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第八話:悲しみの産声 ―目覚めたのは布団の中だった。 それも上質な生地のモノで、身体はうつぶせの状態だった。 「ここは…?」 身体を起こそうとするが、背中に激痛が走り寝返りをうつことさえままならない。 ―私は確か後ろから斬られて… その夜の惨劇が脳裏に甦った。 「父上…母上…姉さん…」 涙が零れた。 父の翔馬は決して弱くはなかった。 けれど、母と姉を人質にとられ、応戦する間もなく心臓を一突きされ即死した。 そしてそれに発狂した母も、あっという間に凶刃に倒れた。 けれど…最後の、姉の行方だけはわからない。 ただ、無力な自分が生き残ってしまったことに絶望した。 「―な、んでっ…私、は……」 しかしそんなところに現れた人物がいた。 『会津中将 松平肥後守容保』 「っ容保様…!!」 「身体の方は大丈夫か?」 は慌てて起き上がろうとするが、痛みにより身体をわずかに浮かすことしか出来ない。 「そのままでよい。それは生死の境を彷徨ったほどの傷…無理は禁物だ。」 優しい笑みがに向けられた。 「申し訳ございません…」 「気にすることはない。むしろ、謝らなければいけないのは私の方だ。 …翔馬たちを救ってやれなくてすまなかった。」 その言葉にはまた涙が零れた。 「いえ…父も、容保様にそう言っていただけただけで、本望でしょう。」 「…本当にすまぬ。」 ―心が痛かった。 私は、この時この言葉に救われた。 それからしばらくしての傷が完治したころ、 容保が神妙な表情での前に現れた。 「…お主これからどうしたい?」 その言葉には小さく拳を握った。 「はい、父のあとを…継ごうかと…」 静かに視線を落とし更に拳を強く握る。 「…やはりそうか。しかし、名はどうあれお主は女人だ。 身分も決して悪くない。良家の男の元に嫁ぐという道もあるのだぞ…?」 まるで妹を心配するような優しさを帯びた容保の言葉。 僅かに笑みを浮かべるが、はゆるゆると首を横に振った。 「…それは、できませぬ。 私は…『容保様の役に立ち死ぬ』という父の、祖母の意志を継ぎとうございます。 そのためなら、この女の身さえ捨ておく覚悟も当にできております。」 その言葉に二言はない。 ―私には、私に残されたすべてのものを守ることしか、生きる道はないのだ。 「本気……、なのだな。」 「……はい」 長い沈黙が二人の間に漂った。 「―ならば、これ以上私から言うことは何一つあるまいな。 その決意を汲んで、一つ頼みたいことがある。」 「はっ、なんなりと。」 「くどい様だが、先ほどの言葉に二言は無いな?」 「ありませぬ」 「では…、そなたに命を下す。男子として浪士組に参加せよ。 出立は一月後、詳しいことは同じく参加する斎藤一という男が追々説明する。 そして任務中、基本的には斎藤の指示を仰げ。 私との連絡の際も斎藤を経由するよう心得よ。 とにかく、それまでに体調を整え英気を養いなさい。準備はこちらでしておこう。 必要な物があれば誰でもよい、遠慮無く言付けなさい。」 「はい、容保様の仰せの侭に」 ―それが、今、ここにいる』『』の存在意義。 …月灯りが静かに彼らを照らした。 草むらの中、3人は倒れている人影を見つけた。 人相を確認すると、は顔を小さく諌めた。 ―この彼は確か旅籠屋の三男坊…。 神谷さんを追っかけ回していた人物だ。 「……すでに、事切れていますね。」 首筋に当てていた手を放すと、は両手を合わせた。 「存外、いい死顔をしていますね。」 「家でも世間でもはみ出し者だったのが、最後は武士として死ねたのだろう。」 沖田・斎藤の両名も感慨深い表情をし、同じく手を合わせた。 「悔いなく、逝けたんですかね……」 ―彼は神谷さんを守ったのだろうか? いずれにしろ、必ず訪れる己の死際。 果たして自分も、このように安らかに逝けるだろうか。 ―それも所詮は戯言だけれど。 遺体の乱れを直し、は静かに立ち上がる。 「―敵は7人、8人……いますか?」 