第四話:帰還






 あの夜の出来事の翌日。

 一騒動あったもののなんとか収まり、

 いつものように稽古や隊務をこなす日々が、一日また一日と過ぎて行った。








 ―そんなある日



 はまた前のように、縁側でぼ―っと空を眺めていた。

 何やら門の方から声が聞こえ、少しずつではあるがこちらへと近付いてきている。



 ―この声は沖田さんと神谷さん……それと……!!



 は急に飛び上がり、目を見開いたまま、その声のする方へと目を向けた。


 と、丁度角を曲がってその声の主たちが現れた。



 「―……っ!先生!!」



 が絞り出すように声を出した。



 「さん?」



 沖田がこちらに気付き、神谷も「あっ!」と声を発した。



 「か……」



 と更に別の声が聞こえ、もそれに反応する。



 「……斉藤先生、長旅お疲れ様です」



 深々と頭を下げ、目を瞑った。

 しかしそれは畏怖などではなく、尊敬の念が深く感じられる動作だった。



 「あぁ、も私が留守の間苦労をかけたな。」


 「勿体なきお言葉、痛み入ります。

  力不足ながら、補佐役として勤めを果たさせていただきました。」



 そしてはゆっくりと面を上げるとふわりとほほ笑んだ。



 「―お帰りなさい、先生。」


 「……あぁ」



 斉藤も口許に小さく笑みを浮かべて返した。



 それを沖田がほほ笑ましそうに見つめており、神谷が意外そうな声を上げる。

 少し前の堅苦しい雰囲気とは打って変わって、

 和やかな空気が漂っているのがその理由だろう。



 まぁ、先ほどの挨拶は上司と部下の社交辞令という奴なのだ……






 自室へと歩み始めた斉藤の後をが黙って着いて行く。



 その行動に違和感はなく、斉藤が気にする様子も微塵もない。

 訳が分からない、という表情で神谷は沖田を見上げ、それに沖田も苦笑した。



 「沖田先生……あのお二人は一体……?」


 「うふふ、あのお二人はとーっても仲良しなんです。」



 ニコニコとそう答える彼に、神谷はガクリと肩を落とした。



 「…あぁ、そうですか。でも私が聞きたいのはそういうことではなくて……」


 「わかってますよ、神谷さん。紹介したときに言ってませんでしたか?

  さんは斉藤さん付きの補佐ですよ。

  上司である斉藤さんについていっても、何の問題もありません。

  (まぁあの二人の場合は特別だろうけど)」


 「はぁ……」


 「―ムッ、その顔は納得していませんね?駄目ですよあまり詮索しては。

  人には他人に言えない秘密の一つや二つはあるものなんですからね?」



 妙に説得力のある言葉に神谷も黙るしかなかった。



 ―…実際、自分にもその『秘密』があるのだから、違うとは決して言い切れない。



 珍しくまともなことを言った沖田に、神谷はふと疑問に思ったことを口にした。



 「…そう言う沖田先生にはあるんですか?」


 「えぇ、もちろん。

  例えばこの間土方さんの部屋にこっそり入った時に、

  誤って何かの書類を踏んでグシャグシャにしてしまったことや、

  土方さんが実家宛てに送った手紙の内容を盗み見たりしたことや…

  (大半が女性に関する自慢話だっなぁ)まぁ、私にもいろいろとあるんですよ!」



 と、後ろに黒い人影が…



 「……ほぅ、やはり犯人はお前だったのか」



 低く体の芯に響くような声と、この独特な威圧感はもちろん彼しかいない。



 「ひ、土方さん!いたんですか!!」



 冷や汗を浮かべながら、一歩後退して沖田が聞いた。



 「あぁ、斉藤が戻ったと聞いてな。」


 「…ちなみにいつ頃から?」


 「お前に秘密があるとかいう辺りからだな。」



 ドンドン増す威圧感に沖田はほとんど逃げ腰だ。



 「神谷さん誘導尋問なんて卑怯ですよ!」


 「私のせいですか!?勝手に答えたのは沖田先生じゃ……」


 「総司!この落とし前はきっちりつけてもらうからな!!」


 「う゛…土方さんなんて嫌いだ〜!!」



 そう言いつつも全力で逃げ去るあたり、ちゃっかりしている。



 ―きっと近藤局長の所にでも逃げ込むつもりなんだろうなぁ……

 と神谷は遠い目をし、土方は怒りに体を震わせていた。






 …その後どうなったかは、本人達のみぞ知る…?









