ACT5:眠れぬ夜
―が倒れてしまったあと、チャドが保健室に運んでくれたらしく
目覚めるとそこは消毒液の匂いが鼻をかすめる、真っ白なベットの上だった。
すでに放課後。
辺りは橙色の光に包まれ、グラウンドからは運動部の声が聞こえていた。
その帰り道、何かが頭の中で霞むような気分のままぼんやりと歩いていた。
―あれは夢じゃなかった。
『黒装束と大きな刀』
―一護の中に入っていたのは誰?
どうしてそんなことになったんだろうか?
疑問や思いが浮かんでは消えていく。
そしてふと、はどこからか視線を感じた。
―人間か幽霊か。
日頃から度々あることなので、特に何も思わず振り向くと、
民家の塀の上に黒猫がいた。
「……猫?」
思いもしていなかった存在に、は目を丸くした。
するとその黒猫と目が合い、お互いにキョトンとなる。
黒猫が逃げるかと思いきや、そのような素振りはまったく見せない。
「……変わった奴だね、お前」
おいで、と苦笑気味に呼んでみると、警戒することなく歩み寄ってきた。
「飼い猫か?」
―野良にしては人間慣れしている、しかし首輪はついていない。
がしゃがみ込んで手を出せば、黒猫は―ポフっ…と前足を置いた。
「……お手?」
見下されているのか何なのか、その行動にまた目を丸めつつ、
肉球が手に触れてはニヘラっと表情が緩んだ。
おずおずと手を伸ばし、顎の下を撫でてやると気持ちよさそうに目を細くした。
しばらくそうしていると、何かに反応するかのように耳をピクリと動かし、
一瞬、躊躇するようにこちらを見た。
「……どこかへ行くの?行っておいで、いつかまた会おう」
その理由はわからないが、がそう言うとその言葉を理解したのか、
一目散にどこかへと走りさってしまった。
「おもしろい奴」
その駆けて行く姿を見つめながらその姿に小さく呟いた。
―今日はオレンジと黒に縁のある日らしい。
銀色の髪が夕日に反射しキラキラと輝いていた。
―翌日
『一護(仮)が3階の窓に出現』事件は、
何故かみんな話題に出すことはなかった。
―別にたつきが恐ろしい……というわけではない。
綺麗サッパリ忘れてしまった、という雰囲気なのだ。
明らかにおかしいのだが、もあえてそれに触れようとは思わなかった。
ただ、一護の顔を見る度に昨日とのギャップを思いだし、
顔がついついニヤケてしまうのが難点で……
「なんだよ、気持ちワリーなぁ!」
と言われる始末。
さすがにも少し傷つくが、一護の方が何倍も変(談)なので
すでに立ち直って(開き直って)いる。
―そんなある日
朝学校に着くと、たつきや織姫が選択科目である美術の課題の話をしていた。
―そういえば……
と、も同じく美術を選択しているため、鞄から課題を取り出した。
その動作にたつきと織姫も気付き、こちらへと寄って来る。
「おはよう!課題はちゃんとやってきた?」
「まぁ一応。そう言うたつきは?」
聞き返したに、たつきは不敵な笑みを浮かべる。
「あたしは将来バーリトゥードの女子チャンプになるんだ!」
そう言って見せられたのは、リングの中央に後ろ姿で立ち、
チャンピオンベルトを片手に掲げたたつきの勇ましい姿が描かれた絵だった。
「なんていうかたつきらしいね。
絵うまいし、なんかテレビ見てるようなリアルな感じ……臨場感?
女子高校生らしさは何一つ感じないけど。」
カラカラと笑うように評価するは、次に自分の絵を見せた。
『………?』
しかし反応は返ってこず、疑問を投げ掛けられた。
「つ…、課題は『未来の自分』だよね?」
「そうだね」
「『そうだね』って…この絵今のそのまんまじゃん!!」
その突っ込みに「えー?」とは不思議そうな顔をした。
「やだなぁ、ちゃんと描いたよ。ほら……」
そしてはさらに絵を近付けた。
「どうみてもがお茶飲んでるようにしか……」
「あっ!!」
織姫が何かを気付いたように声を漏らした。
「どうしたの?織姫」
「ほら!ココ!!」
さらに注目し、織姫が指差した先にはがお茶を飲んでいるその顔。
よくよく見れば、皺が入っているように見えなくもない。
「いやぁ、さすが織姫はわかってくれたんだね。」
うんうん、とうなずきながら、は絵の説明を始めた。
「銀髪から白髪をどう表現するかが難しくてさぁ―、
顔は皺を描いて老けさせるの大変だったなぁ」
しみじみと語るにたつきは突っ込んだ。
「確かに未来ではあるけどさ!!婆さんになった姿描いてどうすんのさ!」
「え―、主旨は間違って無いよ―?将来に定義なんてないわけだし。
何になりたいとか特にないし、わかんないしー。
確実にキャリアウーマンにはなってないなぁ、ってことぐらいしか……」
「あぁうん、私が悪かった。だから戻っといで。」
自分の世界に入るとなかなか戻ってこないを引き戻し、今度は話を織姫にふった。
「で、織姫は?」
「実は結構自身作なんだ!」
そして見せられたのは
『…………』
熱心に語る織姫だが、それは明らかに……ロボット。
「違うから織姫!それ、違うから!!」
「あ、あんた、また居残りさせられたいの!?」
「???」
その理由がまったくわかっていない様子の織姫。
と、そこにオレンジ色の髪を持つ、よく見知った人物が現れた。
「おはよう黒崎君!」
真っ先に挨拶したのは織姫で、続いてが挨拶しようとしたが……
「おう!おはよ!井上!」
その瞬間に言葉を失った。
―あぁ、そうか。今年もまた
「……ごめんたつき、織姫、保健室行ってくる。」
抑揚のない淡々とした口調で、教室から出て行く。
その瞳はまるで、何も捕らえてはいないようにうつろだった。
「……」
事情を知っているたつきはもちろん、
その雰囲気を察した織姫さえもを呼び止めることはできなかった。
―明日は6月17日。
一護の母・真咲さんの死んだ日……
そしてが霊能力に目覚めた日。
―今日はきっと一護の家に泊まることになるだろう。
眠れぬ夜を越すために……
―学校も休むことになるだろう。
一年に一度の懺悔をするために……
ふと、昨日の黒猫を思い出した。
妙に人間なれした変わった猫。
昨年や一昨年などは、この日が近付くたびに視界がよどみ、
何かがのしかかるような重たい感覚に陥っていたのに、
今年は一護の変化に気付くまでほぼいつも通りだった。
―別に、心の傷が浅くなった…というわけではない。
命日を忘れてしまっていたわけでもない。
―そう、雨が降るたびに痛感していたのだから…
―『昔』
まだ、真咲さんの生きていた頃……
は黒崎家で暮らしていた。
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