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第拾弐話:灯る温かな想い 「―3日居続け、ですか……?」 は目を見開いて固まった。 一瞬、聞き間違いかと思ったが、どうやら事実であるらしい。 普通に考えれば、本来女子であるはずの神谷が同じ女子とどうこうあるわけがない。 あるわけがない、のだが……は――ふむ、と考え込むように小さく唸った。 ―ここはあえて否定しない方がいいのかもしれない、と。 今後、疑われる可能性が出てこないとも限らない。 この先どう転ぶかわからない以上、今のうちに疑われる要素を 少しでも緩和できる事実があるのなら、それに越したことはないだろう。 ただ、女の身としては何とも複雑な心境だろうが。 同じく男に成り済ましているとしても、他人事とは思えなかった。 そしてそこに関連した事で、少々気になる話も耳に入っていた。 これも情報元は隊士たちからで、居続けを賭けて、なんと、 神谷が沖田と勝負を繰り広げていたらしい。 神谷の秘密を知り得る沖田が何故そんなことをしたのか? 残念ながら、その現場を実際に目撃していないこともあって、 には理由など皆目見当もつかない。 何しろ、神谷が女子だという事実を知らない者たちが勝手にそう言っているのだから。 ―その勝負に至るまでの経緯や内容は、噂とは異なっている。 それだけは、も理解できた。 「沖田先生の案、なのかな……?」 ―そういう所に気が利く印象はあまりなかったのだが。 そこでふと、はここ最近の沖田の姿を思い返す。 ここ数日、発案者と思わしき人物は、何故かとても不機嫌だった。 時折、思い詰めたような表情さえ垣間見せるので、もさすがに心配した。 ただ、あまりにも彼らしくない様子だったこともあり、 不用意に声を掛けるのも憚られて、見守るに止どまっていた。 ―そんな折 噂の張本人である神谷が、屯所へ帰還した。 門を潜るなり、そこへ幹部の面々が待ってましたとばかりに一斉に群がり、 小さい神谷の姿はあっという間に見えなくなってしまう。 「全く、あの人たちは」 少し離れたところからたまたまそれを目撃したは、呆れた表情で息を吐いた。 「執務を放りだして一体何をして……――あれ、沖田先生?」 悪態をついていると、視界の端を沖田の姿が掠めた。 しかし、相変わらず張り詰めた表情をしており、足早にその場から立ち去ってしまった。 沖田らしくない行動は、の印象に違和感として残った。 「――何をしている」 「あ、先生」 の背後から、騒ぎを聞きつけ斎藤が声を掛けてきた。 「神谷、か? 島原から帰ってきたのか」 「ええ、そうみたいです」 丁度二人は、市内巡回を終え帰ってきたばかりのところで、 隊士たちはすでに解散しており、その場に残っていたのがだった。 斎藤は別の隊士に指示を出すために少し離れた所にいたが、それも終えたらしい。 賑やかな門前へと目を向けたものの興味はないらしく、あっさりと屋内の方へ踵を返した。 も一拍遅れて斎藤の後へと続く。 「混ざってこなくて良かったのか?」 「先生がこちらに居るのに、私が混ざりに行く理由はありません」 ―報告書も出さないといけませんし。 がそう言うと、斎藤は面白いモノでも見るような顔でクッと笑った。 「ちょ、先生。なんで笑うんですか。別に可笑しなこと言ってませんよね?」 「自覚なし、か」 「自覚って、先生……先生の笑いのツボが可笑しいんですよ」 代わり映えすることのない、毎度お馴染みの会話を繰り広げながら 二人は連れ立って歩き、廊下を右に曲った。 するとそこへ例に漏れず、神妙な面持ちを引っ提げた沖田がフラリと現れた。 門のところでいともと変わらない様子の神谷を目撃した後だっただけに、 その不自然さが一層際立って見えた。 「すみません、斎藤さん。お手合わせ願えませんか」 「――え、今からですか?」 沖田の誘いに、斎藤ではなくが驚いて聞き返してしまった。 二人は一息つこうと部屋へ戻るところであり、差し迫った用があるわけではない。 しかし巡回を終えたばかりだという事もあり、もう少し時間を置いてからの方が良いのでは? という思いが浮かんだ。何より、あまりにも唐突過ぎる誘い。 らしくない沖田の様子を心配する意味も強かった。 ここ最近、二人が何度か殺気立った立合いをしていることは既知である。 けれど、実際にその尋常ではない雰囲気を目の当たりにし、不安は募る一方だった。 ―沖田先生…… は斎藤を仰ぎ見た。 その思いは口に出して言わずとも伝わっていたようで、 斎藤は羽織を脱ぐと無言でに手渡した。 そのまま人目につきにくい庭先へと降りると、沖田を促した。 ―先に戻った方が良いだろうか。 穏やかとは言い難い雰囲気に、変わらず不安は拭えない。 斎藤を信用していないわけではないが、心配なものは心配だ。 煮えきらず、は邪魔にならないところから二人を見守ることにした。 刀を鞘から抜き、構えた二人は、隊内でも一、二を争う使い手だ。 傍から見ているにも、全く隙が見えない。 張り詰めた空気が頂点にまで昇りきろうとした ――その時だった。 Back Menu Next |