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第弐話:ココロの影 神谷の面倒を任された沖田は、自分だけでは大変だ。 と、も巻き込んで神谷の案内を手伝わせていた。 ―そういえば、と沖田の部下である嵐士のことを聞けば、 今日は非番なのだそうだ。 通りで今日はやけに自分が被害に遭うと思えば……。 ストッパー不在のせいなのか、と妙に納得してしまった。 すると後ろから叫び声が聞こえてきた。 何ごとかと慌てて振り返れば、そこには沖田と神谷が顔を突き合わせて立っており、 ぼーっとしていた神谷の目の前に、沖田の顔があったものだから驚いたようだ。 いつの間にやら、が自己完結している間に移動していたらしい。 本当に素早いなぁ、と半ば呆れながらも二人の所へ歩み寄った。 「何をやっているんですか沖田先生…。」 そう、注意の意味を込めて声をかければ 「神谷さんは笑ったら女子のようにかわいらしい、 とさんも思いませんか?」 ―どう経緯でそういう話しになったのか……それは全く見当もつかないが、 が返事をする前に、神谷がそれを全力で否定した。 「おっ、女子のようだなどと言われて喜ぶ武士はおりません!」 顔を真っ赤にして言う辺りがどこか初々しいが、 沖田は「『武士』ねぇ…」とどこか思い出したように吹出す。 も、その言葉には思い当たる節がたくさんあった。 神谷は笑われたのに気付き、少々怒っているが、 沖田の方はというと、笑ったことに関しては全く悪気はなかったため、 弁解を始めた。 「いえ、うちの組の中にもあなたと同じように、 武士という言葉が大好きな人達が多勢いるので、 気が合いそうだなぁ…と思って。 ……ただ、武士という言葉をよく使いたがる人に、 元々武士でない人が多いんですよね。あれ、なぜなんでしょうかね…。」 その問いに、も神谷も返事をすることはなかった。 事実、……いや『私』は武士の家の生まれではない。 その前に男でさえもないのだから。 沖田の言葉はにとって痛いほど胸に突き刺さった。 何を言わんとしているのか、その本意はわからないが、しかし。 ここであからさまに動揺した態度をとってはいけないと、 平静を装って話を切り換えた。 「―沖田先生、肝心の自己紹介を忘れていますよ。」 笑顔でそう切り出すと、沖田が思いっきり忘れていたといった感じで 手をポンと叩き、自己紹介を始めた。 「忘れてました!すみません、副長助勤の沖田総司です。 これから隊務の説明を……」 と、そこにドカドカと大きな態度で乱入してくる人物がいた。 「よぉっ総司!そいつかい噂の新入りは!」 そう言ってやってきたのは、死に損ないの佐之こと原田佐之助である。 その後ろには、先程神谷と試合をした藤堂の姿もあり、 原田に神谷の話をしたのも彼だと思われる。 「あ、お帰りなさい。どうでした市中巡察は?」 沖田が問い掛け、返事が返ってくる。 「こんな真っ昼間から悪さする度胸のあるやつなんざいやしねぇよ、連中にゃぁ。」 そうカラカラ笑うと、神谷に近寄り顔を近付けた。 何かを話しているようだが、内容は聞こえない。 真面目な話みたいだが、そう長くは続かないだろう…。 翼はそう憶測をたてた。どうもこうも、何せそれが原田という男だからだ。 「…それはともかくホントかわいい顔ぁしてるなぁ、あんた!」 「ねっ?でしょ、原田さん!」 藤堂が同意し、さらに後ろからは永倉・井上の両名が 俺にも見せろと詰めよってきた。 さすがに神谷も身の危険を感じたのか、少々後退りしながら困惑の色を示す。 ついでだと、沖田がその4名の紹介を始め、 原田にその順が回ってくると、なぜか自信満々に自己紹介を始めた。 「原田佐之助24歳!伊予松山脱藩、種田宝蔵院流の槍遣いだ。よろしく!」 その様子に、あえなて口を挟まずにいたも溜め息をついた。 それに目敏く気付いたのか、原田がこちらに顔を向けニカッと笑った。 「よぉ!、平助から聞いたぜ。」 その言葉にもギクリと、顔を強張らせた。 「藤堂先生…余計なことを…。」 そう苦々しげに呟くと、藤堂は苦笑いをしつつあからさまに視線をそらした。 ―後で覚えて置いて下さいね…。 のその心の呟きは、言わなくとも表情が物語っていたという。 「……まぁ、それはさておきまして。」 この話題を一刻も早く終わらせたいは、さっさと仕切り直し ( 話題をすり替えるともいう。) だいぶ引き伸ばされてしまった自身の紹介をした。 「申し遅れましたが、私は副長助勤補佐のと申します。 今は不在ですが、通常は主に斉藤先生の補佐をしています。 