第拾壱話:掛け違えたモノ






 ―京都・壬生屯所



斎藤が神谷を見つけたあと一騒動あったものの、一同は無事帰ってくることができた。

ただが、だけがどこか心ここにあらずといった様子であった。



「ど、どうしたんでしょうか?」


「う、うーん…」



そんなの様子を物陰から伺っていたのは、神谷・沖田の両名である。



「……はぁ」



先ほどから縁側に座り込んだまま、ぼんやりとどこかを眺めているかと思えば、

時折溜め息をつく。

その一挙一動は普段のを知る者たちからすれば、どうもらしくなかった。

手始めに、神谷と沖田の両名がいつもの如く元気いっぱいに挨拶すると、

ちゃんと挨拶が返って来た。

返っては来たのだが……その後またしばらくするとボーッとしてしまうのだ。



「何か悩みごとでしょうか?」


「多分……それが一番妥当だと思います。」



心配そうな神谷の問いに、沖田も神妙な顔で頷いた。



「せ、先生!何か心当たりは?」


「残念ながらないですね……大体、さんは斎藤さんの補佐役ですし。

 あ、斎藤さんなら何か知ってるかも知れませんね!」


「斎藤先生ですか!?」



途端、二人は顔を見合わせりと、期待に目を輝かせて一目散に駆け出した。













―しかし……



の様子が変?さぁ知らんな。」



頼みの綱であった斎藤にそうあっさりと返されてしまった。



「そ、そんなぁ……!」


「うーん、困りましたねぇ」



あからさまにガクリと肩を落とした二人に、斎藤は不快そうに眉を寄せた。



「実害が出ているわけでもあるまい。ほっとけばいいだろうが……」


「……まぁ、そうなんですけどね。」



そんな投げやりな態度に沖田は苦笑で返すが、その隣りで食ってかかったのは神谷だった。



「斎藤先生はさんのこと心配ではないのですか!?」


「そもそも、隊の違うお前達には関係のないことだ。」


「そんな言い方って……!!」



なおも噛み付く神谷を沖田がふと手で制した。



「では斎藤さんがそう言うのなら、私はそっとしておくことにします。」


「なっ、沖田先生!?」



予想外にあっさりと引いた沖田に神谷が驚きの声を上げた。



「それじゃぁ失礼しますね、斎藤さん。」



そう言うと制止する間もなくスタスタと部屋からも退室してしまい、

神谷は慌ててその後を追った。



「し、失礼しました!沖田先生ー!?」



まるで嵐のように慌ただしくやって来て、

引っ掻き回すだけ引っ掻き回して去って行った沖田と神谷。

また部屋に一人となった斎藤は、疲れたように深々と溜め息を吐いた。
















「先生……!一体どういうつもりで!?」



沖田の背に追いつくと、不満な顔を露に問い質した。



「あれ以上、私たちが何かする必要はない。そのままの意味ですけど?」


さんを放って置くんですか!?」



見損なったと言わんばかりに神谷は表情を険しくした。



「ええ、斎藤さんがどうにかしてくれるみたいですし。」


「え?だって斎藤先生は放って置けって……」


「おや、神谷さんは気付きませんでしたか?」


「何をです?」



楽しそうな沖田を神谷は膨れっ面で見上げていた。



「うふふ、斎藤さんは素直じゃないですからねぇ……

 あれで誰よりもさんのこと心配してますから、大丈夫ですよ。」


「……そうでしょうか。」


「えぇ、口ではああ言ってますけどね。

 きっとこの後、直接さん本人に会って話し合うなり何なりどうにかしてくれますよ。」


「はぁ……?」



どうにも神谷には納得できないまま、話は終息した。























「―失礼します。」



―カタン…と小さく音を立て、障子の影からが姿を現した。



「斎藤先生お呼びだと……あ、痛ぁっ!?」



避ける余裕などなかった。

気配は察知していたものの、よく知る人物のモノであったため警戒など欠片もしていなかった。

の頭に容赦のない鈍い衝撃が襲ったと同時に、頭上から低い声が聞こえた。



「いい加減、その辛気臭い面をどうにかしたらどうだ。」



痛む部位を押さえつつ上目遣いに見やれば、そこには予想通りの人物が立っていた。

もちろん室内には、彼の手から放たれ一寸の狂いもなくの頭を強襲した物体・扇子も

転がっていたが、集中力が散漫で油断していたの確かだったのでそこはグッと堪えた。



「……『辛気臭い』って、先生酷いですよ。私は別に――」


「フン、無自覚か。尚更質が悪いな。

 反論したいなら、鏡でも池でも覗いて自分の顔を確認してから言え。」


「せ、先生……!」



斎藤の物言いには非難の声を上げた。

何となく理不尽で口が悪いのは元からだが、今回はあまりにも率直過ぎる物の言い方だった。

これではまるで八つ当たりではないかと。

―そう、まるで苛立っているような……



「―何があった?」


「え……?」



それは斎藤の方ではないか。と、マジマジとその顔を見上げていたら不意打ちに自分への問い。



「えっと……」



―“何があったか”

