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第五話:笑顔 京都守護職松平容保公より、 壬生浪士組に対して支給される禄高をようやく 取り決めたとのお達しが下された。 ―そして季節も初夏となり… 前々より、新入隊士募集とのことであったが、そんなある日。 壬生浪士組の宿舎に、100名近い入隊希望者がどっと詰めかけた。 ―どうやら、俸禄3両の話が京都中に出回っているらく、 一気に宿舎内は騒がしくなった。 しかしや斉藤は、その者たちの9割は俸禄3両目当てと踏んでいる。 「これが良い方向へと転ぶか否か…、計りかねますね先生」 は溜め息混じりにその様子を見て、斉藤に話しかけた。 「あらかた、入隊試験でふるい落とされるだろうな。」 興味なさげに斉藤が呟く。 「……そうですね、あまり期待はできませんか」 「―だろうな。」 新入隊士が続々と集まっている様子を見ながら、 二人は周りに聞こえない程度に溜め息をついた。 「……近藤局長は気付いていないでしょうね、純粋なヒトですから。」 「副長辺りは気付いているだろうよ。 だが、あえて言う必要はない、と踏んでいるだろうな。」 「そうですね、優しいヒトですから。」 斉藤を見ながらクスリと笑うに、斉藤もフンと鼻で笑った。 「…そういえば、私が留守の間に 新入隊士の真似事をしたそうだな?」 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて、斉藤はを見た。 「―はっ!?だっ誰からそれを……!!」 顔を真っ赤にして自分よりも頭一個分上にある斉藤の顔を見上げた。 「…さてな。で、沖田君と試合をしたそうだな。」 「あー…えっと……それは」 「しかも『負けた』そうじゃないか。」 声色がどんどん低くなっていく自分の上司。 はそれに比例するように身を硬くしていく。 「せ…先生…?」 「善戦したとは聞いている。が、一から鍛え直しだ。いいな?」 「はい…」 誰が言ったかは知らないが、 有無を言わせない斉藤の圧力にはがっくりと肩を落とした。 「…先生の鬼。」 ぼそりと呟き、チラリと斉藤を見れば… 「ほう……それは初耳だな。明日から楽しみにしていろ。」 クックックッと、さも楽しそうに笑う姿はまさに悪魔である。 ―地獄耳…… は斉藤に恨めしい視線を送る。 しかし、自業自得だと言わんばかりに、 斉藤はまた鼻でフンと笑い、それもあっさりとかわしてしまった。 するとそこに近藤が現れ、 さも嬉しそうに入隊希望者たちに声をかけ始めた。 そこへまた、少し遅れて土方・沖田両名も現れ、希望者の整理をしはじめた。 と、近くに神谷もいたらしく、土方に名を呼ばれ勢いよく返事をした。 「呆けてねぇでとっとっ整理を手伝えっ!!」 「すみません鬼副長、あ!」 素で間違えた神谷に、周囲は盛大に笑う。 「やるなぁ、神谷さん」 「…まったくだ」 もクスクスと笑い、斉藤も呆れ顔でそれを見ていた。 ……と、ギラリと目の座った土方の視線が、二人を捕らえた。 「そこで見物している二人!! そんなに暇なら、こっちをたっぷり手伝ってもらおうじゃねぇか…!!」 その表情はまさに般若の如し、である。 「……見つかっちゃいましたねー」 「……」 周囲の視線が二人に集まり、そこは少々居心地が悪い。 中にはの姿を見て呆けている者もおり、 斉藤は猫を被って笑顔ではいるものの、その機嫌は確実に悪くなっていた。 表に出さないのはさすが、といったところである。 が、その空気にも薄々だが気付き、咄嗟に助け船を出した。 「……逃げますか?」 「……あぁ」 ―やっかいごとはごめんだ。 と、斉藤は早々に元来た道を戻っていった。 「すみません副長!これから巡察なんで失礼します」 軽く頭を下げるとは急いで斉藤の後を追った。 それを見て沖田が一言、 「斉藤さんは逃げるのが上手だなぁー」 とぼやき、土方が怒り狂ったのは別の話である。 ―そして翌日の稽古の日 新入隊士を交えての初稽古。 助勤の原田や斉藤、永倉といった幹部も集まっており、 補佐である嵐士・の姿もあった。 「……あれ、沖田先生は?」 