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第七話:古き日に捨てたモノ ―大阪 は旅籠の客室の窓際で、ぼんやりと町並みを眺めていた。 隣りの部屋は沖田と神谷の二人部屋で、ちらほらと声も聞こえてくる。 は団扇を片手に部屋の中を振り返った。 「…先生、本当に良かったんですか?」 その視線の先には、斎藤が涼しげに座っている。 「…何がだ?」 「何が…って神谷さんですよ。皆さん、あっさりと承諾しましたが、 神谷さん今まで斬り合いなんて経験したことないでしょう?」 が心配そうに隣りの部屋を壁越しに見た。 「…フン、いらん心配だな。 アイツがここでくたばったら、所詮それまでだったということだろう。 …例え祐馬の血縁だろうと関係ない。」 その一言には大きく溜め息をついた。 「…先生に聞いた私が馬鹿でした。 でも、この声の様子だと沖田先生が言いくるめてあちらへ返してしまいそうですね。」 それに斎藤はピクリと反応した。 話の詳細な内容までは聞こえてこないが、どうやら神谷が折れたようだ。 前触れもなく斎藤がスッと立上がり、襖を開けた。 「…野暮用を足して来る。」 「……わかりました。」 出て行く斎藤の背中を見送ると、はまた溜め息をついた。 「……野暮用って、沖田先生をからかいに行くことですか。」 ―外でカラスの鳴き声がしたような気がするのは、気のせいだろうか。 斎藤のあの性格には本当に困ったものである。 ―神谷さんが心配ならば、正直にそう言えばいいのに。 『祐馬の血縁』という言葉を自分から出してしまった時点で、斎藤は墓穴を掘っていた。 そして ―かなり自分なりに…だが、本気で神谷さんを心配する一方、 沖田先生をからかうのが最近の楽しみのようだ。 いい性格にも程がある…。 そこまで考えて、は思考を止めた。 ―退屈は人を殺してしまう。 斎藤はきっとそれを本能的に知っているのだろう。 は最近ようやくその意味がわかってきた。 行動の一つ一つに意味があるように、斎藤の行動の意味も、なんとなくだが掴めてきた。 だから、今回のことはあえて目を瞑ることにしたのだ。 ―…あれは完璧、趣味だしね。 刀以外で興味・関心といった感情が他人より薄い斎藤が、 唯一積極的にやることかもしれない。と、最近本気で思うであった。 ―夕方 部屋で涼んでいたは、いつの間にか眠ってしまったらしく、 座った態勢のまま寝息をたてていた。 斎藤がしばらくして部屋に戻ってみると、すでにこの状態だった。 特にすることもなく暇だったのだろう。 本を読んだ形跡があり、何冊かが横に積んであった。 「…よく寝ているな。」 何度か寝顔は見たことはあるが、今回はその表情が気になった。 「……ぇ…さん……」 誰かの名前を苦しそうに呼んでいる。 「……姉さん…ごめ…な……さぃ…」 ―…姉? に姉がいるとは斎藤も初耳だった。 ―両親がすでに他界していることは大分前に聞いていたが……。 自分には関係ないな、と小さく溜め息をつき、晩ご飯のためを起こそうと呼び掛ける。 「、起きろ。」 肩がビクリと動きその目がゆっくりと開かれた。 「…せ…んせい……」 顔色は良くない。 「飯だ。食えるか?」 「…はい、なんとか。」 斎藤の片手にはおにぎりの乗った皿があり、それをに差し出した。 「……だいぶ寝過ごしてしまったようですね。」 すでに他の隊員たちは食事を済ませたあとだった。 「随分うなされていたようだが」 「ちょっと昔の夢を見てしまいまして……。」 「そうか。」 それからしばらく沈黙が流れた。 は黙々とおにぎりを食べてはいたが、その表情はどこかまだ暗い。 食べ終わりゆっくりと顔をあげると、斎藤を見た。 「……そういえば沖田先生は?」 一瞬、何故だかが泣いているように、斎藤には見えた。 「まだ帰って来てないな。何かあったか……」 皿を片付けるついでに二人が下に降りると、そこに丁度沖田が帰ってきた。 「沖田先生!今、お帰りですか?」 が出迎えの言葉を言い、沖田もこちらに気付いた。 「斎藤さんにさんまで。遅くなってすみません。 番屋へ行って色々頼み事をしてきたもので。ほかの隊士達は?」 部屋に戻る途中、それに答えたのは斎藤だった。 「半数待機半数仮眠としてあるが。まぁ、あんたが無事で何よりだ。」 その言葉に沖田は何故か微笑んだ。 「ふふっ、神谷さんが騒いだんでしょう。仇敵のお尋ね者と出くわしって。」 「え?神谷さんは京へ帰したんじゃないんですか?」 が驚き聞くと、斎藤もそれに同意した。 「宿へ戻ってないんですか!?」 「えぇ。斎藤先生、戻っていませんよね?」 「戻るはずだったのか?」 「…いえ、そんな気がしてただけですけど。」 言葉を濁し、座る沖田に斎藤とは何かを感じ取った。 「おとなしく帰ったなら、それに越した事はないんです。」 そう言ってもぐもぐとマイペースにご飯を掻き込んでいく。 「二人とも、風呂はもう済んだんですか?」 さり気なく言われたそれは、ある意味決定打だった。 斎藤が立ち上がるのに続いてもゆっくりと立ち上がった。 「…斎藤さん?」 「風呂は散歩の後でいい。」 「一人で出ようなんて、つれないですよ沖田先生。」 「…っほんとに嫌な人たちですね。」 ガクリと肩を落とす沖田を斎藤は鼻で笑った。 「―そろそろですか」 先ほど番屋の人に聞いたところに向かい、3人は夜道を歩いていた。 「……提灯を消した方がいいかもしれんな。」 「えぇ、風が臭いますね。…微かですが、血の臭い…」 その言葉を合図に3人は走り出した。 ―誰か斬られたのは間違いない。 …それが、神谷さんでなければいい。と誰もが思った。 ―嫌な記憶がの頭を過ぎる。 それは先ほどの夢がきっかけだった。 ―そう、家族が殺された日の夢。 武士でありながら貿易に携わっていた父、この国では稀な異人の母、 その母譲りの綺麗な碧眼を持った3つ年上の姉、そして私。 たった4人だけの、大切な家族だった…。 ―父は会津に縁のある者だった。 外国相手の情報収集が父の役目で、『』の家には男子がいなかったため 『』がその後を継ぐことになっていた。 …しかしそれが叶う前に、『』家は無くなった。 ある晩、夜盗が家に押し入り父母を殺害。 そして姉をさらっていった。 ―当時、はまだ12歳だった。 姉を助けようと応戦するが、後ろから斬られ意識を失った。 それが『家族』と過ごした最後の夜だった。 Back Menu Next |