|
―時は幕末 文久3年(西暦1863年)のこと。 これは時代という波に流されたある一人の少女の話である。 序章:風吹く前 そよそよと風に揺れる葉を見つめ、遠くあちらこちらから聞こえる 人々の声に耳を傾けながら、一人、縁側に腰を下ろしている人物がいた。 ―ここは京都守護職・松平肥後守護御預・壬生浪士組宿所内である。 つまり、その縁側に座る人物もこの壬生浪士組の一員… ということになるわけだが、彼は特に何をするわけでもなく、 ボーっと外を見つめ続けていた。 と、そこにまた一人、ひょろりと身長の高い優男風の人物が現れた。 そして、縁側に座っている彼を見つけると、 顔に笑みを浮かべて声をかけてきた。 「そこにいるのはさんじゃないですかー。 こんなところでどうしたんです?」 そう言って隣りに腰を下ろしたのは副長助勤の沖田 総司である。 「……沖田先生。先生こそ、こんなところでどうしたんです?」 彼のその問いに、沖田はあはは…と苦笑いを浮かべた。 「……先程、土方副長の怒鳴り声が聞こえましたが…… 犯人はやはり貴方でしたか」 後半はほとんどため息交じりの言葉に、沖田は「もちろんです。」 と何故か自信満々に答えた。 「明日はまた、隊士募集に集まった人達の選考があるそうじゃないですか、 ですからあまり土方さんと遊べないと思いまして……」 「つまり、その分今日遊んでおこうとしたわけですか。」 「はいそうです。」 満面の笑みでそう答えられると、怒る気も失せるというものだ。 いくら上司とはいえ、この人のやる事成す事、毎日ため息が尽きない。 『新撰組・副長助勤・斉藤 一補佐 』 これが今の彼……いや、彼女の身分である。 現在、助勤の一人である斉藤一が不在のため、 斉藤の代役として斉藤付きの補佐であるが指揮している。 今日は非番で何もする事がなく、というかやることが思いつかず、 縁側でボーっと過ごしていたのだった。 いつもなら、直属の上司である斉藤に手合わせをしてもらい、 そのあとそのまま書類などの手伝いをするのだが、 今日はその相手がいないため暇のつぶしようがない。 そのことを沖田に見破られ、マズイ…と思ったのも束の間、 本人の合意もとらぬまま、沖田は稽古場に引きずっていった。 その有無を言わせない満面の笑みに も抵抗を諦めたという……。 しばらく引きずられるがままに稽古場に着くと、 そこには同じく助勤補佐である『時枝 嵐士』がそこにおり、 サボリ癖のある上司に対し、文句を言っていた。 言わずもがな、彼の直属の上司は沖田である。 が付いている斉藤一も、一癖も二癖もある厄介な人物だが、 沖田もそれに劣らず、十分厄介な人物であることを再認識させられる瞬間であった。 沖田付きの助勤補佐も苦労しているな……と、少々同情していると、 その視線に気づいたらしい嵐士がこちらにやってきた。 「ごめん、…先生が迷惑かけた。 非番の日にわざわざすまないな……。」 本当に申し訳ない、という感じで謝る嵐士に も本気で同情を隠せない。 「いや、いいよ別に。 久々の非番でやる事もなくてさ、暇を持て余していたところだし…… 隊士たちの実力向上のため、ということなら力を貸すよ。」 その言葉に嵐士も納得してくれたのか、ありがとう助かるよ。 とに向けて言った。 それを聞いていた沖田はというと、その会話さえも予想の範疇だったらしく、 なにやらご機嫌だった。 なにせ、指導する人が増えれば、組長である沖田の仕事も減るのだ。 もともと手加減が苦手なため、稽古をつけるたびに怪我人を出し、 土方に怒られるのだから割に合わないのだろう。 だからといって、自分の補佐である嵐士一人に任せてしまうのは気が引けるので、 非番であるを引っ張り出してきたのであった。 もしこの場に斉藤がいれば彼さえも連れてきそうな勢いだ。 ともかく、が沖田が担当する隊士の稽古に最後までつきあわされたのは言うまでもなく、 後に、非番の日にはどこからともなく沖田が現れ、 稽古場に引きずって行く姿を何人もの隊士が目撃したとかしないとか……。 Menu Next |