第壱話:小さな蕾・前






  辺りは、入隊希望の者たちで溢れ返っていた。


 そんな中に一人、場違いな人物が紛れ込んでいる。




 …そう、その人物とは本編の主人公である『』その人である。




 別に紛れたくて紛れ込んだのではないのだが、

 たまたま稽古場で自主練習をしていて、
 
 ふと、先日沖田が入隊希望者の選考が今日あると言っていたことを思い出した。



 自分も見に行こうと胴着姿のままその場に行ってしまい、

 そしてそれが運のつきであった。





 その場に着くと、そこは防具を付けた人達ばかり。

 は脇に面を抱え、片手には竹刀を持ち、

 傍から見ても入隊希望の者たちとなんら変わらない姿である。



 トドメにその容姿と実年齢から、すでに入隊しているとは

 誰が見てもあまり思わないだろう。



 沖田たちを探そうと周りを見渡せば、

 近くにいた入隊希望者に早く準備するよう言われ、

 半ば強制的に面を付けさせられ、拒否する間もなく試合開始の合図がかかった。

 それと同時に竹刀がとんできた。

 仕方がないのでそれに素早く反応し、相手に実力を悟られない程度に打ち返す。



 仮にも副長助勤補佐だ。



 負けるつもりは毛頭ないが、入隊希望の者を打ちのめすわけにもいかない。

 どうしたものかと悩んでみたものの、結局、

 抜けだす糸口を見つけることができないまま、やめの合図を待つしかなかった。









 ……一方


 入隊希望の者たちの選考をしていた沖田は、

 同じく選考に立ち会っていた土方に声をかけられていた。



 「どうだ総司、新入隊士としてめぼしい奴はいるか?」



 その言葉に沖田も何名かの候補を上げた。



 「うむ、俺も同感だな…締めて3名、というところか?」



 そういう土方を沖田は制す。



 「ああ、あとあの小さい人!技はないけど度胸がいい。

  それにやたらとすばしっこいんですよ、ほら!

  なんだかんだまだ一方も取られていない。」



 そういう沖田の顔には満面の笑みが浮かんでいた。



 「…あぁ、あとその隣りの人!

  ふふっ、あれは考えごとをしながら、相手の人を軽くあしらってますね。

  余裕もまだあるみたいですよ?土方さん。」



 さらに笑みを深くしてそう言うと、

 土方も気付いたのか、軽く溜め息をつくと、一同を集合させ指示をだした。





 そしてはというと、抜けだすなら今だ!

 と集団の輪から少しずつ後退していく。


 と、土方の話が終わったのか、皆各自出された指示に従い散り散りになっていく。


 それに紛れても行こうとすると、後ろからガシッと肩を掴まれた。




 「君はこっちですよ。来ないと土方さんに怒られますよ?」




 そう言ってを連れて行こうとしてるのは、

 もちろん沖田総司その人である。




 「…いえ、あの…私はやはり遠慮しようかと思いまして…。」




 必死に抵抗するをいとも簡単に引きずっていく。

 この光景、前に何処かで見たような気もするが、それはあえて触れないでおこう。




 指定位置についたらしく、ようやく掴んだ腕を放された。


 ほっ、と一息着いたのも束の間、

 目の前にいた沖田が片手に持っていた竹刀を構えた。




 「よろしくお願いしますね。」




 そう笑顔で言う沖田の笑顔は、

 にとっては悪魔の微笑みにしか見えない。


 …知ってか知らずか、沖田が楽しんでいるように見えるのは、

 あながち気のせいではないだろう。




 ―この男絶対気付いてる!!




 と、が内心舌打ちしていたのは後日談だが、

 とにかく今はこの場をどうにかして乗り切るしかないのだ。



 冷や汗が額から流れ頬を伝う。



 下手に突っ込めば自滅だし、慎重になりすぎるのもよくない。

 斉藤の場合もそうだが、まったく隙がないのだから攻めようがない。



 しかしわざと隙をみせるケースもあるので、

 安易な攻撃は仕掛けられないのだ。



 ―…本当に厄介な人達だな。と、心の中で愚痴ってみたが、

 自然と表情がにやけてくるのも気のせいではないだろう。




 「どうしました?かかってこないなら私の方から行かせてもらいますよ?」



 その一言にの感が働いた。



 次の瞬間、凄まじい力で振り下ろされた竹刀をなんとか受け止め、

 第二撃目に備え竹刀を構え直した。



 それを見ていた周りの者たちは、感嘆の声を漏らしていた。


 あまりにも速い攻撃に目を丸め、

 それを受け止めたもう一人の対応の素早さにも

 拍手を送りたいぐらい見事な攻防だった。



 しかし、が圧倒的に不利なのは変わっていない。


 攻撃を仕掛けようにも、防ぐのに精一杯で反撃する余地がないのだ。

 と、攻撃を仕掛けていた沖田がが微かに重心をずらして受けとめたことにより、

 少しバランスを崩し、わずかだが隙ができた。



 今しかない!とその瞬間、沖田の胴目掛けて攻撃を仕掛ける。

 しかしそれは空を切り、目の前にいたはずの沖田は消えていた。


 と、間もなく後頭部に衝撃がはしり、

 はその場に片膝をついた。





 今までの緊張感を解き放つように、大きく溜め息を着いて立上がる。

 そして、後ろに立つ沖田をゆっくりと振返った。


 深く頭を下げ一言……―「参りました」とだけ言った。


 その言葉に、沖田も張り詰めていたものを解き、いつもの笑顔を浮かべてた。



 「いや〜、久々にヒヤリとさせられましたよ。私も遊んでられないなぁ〜」



 そう言いながらもまだ余裕があるのであろう。

 息は少し弾む程度で、軽い運動したくらいでしかないようだ。



 ―やはりまだまだか…。



 そう痛感させられる試合だった。



 一人ゴチると、面の紐を解き、暑苦しいそれをはずした。

 すると、ほぉ…と先程とはまた違った感嘆の息が周囲から漏れていた。



 そう、忘れてはならないがは『女』なのだ。



 しかも、普通にしていてもそれなりに美形の部類にはいる容姿なのだが、

 本人にその自覚はあまりなく、他者に見惚れられていても気にならないようだ。

 というより、自信あまり自分の容姿に興味がないらしい。



 正面に立っている沖田と目が合い、沖田が先に口を開いた。



 「お疲れ様ですさん。」



 笑顔のままそうのたまう彼は、案の定。相手がと気付いていたようだ。




 「……やはり気付いてたんですね?沖田先生。

  人が必死にどう抜け出そうか悩んでいるのを捕まえて、

  本当に人が悪いですよ、まったく。

  私をからかって遊ぶのはそんなに楽しいですか?」



 半分以上が愚痴と嫌味だが、そんなものは沖田に全く通用しないようで、

 笑顔であっさりと『はいっ!』と言い返されてしまった。



 これはもう本日二度目になる溜め息をつくしかない。と肩を落としていると、

 沖田がふと何かを思い出したかのように、あっ!と声を発した。



 「あの小さい人を見に行かないと!

 さんも行きましょう!」



 そしてまた強制的に掴れ、ぼーっとしているギャラリーをその場に置いて、

 その゛小さい人″のいる所へと向かった。






 そしては切実に思う。―…斉藤先生、早く帰って来て下さい…、と。







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