 一方


 自室へと戻った斉藤と、それに付き添い中へと入ったは、

 少しの沈黙の後、ゆっくりと話し始めた。



 「……で、変わったことはあったか?」



 先に口を開いたのは斉藤で、廊下を歩いていたときとは別人かと思えるほど、

 その口調・目付きともに鋭いモノとなっていた。



 「いえ、特には。……まぁ、あるとすればアレですかね。」



 その言葉に斉藤は眉間に皺を寄せた。



 「……なんだ」


 「ほら、先程沖田先生と一緒にいた小さい彼、

  ついこの間入隊してきたんですけど、これがまたおもしろくて。」



 クスクスと思い出したように笑うに斉藤は溜め息をつく。



 「神谷……とか言ったな。

  先程、門をくぐって直ぐにアイツの兄と勘違いされて抱き付かれた。

  アレは、本当に男か?」


 「先生の勘はよく当たりますからね。

  でも……あえて触れないであげて置いて下さいよ。」


 「……まぁいい。お前も十分怪しいモノだしな。」



 フンと鼻で笑いを見る。



 「……冗談キツイですよ、先生。知っててわざわざ言いますか……」



 溜め息混じりにそう言うと、斉藤はクックッと笑った。



 「……どちらにせよ、これからに支障をきたさなければ、それに越したことはない。

  が、庇う者がいるならそれにあえて触れることもないな。」


 「『俺に迷惑をかけなければ』ということですか。」



 遠回しに言われた言葉にも苦笑するしかない。



 「フン、わかっているならそれでいい。」



 そんな会話をしながら、ふとは立ち上がった。



 「……お茶を入れてきます。」



 その言葉と同時に、部屋には沖田と神谷が入ってきた。



 「あと二つ追加、ですね。」


 「あと茶菓子も!」



 遠慮もなしに沖田が付け足した。

 は、はいはいと返事を返して部屋を離れた。



 ―先生のことだから、気付いても直接口に出して確認することはしないだろう……。

  からかうことはあるかもしれないが。



 と内心考察しながら…。






 そして部屋の方では。



 神谷が、斉藤の友人である富永祐馬の弟……であるらしいことがわかった。

 実際、斉藤は彼に妹がいるとしか聞いていないが。



 養子に出されたため名字がちがう、などとても怪しい所だが、

 妹であれ弟であれ、友人の血縁に違いない。



 ―…その彼ももうこの世にはいない。



 始めから深い所を突っ込むつもりなど毛頭なかったのだが、

 そのことは斉藤にとって、神谷への態度を変えるには十分だった。



 「…その家紋は…」



 道場に通っていた頃に聞かされた、友人の意志がしっかりと刻まれていた。



 「―その通りに、逝ったんだな……」



 しんみりとした雰囲気が漂い、自然と皆無口になる。

 と、お茶を汲みにいったが障子を開けて戻ってきた。



 「―どうしたんですか?」



 両手に持っていたお盆を置き、ゆっくりと障子を閉める。


 それと共に寝息が聞こえ、誰かと思えば犯人は斉藤であった。



 「…お客が来ているときに寝る人がありますか。先生」



 苦笑しながらも羽織を出し、彼の上にかけた。



 狸寝入りなのか疲れているのか。

 は十中八九、狸寝入りだと確信しているが……



 ともかく。やっと帰ってきた頼もしい存在には改めて安堵した。








 暖かな日差しに包まれた今日……







 ―まだ、その感情の名に、誰も気付いてはいない。









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