「俺の読みでは8人だ。」 の読みに斎藤が付け足した。 「そうですか…では、入口はさんに任せるとして。 私と斎藤さん2人で入って勝てますかね。」 沖田が建物の方に目を向けた。 「月の無い室内では、灯を消されたら真っ暗闇ですね。」 「……下手をすれば同士討ちだな。」 「うわぁ……」 ―縁起でもない…。とが顔をしかめた。 「それじゃぁ私が先に飛込んで連中を外へ出しますから。 斎藤さんはさんと2人でそれを迎え討つ、と「そいつは無茶だ」」 斎藤が沖田の声を遮り、も頷く。 「えぇそれは駄目です。8対1じゃ危険を通り越して無謀ですよ。」 「それに神谷が生きてりゃ余計に厄介だ。だから、先鋒は俺が行こう。」 「って先生…!」 「全然理屈になってませんよ斎藤さん。」 はガクリと肩を落とし、沖田も苦笑いを浮かべた。 結局、猫の鈴にヒントを得て宿札を3つを1つに括る。 それを鈴代わりに斎藤が敵の注意を引き、 そこに群がる敵を『無音』である沖田が片付ける手筈となった。 ―暗闇を逆手にとった作戦である。 しかしこれも隊長格2人だからこそできる荒業。 「中は斎藤さんと私が行きます。さんは敵を逃がさないよう入口をお願いします。」 「了解しました。」 ―間違っても同士討ちはごめん被りますからね。 しかも殺られる側は100%である。 それはまさに自殺志願、無謀の極み…。 当然の如く、まだ死ぬつもりなど毛頭ないは、その言葉に力強く頷いた。 改めて3人は顔を見合わせると、斎藤が立ち上がったのを皮切りに行動を移した。 沖田・斎藤は建物へと飛込み、は入口を固めた。 ぶつかり合う金属音、響く怒声や奇声、叫び声…。 あの二人の心配こしていないものの、同じく中にいる神谷は別である。 突入時にとりあえず生きてはいたみたいだが…。 ―すべての騒音が鎮まった頃。 「―片付きましたか」 月明りの差し込み始めた入口から、ひょっこり顔を出したのは、その入口を任されたである。 「あぁ……一通りは、な」 それにすんなりと応えたのは斎藤だった。 「私、結局出番無しですかー……」 なんとなく予想はしていたが、事実それを突き付けられると、そこはかとなく虚しいものがある。 ―もちろんそのことに不満など微塵もないが。 「無事ですか、神谷さん?」 「はい……」 沖田が声を掛けた先、黒い血の海の中に半呆然と座り込んでいる神谷の姿が目に入った。 ―無事だったんだ。 と、が胸を撫で下ろす間もなく、そんな彼女に、だ。 さも当然のごとく沖田が刀を差し出した。 「ほら、存分に仇を討ちなさい。」 ―あぁ、そうか…。 1人だけ生きている大工の格好をした男。 この男が神谷さんの敵なのか。 はふと神谷をもう一度見直した。 男に刀を向け奮然と立つその後ろ姿。 その姿は、何故だか在りし日の自分とダブって見える。 ―あぁ……すごく嫌な感じだ。 は無意識の内に右拳を握り締めていた。 ―これ以上は、見ていたくない。 目を伏せ、顔を逸らした。 『あんたが殺したんだ!!』 今も耳に残るその台詞。 ……私には、連鎖を止められる強さがなかったことを知らしめるモノ。 すると、物思いにふけっていたの不意を突くように、神谷の言葉が聞こえた。 「―償いながら生きろ。」 神谷さんは男に対し、確かにそう言った。 ―……一瞬、私に言っているのかと錯覚してしまった。 しかし、神谷さんは私の過去なんて知らない。 知っているわけがない。 ―重傷だな…と、少し汗ばんだ自分の額を押さえた。 ―そして、その男は死んだ。 神谷の言葉も、思いも虚しく、一人の武士として男は自害した。 はただ、どうしてもその場に居たくはなくて、 近くに立っていた斎藤に視線だけ送ると、雑草の生い茂る庭先へと降り立った。 ―自分の手が、心が、その存在自体が、酷く汚く…醜く感じられた。 「…けれど、後悔はしていない」 それは強がりか、はたまた本心か…。 それは自分でもわからなかった。 ただ一つだけ。 ―自分は武士なのだ。 それだけが唯一の答え。 Back Menu Next |