ACT32:銀色の世界
ゆっくりと目を開くと、白い天井が見えた。
―あの後
張り詰めていたものが一気に切れてしまったらしい。
が最後に見たのは、浮竹の心配そうな顔だった。
「十四郎……」
―謝らなくてはいけないことがたくさんある。
彼だけじゃない。元柳斎や京楽、卯ノ花に乱菊…
そして―
「冬獅郎……」
ベットから抜け出し手早く着替えると、フラリと病室からいなくなった。
「―…?」
現在、護挺十三隊は隊長格三名の離反によって多大なる損失と混乱、
そしてその始末に負われていた。
それはもちろん隊長である浮竹も例外でありはずもなく、
いつもなら病弱なため床に伏せている頃なのだが、今は馬車馬の如く働かせられている始末。
そして現在。
その合間を縫って様子を見に来たわけだが…
「い、ない…?」
主の居ない空っぽのベットだけがポツンとそこに佇んでいた。
―『失踪』
浮竹の頭の中で自ずと、その言葉が過ぎる。
しかしすぐに首を横に振って、それを否定した。
「一体どこへ……」
浮竹は不安で仕方がなかった。
「……桃……」
が訪れたのは、同じ救護所の別室。
五番隊副隊長・雛森桃の居る病室だった。
―ここに来るまでの道中。
目立つ金髪を靡かせながら堂々と闊歩してきたわけだが、
不思議と誰にも呼び止められることはなかった。
というのも、四番隊の隊員たちからすれば見慣れない人物ではあるが、
今現在の救護所は隊長格を筆頭に怪我人だらけ。
他隊の者が引っ切り無しに見舞に訪れてくる状況なので、
多少見慣れない人物であろうと気にしていられないのだ。
そして何より、があまりにも堂々と我物顔で歩いているため、
呼び止めようにもそれを近付けさせないオーラを放っていたらしい。
「ごめんね…」
その額をそっと撫でながら謝罪の言葉を口にした。
目を覚ましそうな気配は無い。けれどは謝らずにはいられなかった。
「私が…私が居たから、冬獅郎も桃も……」
―そう、傷つけたのは私だ。
それはあくまでも間接的にだが、という存在がいなければ
藍染などに、目を付けられなかったかもしれない。
―終わってしまったことを引きずっていてもどうしようもないことは、
わかっているんだけれど、ね……。
「弱い、なぁ……」
歳ばかりくって、精神的には何も成長出来ていないのではないだろうかと時々思う。
「これからどうしよっかな……」
選択肢は色々あるが…
―今度こそ、自分が一番納得できる道を選びたい。
「早いけど、もうそろそろ戻るね。」
―病弱で心配性な隊長さんに見つかる前に戻らないと。
と小さく苦笑する。
「また会いに来るよ…」
ゆっくりと立ち上がり、名残惜しくも背を向けた。そして―
「…ぁ……」
は驚きの余り声が出なかった。
振り向き顔を上げたその先、病室の入口には…
「……かあ、さ、ん?」
―十番隊隊長・日番谷冬獅郎
彼の姿がそこにあった。
「…冬獅郎…」
―それは思いも寄らぬ対面だった。
あれからどうやら無事復帰できたらしい。
その元気そうな姿にそっと安堵の息を漏らした。
―ただ、本当はもっとちゃんとした形で会いに行くつもりだったので、心の準備が出来ていない。
そのせいか、はどう反応して良いものやらとても困った。
とりあえず……
―見ない間に大きくなったものだな、と少々現実逃避にも似たことを思ってみる。
「―っどうしてここに!!いやっ、それより今まで何処に…!?」
逃がさないとばかりに物凄い勢いで冬獅郎はに詰め寄って来た。
「ごめんね…?…ごめんね、冬獅郎……」
二人に別れを告げてから、優に50年は経っただろうか。
まだ幼かった息子にしてみれば、とても長い時間だったに違いない。
先ほど少しばかり逃避してしまった自分に反省する。
「あれからっ!……一度も、帰って、来ないから…死んだ、のか、と…思って……!」
震える声と今にも泣き出してしまいそうなその顔に、胸がギュッと締めつけられた。
「ごめんね…」
愛しさのあまり、正面にあるその小さな体をきつくきつく抱き締めた。
―こんな情けない表情はあの人にそっくりだな。
とこっそり苦笑しつつ、腕の中にある確かな存在に深く安心した。
「もう突然居なくなったりしないから…だから、泣かないで。ね?シロ…」
ツンツンと髪の逆立つ頭を優しく撫でながらそう言うと、冬獅郎はピシリと動きを止めた。
「なっ…泣いてなんか…!!」