と、言っても扱いは平隊士とほとんど変わりませんし、 歳の頃もさほど違わないようなので、よろしくお願いしますね神谷さん。」 先程とは全く違った笑顔を向け、神谷に挨拶をした。 すると神谷からも 「神谷清三郎と申します。よろしくお引き回しのほどを」 という返事が返ってきて、小さく笑い返してくれた。 その姿はからしても十分愛らしく、男にしておくのはもったいない。 という言葉はこういう人に言うものなのだな、と一人納得していた。 すると何を思ったか原田が… 「くーっ!まだ声まで可愛らしいじゃねかっ!まるで女子だぜ!」 と、のたまった。すかさず井上が 「月代のある女子があるかい!」 と鋭いツッコミをいれるが、原田は納得していないらしい……。 明らかに耳疑う発言をした。 「おう!あんた。一発俺とやってみねぇかい?」 ……数秒の間。 遅れて『はぁ?』という神谷との声が綺麗にハモった。 しかしそんなことはお構い無しに、原田は話を進める。 「原田佐之助、衆道の趣味はねぇが興味はある!! あんたほどの美童とならいっぺんくらいヤってみるのも悪かねぇや! どうだい一発!?」 はすでに言葉もない。 神谷は顔を真っ赤にしているところを原田に捕まり、 沖田は大爆笑し、井上は一人慌て、永倉・藤堂は傍観を決め込んでいる。 ―誰かこの人を止めてくれ…。 そのの願いは、空しくも天には届かなかったようだ。 「あっ!その前にが相手してくれんなら、それも大歓迎だぜ! なにせ、こいつに負けず劣らずの美男子だしなぁ…… 、遠慮なく俺と一発どうだ!?」 その嬉しくもない申し出に、は即答する。 「謹んでお断りさせていただきます。」 原田は俺は諦めねぇぜ!とさらに張り切り、 それは沖田の笑いに拍車をかける一方。 今の所の標的は神谷のようで、はその難をなんとか逃れたが。 ……今後、彼には要注意であることには変わりないだろう。 ―次は俺だと騒いでる輩はさておき。 本当に原田に襲われたらシャレにならないので、神谷を救出することにした。 「原田先生、それくらいにしてあげて下さいね。」 そう言って神谷を掴んでいた原田の手を止めさせると、 神谷が「痛っ!」と肩を押さえた。 皆それに気付き、どうしたのかを尋ねてみると、 それはどうやら神谷の身の上に関係しているようだ。 今にも笑い死にしそうだった沖田も笑うのを止め、その傷について尋ねた。 「…火傷がまだ……完治せぬものがあって……。」 「火傷?それは何時、どうなされたんです……?」 肩に火傷などただ事ではない。 皆、自然と表情が険しくなる。 「……家が焼けました……父や兄はそのときに。」 「おふくろさんは?」 「10年程前に病ですでに……」 重い空気が辺りを漂った。 天涯孤独の身となってしまった彼に、同情を禁じ得ないでいるようだ。 ―まぁ、私も差ほど変わらない……か。 は自重気味に小さく笑うと、もう一度神谷を見直した。 ―彼はこれからココで何をしていき、何を志していくのだろうか…?と。 すると原田が、先程のことを反省したのか、神谷火傷している反対側の肩を叩いた。 「すまなかったな。そんな所へ悪ふざけしちまつまって……」 「いえ……」 と、これで一件落着かと思いきや 「続きは傷が治ってからな!」と言うオチがついた。 これにはも開いた口が塞がらない。 というより、それとこれとは別物、と考えている辺りが原田らしい。 冗談ならイイ人だが、本気のような気がするのはだけではないだろう。 神谷もかなり引いているようだった。 始めは誰しもドン引きするが、本人に悪気があるわけではないので、 慣れて来ると冗談半分であしらうことが出来るようになる……のだが。 ―正直、嬉しくない。 そんな特殊技能は要らないし、性質も悪い。 ここで生き抜いて行くには必要不可欠なのかもしれないが…… 神谷がそれに慣れるには、まだ少々時間がかかりそうであった。 少しして、は沖田や神谷、原田たちに別れを告げると、自室へと向かった。 というのも、沖田と試合をし、その前にも稽古していたため、 胴着が汗ばんでいて気持ち悪い。とりあえず着替えにいくためだ。 基本的に補佐は平隊士と同等の扱いなのだが、 何かと雑用諸々で呼び出されることの多い、嵐士とは 特別に二人で一部屋宛がわれていた。 相方である嵐士は、非番の日でも部屋にいることは少なく、昼間はほとんどいない。 なので着替えにもあまり気を遣う必要がなかった。 しかし、いつ誰にバレてしまうかはわからない。 ―もし、そのときがきたら……私は― 考えてはいけない。 目的を達成するまでは……脱隊は許されない。 ……それは私の背負った十字架だから。 Back Menu Next |