その質問になんと答えたらよいのか。

その意味が一瞬わからなかったが、すぐにそれが『何』であるか、

思い当たってしまったは、言葉に詰まった。



「そ、れは……」


「俺には言えないことか?」



心持ち、斎藤の声色が低くなった気がして、の肩がピクリと震えた。



「そういう、わけでは……ありません」

「ならばさっさと言え」



そんな斎藤の高圧的な物言いに気分こそ害すことはないが、

逆らえない自分がこの時ばかりは情けなく思う。

泣き笑いにも似た心境で自嘲気味に小さく溜め息をつくと、は重々しく口を開いた。



「……私にはたった一人、姉がいました。」



涼を取るために開いたままの障子。

そこから見える頓所の塀のさらに向こう側を、どこか切ない目差しで見据えたかと思うと、

その目をゆっくりと伏せた。



「先生もご存じの通り、私の家は攘夷の過激派に襲われ、そのときに両親は亡くなりました。

 私も生死の淵を彷徨うほどの深手を負い、あの方によって救われました。

 けれど、姉は……姉だけは、いくら捜しても見つかりませんでした。

 つまり生死どころか、その行方すら知れないのです。」


「襲った連中に連れ攫われた、か?」



斎藤はわずかに剣呑な雰囲気を漂わせた。



「……その可能性は高いと思います。母に似て、とても綺麗な方でしたから……」



懐かしむようには優しい顔でほほ笑んだが、すぐにその表情を消した。



「それで?」


「この間の大阪で、神谷さんを探していたときに偶然、それらしき情報を小耳に挟みました。」



思い出されるのは、出会った禿の子が言った言葉。

は沈痛な面持ちで拳を握り締めた。



「……何故わかる?

 悪いがこの時世、似たような事情を持つ者など、掃いて捨てるほどいるだろう?」



酷なようだがそれは事実だ。

斎藤は厳しい顔つきのまま、柱に背を預けてを見据えていた。



「そうですね。先生の言う事はもっともです。

 ただ姉は少々例外的な方で、先ほども言った通り『母似』だったんです。」



ピクリと斎藤の眉が動いた。



「そうか。確か、お前の母親は……」


「私の母は異人の血を半分引く方で、綺麗な碧眼を持つ方でした。」


「つまり、お前の姉も」


「えぇ、紛れもない碧眼です。

 噂によると妓楼に居るらしいので、推測通り『売られた』とすると……」


「何らおかしくはないな。」



顎に手を当て斎藤が目を細めた。



「はい。ですが今の私に、確かめる術はありません。

 よっぽどのことでない限りは、私が大阪へ行くことなどないですから。

 局長達に事情を話して、下手に勘ぐられたらいけませんしね。」



立場は複雑なのだ。

それを露呈させるような情報を少しとはいえ明かすわけにはいかない。



「せめてこの京都であれば……」



俯くにおもむろに斎藤が近寄ると、その頭に手を乗せた。



「話は通しておく。」


「それは、ご迷惑では……!」


「あの方はお前の家族ことを気に掛けていた。気にすることではないだろう。」


「しかし……!」


「確認の取れ次第、結果によってはお前が直接行ける機会が作れるだろう。

 歯痒いだろうが、その時まで待て」


「せんせ、い……」



は俯いたまま、目許を手のひらで覆い隠した。



「ありがとう、ございます…本当に、ありがとうございます……っ」



昔見た懐かしい姉の姿が脳裏に浮かび、声が震えた。



「泣く奴があるか、阿呆が。まだ本人と決まったわけではないんだ。

 ぬか喜びだったら目も当てられんぞ。泣くのは精々再会したときにとっておくんだな。」


「は、はいっ!」



はただ純粋に嬉しかった。

姉の捜索に向け一歩踏み出せたこと。

何よりそれを斎藤が提案してくれたこと。



―それは、尊敬する気持ちから来たものだと思っていた。




けれど本人が気付いていないだけで、間違いなく淡い淡い恋心だった。













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