少女に話しかけた。



「無いです。向こうが勝手にぶつかって来たのよ!

 私が誰のところの禿か知ってて…!!

 骨が折れたとか言い掛かりをつけてきたけど、追いかけてくる元気あるなら大丈夫じゃない!」



興奮して涙目になりながらも、必死に訴える。



―強い子だ。



子どもが一人、複数の男共に追いかけられて怖かっただろうに。

は慈しむように少女の頭をひと撫でし、男たちを振り返る。



「……つまり、あなたたちは計画犯ですか。それはそれは。」



そして逆に、哀れむような目で彼らを順番に見た。



「っテメェ何が言いてぇ!」


「いえ、別に。」


「ならさっさと退けやがれ!!」



次第に苛ついてきた男達に、はあっさりと答えた。



「嫌ですよ。まったく、情けなさ過ぎてい溜息もでません。

 大の大人が3人掛かりで少女を追いかけて、恥ずかしくないんですか?」



男達の顔が羞恥で赤く染まった。


思いっきり馬鹿にされたことに気付いたのだ。



「っ……!うるせぇ!!テメェには関係無ぇだろ!!」


「まぁそうですね、関係といえばあなたたちが追いかけていた少女とぶつかった程度。

 関係は無いに等しいでしょう。

 しかしですね、ここでこの子を見捨てるほど、私、薄情な人間でもないんですよ。」


「はっ!テメェみたいな優男に何ができる?」



明らかに見下された視線に、は深く溜め息をついた。



「……何分、私は恥るということを知っています。

 相手の力量が私より上ならばおとなしく引きましょう。

 ですが…、私の力量も見抜けないようなチンピラ風情に、負ける気は全くしません。」



それはもう憮然と、満面の笑みで言ってやった。

もちろん過信などであるはずがない。


伊達に何度もあの斎藤と手合わせをしているわけではない。



―この程度の輩に負ける理由はない。



「―っこの野郎!!死にやがれ!」



―……なんだかなぁ。



あまりにも単純馬鹿過ぎてもう、掛ける言葉もない。



「……遅い。」



一人、二人をあっという間に手刀で伸すと、三人目は臆病風に吹かれたのか、

脱兎のごとく逃げ出した。



「うわぁ…ついでに根性もないのか。まぁ、追いかけなくてもいいか。」



刀を抜く間もないほど、あっけなく終わってしまった。

弱いものいじめをしているような気になり、気分はあまり良くないが。

あまりの手応えのなさに、脱力せざるを得ない。



「……あ、あの…ありがとうございました!」



後ろに下がらせていた少女が、ことらに頭を下げて礼を述べた。



「いえ、大したことでは……」



『助けてくれ』と言われたわけではないので、己が勝手にやったことだ。

礼を言われるのは気が引けた。



「あの、お礼に……よろしければうちのお店に来ませんか?」



―……店?



そこでふと、先ほどの会話を思い出す。

少女は自身を禿、と言ってはいなかったか?



「まさか……」



芹沢局長お楽しみの『新地』か。



「あー、えっと私が勝手にやったことだし!気にしないでくれると……」



―さすがに妓楼は勘弁して欲しい。



「でも……」



困ったような表情を浮かべる少女にも困った。



―女子供に弱いのがの弱点とも言える。



「今、丁度ね、知人と手分けして人を探しているんだ。だから……」



その言葉の先は言わずとも、わかってくれることを信じて言った。

やはり聡い少女のようだ。渋々だが頷いてくれた。



「……もしその後お時間がありましたらぜひ居らして下さい。

 紅葉屋…碧眼の妓女が居る店と言えばすぐわかりますから。」



「へ、き、がん…?」


「はい……異人の血が混じっているらしいです。

 私の姐さんにあたる人なんです。」



―そんな、まさか……。



「…どうか致しましたか?」


「いえ、大したたことじゃありません。……どうかお気になさらず。」



できれば一刻も早く探しに行かねばならないのだが。その言葉が気になった。



「…これ以上お時間を取らせては、申し訳ないですね。

 お侍様、最後にお名前を、お尋ねしてもよろしかったでしょうか?」


「あ……と言います。」


様、ですね。私は紅葉屋の禿でミツと申します。

 本当にありがとうございました。」



もう一度深々と頭を下げると、ミツは微笑みながら去っていった。



『碧眼』



この国の人々が、持っている筈のない色。


は、その色を持つ人物を知っていた。



―姉さん……。



まさかこんなところで情報を手に入れるとは思ってもみなかった。

しかし今すぐ、確認しに行くわけにはいかない。



―今、には他に、やるべきことがある。



―こんなに近くに居るのに……。



本人かどうかはわからない。

でも、何も手掛かりのない中で手に入れた唯一の情報。



今すぐにでもその店へと走り出したい衝動を抑えつつ、ただ静かに、強く、拳を握り締めた。







の心を占めるのは、在りし日の大切な、たった一人の姉の姿。















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