「うん?耳が真っ赤だよ?あーもう可愛いなぁ本当!」
50年越しの再会は、にとってもその反動が大きかったらしい。
コロコロと変わる息子の表情が可愛いくて仕方がない。
まだ自分より小さいことを良いことに、とにかく抱き締め頭を撫で回す。
「…ただいま、冬獅郎」
「…っ、おかえり……母さん」
―こうして再び出会えたことを、心から感謝した。
―しばらくして
再会の興奮も覚め遣らぬであったが、重大なことを忘れていることに気付いた。
「ヤバっ…そういえば病室抜け出して来たんだった!」
焦りはじめるに、冬獅郎は驚いてハッと顔を上げた。
「病室抜け出す…って母さんどこか悪いのかよ!?」
「はっ!?いやそうじゃないようん。冬獅郎が心配するようなことは全然……」
そこまで言って、はさらに顔色を悪くした。
「えーっと、何て言ったらいいのかな…」
「やっぱりどこか悪…!」
「―」
その声に冬獅郎が振り返ると…
「…十四郎」
「浮竹……?」
今ちょうどが頭に思い浮かべていた人物…浮竹十四郎の姿がそこにあった。
「病室抜け出すなんて一体何を考えて…!」
「いや、病弱なのに少し元気になるとすぐフラフラと歩き回る人に言われたくないから」
「うぐっ…お、俺はいつものことだから良いとして。はついさっきまで…」
「……ごめん。どうしても桃のことが気になって…」
反省の色を見せたに、浮竹も落ち着きを取り戻す。
「桃…あぁ、そういえばここは雛森副隊長の…」
―病室で騒いではいけません。
そんな言葉が三人の脳裏を過ぎる。
「……ともかく、私の病室に戻るよ。
十四郎も来るでしょう?
冬獅郎も、ね?」
「俺は……」
「二人には、ちゃんと言わなくちゃいけないことなんだ。だから…」
の真剣な眼差しに冬獅郎は口をつぐんだ。
―それは大切な、大切なこと。
驚き、呆れられるかもしれない。
…嫌われてしまうかもしれない。
それでも…前に進むと決めた今、過去を清算しなければいけない。
―大丈夫。今はそう、信じられるから。
「―これから話すことはきっと、二人のこれからを変えてしまうことだと思う…」
そう切り出し、自分を落着かせるためにゆっくりと息を吐くと、二人を真っ直ぐに見据えた。
―その後…
「―はぁっ!?帰んねぇのかよ!?」
現世へと帰るために一護をはじめとする旅禍一行は穿界門を前にしていた。
「いや、帰るよ?
何とか、始業式までには……多分」
しどろもどろに返答すると、すかさず一護のツッコミが入る。
「って多分かよ!そう言えばお前、終業式も居なかったよな…」
「う゛っ……」
は困ってしまい小さく唸った。
「―すまない、私たちが引き止めたんだ。
あの一件から数日…瀞霊廷が落着くにはまだ少し時間がかかるだから
一人でも多くの人手が必要なんだ。」
「あ、そっか…」
「まだ……」
素直に納得する面々に、も苦笑する。
「『』はもうとっくの前に除隊されてるんだけど『』はそうもいかなくてさ…」
はフッと遠い目をした。
そう、に選択の余地などなかった。
義父である元柳斎や今隣りに居る浮竹、息子の冬獅郎や茶を飲む約束をした卯ノ花など、
たくさんの人々に現世へ帰ることを却下されたのだ。
「前みたいに所在不明でないだけマシか…」
「あはは。まぁみんなによろしく言っといてよ。」
「おう。」
パシリと手をタッチすると二人は笑った。
「んじゃ、またな!」
「うん、またね一護!」
みんなが穿界門を潜っていくのを見送りながら、
は、は、ふと幸せだな…と思った。
―隣りには好きな人がいて、瀞霊廷には待っていてくれる息子や義父、友がいる。
―そして現世にも待っていてくれる幼馴染み、家族、友がいる。
今まで辛いことがたくさんあって、これからもきっとたくさんあるのだろう。
一番の不安要素はもちろん藍染たちだが、もうあの時のような失態をしない自信が
今のにはあった。
―今度会ったら覚えてろクソ野郎。
―今ある幸せを絶対に壊させやしないから。
心の中で小さく拳を握る。
失って失って、何度も一人ぼっちになった。
寂しくて寂しくて何度も泣いた。
愛されて愛されて、少しだけ苦しくて…
けれど私の世界は銀色に輝いている。
―『SilverWolf』
それは私自身。
―さて、今日も1日がはじまった。
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