よくよく見回せば、嵐士の上司である沖田の姿が見えない。 近くにいる嵐士にそれとなく聞いてみると… 「沖田先生?朝はいたんだけど。 ……多分、また子どもたちと遊んでいるだろうな。」 「連れ戻さないの?」 「…逃げ足だけは速いから、無駄な体力は使いたくないしね。 指導者がこれだけいれば、沖田先生一人いなくても 十分事足りるだろう?」 ―何気に酷いことを言っている気がするのは、気のせい、だろうか…? 新たに嵐士の黒い一面を知ったは、自業自得の沖田に ―ご愁傷様です…… と心の中で合掌した。 「あれは……!」 そんなところに、子どもたちと稽古場前の木に登って<遊んでいる 話題の張本人が目に飛び込んできた。 「お……沖田先生……」 ―何やっているんだあの人は は少々頭が痛くなった。 「あ、本当だ。あの子どもたちは八木さんとこの……」 そのあとに嵐士の呑気な声が続き… 「あ―っ!!」 と、大きな声で叫んだのは、神谷だった。 「沖田先生!!稽古にも出ずにまた遊んでっ!」 「まずいっ為坊・勇坊逃げろ!」 「逃がしませんよ今日こそは!!」 「先生ー!午後の隊務までには戻ってきて下さいね―!!」 「わかりましたー!」 怒声とともに呑気な会話も聞こえるが…… それはさておき。 結局沖田に逃げられた神谷は、原田に絡まれていた。 「まったく逃げ足の速いっ!!」 ゼーハーと荒い呼吸で、沖田の逃げ去った方向を睨み付けていた。 「どうした神谷苦しいのか!?しからば口移しで胸の薬を……」 「いりせんって!!」 「火傷の塩梅はどうだ神谷?」 「絶対安静!!」 勢いよく断られ、振り向いた原田の視線の先には― 「嵐士ー!ー!俺と一発!! 」 『やりません!!』 二人の声が綺麗にハモり原田は見事に撃沈した。 はげんなりとした表情で斉藤の元へ行くが…… 「来たか。昨日のこと忘れてはいまいな?」 そう言って不敵な笑みを浮かべたまま、渡されたのはもちろん竹刀。 「防具を着けろ。たっぷりと扱いてやる」 ―厄日だ……今日は絶対厄日に違いない。 とは心の中で涙した。 防具を着け、竹刀を持つとそこに永倉が現れた。 なにやら面白そうな表情で斉藤に話しかけており、 区切りがつくとの顔を振り返った。 「審判は俺がやるぜ」 「…わかりました」 試合形式、とは聞いていなかったが、この際だ。 覚悟を決めるしかない、と中央へと歩みを進め竹刀を構えた。 ―そういえば、試合形式でやるのはあの沖田先生とやったとき以来だな…。 ほどよい緊張感と殺気に包まれ開始の合図を待つ。 「―始め!」 声と共に激しい竹刀のぶつかりあう音が響いた。 沖田とは違い、手合わせした回数は格段に多く、 手の内も知られているため、様子見はあまり意味をなさない。 久しぶりとはいえあっさり負けるわけにもいかず必死に食らいつく。 ―先生の『アレ』を出させてはいけない!! 距離を取られたらおしまいだ! 過去に数回それをくらったことがあるが、 そのほとんどは『その後の記憶』がない。 ……つまり気絶したということなのだが、それも手加減されての話である。 と、力では劣るが鍔競り合いで負け、勢いよく押し返された。 ―ヤバイ!! 面の下で斉藤がニヤリと笑ったのをは見逃さなかった。 ―相手から目を逸らさなかったのは褒めてやる。 まるでそう言うように。 ―先生の鬼・悪魔ー!! 腹部に強い衝撃を感じ、は思いっきり吹っ飛んだ。 「胴あり斉藤!」 永倉の声に斉藤も動きを止め、のもとへと歩み寄った。 「…起きてるか?」 「…なんとか。体のあちこちが痛いですけどね」 そう言って、斉藤が手を差し出したのではその手をとった。 ゆっくりと立ち上がると、周りから拍手の嵐が起こった。 「も成長したな。総司といい試合したっていうのも納得だ!」 「斉藤先生のアレ食らっても気絶してないしね。」 永倉、嵐士が感想を述べる。 「これも俺の特訓の賜物だな。」 にしか聞こえぬ程度の声で斉藤が呟き、も 「そうですね。」 と苦笑した。 和やかな雰囲気のまま稽古は続けられ、 その試合に刺激された隊士も数多くいたという。 ―そしてその晩、ちょっとした事件があったのは沖田・神谷のみぞ知る。 Back Menu Next |