―嬉しかったんだ。
今までに会ったどの人よりも、綺麗で、優しくて、暖かかった。
―繋いだ手を離したくないと思った。
彼女がいなければ、多分私は今ここにはいなかっただろうから。
―『』の名を与えてくれた彼女はもういない。
ACT6:空白
は翌日学校を休んだ。
そして、同じく一護も学校を休んでいた。
理由は同じ。
…17日は一護たちの母・真咲さんの命日だから。
そしてそのお墓参りのために…。
「う…動かない…。」
は体にのし掛かる重さと暑苦しさにより目を覚ました。
その理由を確かめようとなんとか動く首を動かしてみれば、
左・右ともにガッシリとしがみつく遊子とカリンがいた。
―あぁ…そっか。ここは……
「黒崎家だ。」
思い出したようにはぽつりと呟いた。
昨日黒崎家に泊まったは、ほぼ強制的に家族会議に参加させられ、
『環境保護大臣』という謎の役を任命された。
一護に言わせてみれば『家族(特に一心)のお守り役』らしいが。
結局何をすればいいのかよくわからないまま当日を迎えた。
「…、お前もうすでに疲れてるな。」
げっそりとした様子のを見兼ねて一護が言った。
「そりゃぁね……」
―2時間も身動きとれないまま、あの暑苦しさに耐えたら疲れもするさ。
そして止どめがこの気温の高さ。
アスファルトで照り返されてなお暑い。
元々暑さに弱いには限界だった。
「……あぁ、もうダメだ。ちょっと木陰で休んで行く。」
と、お墓近くの雑木林の一本に片手をつき、ヒラヒラと力なく手を振った。
「20分くらい後に行くから……。」
そしてはフラフラとした足取りで林の奥へと消えていった。
「大丈夫かなぁ…?」
遊子が心配そうにそちらを見た。
「っていうか原因うちらデショ?」
カリンも珍しく気にしているようで、チラチラと見ている。
「大丈夫だって。が20分って言っただろ?」
一護がそう言い、先に歩き出す。
「そう、かな?」
「……わかった。」
二人も一護に続き歩き始めた。
一人先走って行った一心が両手を振り回し、早く来いと叫んでいる。
とりあえず、一護が近所迷惑にならないようにと蹴り飛ばしたが、
それが逆効果であることが数秒後実証された。
―……いいかげんそれに気付いて欲しい。
っていうか、一心さんに早く大人になって欲しい。
と雑木林の中から思うだった。
―……雨、そして笑顔
は木に寄り掛かって目を瞑っていた。
微かに揺れる草木が心地良い音を奏で、風が髪を優しく揺らす。
しかしそれは、の心の中にあるモノとは
全く逆の“静けさ”だった。
断片的な映像、白黒でハッキリとしないソレ。
それはまるで壊れた映写機のようだった。
黒崎真咲が亡くなったその日……
“確かにはそこにいた”
なのにそのときのことや、その後のことは
全くと言っていいほど覚えていない。
―亡くなった原因や経過でさえも。
ほんのわずかな断片的な映像だけが、がそこにいたことを証明していた。
―当時9歳。
一護もも、二人ともたつきと同じ道場に通っていた。
一護はまだまだ甘ったれで、いつもニコニコしていた。
は感情の起伏が少なく、割合無表情な子供だった。
―今とはまるで正反対で、対照的な二人……。
一護はすぐ負けよく泣いた。
はそれをただ黙って宥めた。
それでも真咲が迎えに現れると……
泣いていた一護が。
無表情なが。
先ほどの表情が嘘だったかのように笑顔になった。
それが、それが何より嬉しいことだったから……。
―その日は、雨だった。
真咲が傘をさし、一護とがカッパを着ていた。
一護が真咲の横を歩き、はその後ろをチョコチョコとついて歩く。
一度、手を差し出されたが、は小さく首を振りそれを拒んだ。
―空いてる片手は一護のために……。
たまに心配そうに振り向く真咲が、が後ろに居ることを確認すると
綺麗に笑った。
―それだけで十分だった。
手を繋ぐのは気恥ずかしくて、自分から話しかけるにも何と言ったらいいのかわからなくて、
その笑顔が、すべてを全部包み込んでくれるようで安心した。
真咲の笑顔に少し照れながら笑い返すと、
真咲はさらに綺麗に笑ってくれた。
それが何となく恥ずかしくて、とてとてと走って二人の一歩前を歩く。
そのまましばらく歩いていると、突然一護が
反対側にある川べりの方へと走り出した。
そのことに驚き、が振り返ると……
「だめ!一護!!」
真咲さんも走り出し、一歩遅れてもそれを追いかけた。
―……そして、記憶は途切れた。
何故その後真咲が亡くなったかは知らない……いや、覚えていない。
すべてを見ていたのは多分、自分だけ。
一護は真咲に守られていて、その瞬間を見ていない。
―ただそのことで、今も一護が自分に責任を感じているということは
知っているけれど……。
そして気がつけば病院。
隣りには一護がいた。
そしてまた記憶が飛び、お葬式などの光景が流れるように過ぎていく。
すべて終わったあと……は黒崎家から姿を消した。
定期的に手紙を出し、それがちゃんと黒崎家に届いていたので行方不明扱いではなかったものの、
その存在が己の目で確認できないことに、皆寂しさを感じていた。
―そして5年が過ぎ……
一護たちが中学2年のとき。
何の前触れもなく、突然は帰って来た。
それは黒崎家の人々だけでなく、幼馴染のたつきをも驚かせた。
以前と目に見えて変わったのは、髪の色が金髪から銀髪になったこと。
表情がコロコロとよく変わるようになったこと。
そして、苗字が黒崎からになったこと。
それすべてに深い意味はなかったらしいが、
以前のを知る者たちからすればまるで別人を見ているようだった。
―それでも、帰って来てくれたことが何よりも嬉しかった。
それが彼らの本音。
……そしても。
帰って来て、変わらぬ態度で接してくれる彼らの存在が何よりも嬉しかった。
―空白の5年間。
それは自信でさえも空白の期間だった。
ゆっくりと目を開け携帯電話で時間を確認した。
しかし、思ったよりも時間が過ぎてしまったことに驚き、急いで立ち上がった。
「うっ……た、立ち暗みが……。」
またフラフラとしつつも、深呼吸をしてしっかりと歩き出した。
「あー、なんて言い訳しよう。」
一護が『遅ぇ!!』ってキレるのは目に見えているし、
長い説教を聞かなければいけなくなることも確かだ。
「ほんとどうしよう!一護の説教、すんごく長いんだよぉ……!!」
その悩みはかなり切実である。
―こうなったら遊子に助けを求めて……。
などと、一護説教対策をブツブツと考えながら歩いていた。
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