―空気が震えた。
「…な、に…?」
戦いの最中、唐突に耳に入ってきた言葉の数々。
それは…あまりにも信じがたい話ばかりで、
ただ呆然と聞くことしかできなかった自分の中で、何かが崩れていく音がした。
ACT30:見失われた世界は
聞こえた言葉は一瞬、には何のことだかわからなかった。
「藍染が…謀反…?」
「そんな……」
「馬鹿な…」
元柳斎でさえ眉を寄せ、わずかな動揺の色を見せた。
―『生きていた』そのことが喜べない事態が起きようとは―
この場に居た誰もが彼を昔から知っていただけに、ただただ信じられなかった。
―とてそれは例外ではない。
己の預り知らぬところで亡くなったと、そう思っていた友人。
しかしそれが本当は生きており、謀反を企てていたなどと。
けれどそれより、それよりもが衝撃的を受けたのは…
「と…しろ……も、も……?」
思い出されるのは流魂街での穏やかな日々。
そこでが過ごした時間はそれほど長くは無かったが、忘れられるはずのない大切な時間だった。
それを与えてくれた子供たちが、今まさに、の手のひらから零れ落ちていくという。
『生きていればまた…』
それは尸魂界を去るあの時に思い誓ったこと。
しかし、それさえも叶わなくなるというのだろうか?
喪失による絶対的な『恐怖』がを襲った。
―…あの二人が、瀕死?
「……っぁ…」
―信じられなかった。信じたくなどなかった。
誰かに嘘だと、冗談だと言って貰いたかった。
―もう誰も失いたくなどないのに。
そんなの脳裏に鮮明によみがえるのは…
―真咲が死んだ時のこと。
彼女が雨の中、ピクリとも動くことなく倒れている光景。
それが何度も繰り返し再生される。
「どうして…なんで…」
「…?」
様子がおかしいことに気付いた浮竹が声をかけるが、反応は無かった。
「 」
「―……えっ?」
―…フッと、は突然走り出す。
京楽の制止の声も聞かず、それこそ何かに取り憑かれたかのように。
「……どうしたもんかねぇ、浮竹……浮竹?」
が走り去った方角を瞬きしながら見つめつつ、京楽は浮竹に声をかけた。
「あ、あぁすまない…」
「何か気になることでも?」
「が…『とうしろう』と…」
浮竹が少し戸惑ったようにそう言った。
「『冬獅郎』?確か日番谷隊長の下の名前もそんな名……
ん?そういえばあっちの方角は…」
京楽がやや理解したと頷いた。
「どうやら知り合いのようだねぇ…どういう繋がりなんだかさっぱり検討もつかないけど。」
項をボリボリと掻きながら、もう一度その方向を振り返った。
「…ともかくだ。今、それを気にしている余裕はないんじゃぁない?」
「『冬獅郎』…か…」
浮竹はその名を繰り返し呟いたが、小さく首を振り目を瞑るとゆっくり息を吐いた。
―……
先ほどまで隣りに立っていた彼女の顔を思いだし、自分を落ち着かせた。
「―どうする山じい?」
京楽の問いに元柳斎は重たい口を開いた。
―今、やるべきこと。
それを終わらせてからでも間に合うことを信じて…。
一方、突然走り去ったは―
「―っシロ…!!…桃!…」
その二人の名を必死に呼びながら、無我夢中で駆けていた。
向かう先は愛染が潜伏していた場所。
現在二人が瀕死の状態でいるであろう『清浄塔居林』
それしか頭になかった。
―天挺空羅をしていたのが勇音ということはつまり
卯ノ花が治療に当たっているということなのだが、この時のは冷静さを完全に失っていた。
そのためそんな単純な事実でさえ失念していた。
はただひたすら二人の名を呼びながらその姿を探す。
「冬獅郎…!桃…!」
「―誰です!?」
すると、そこへ現れたのは副隊長の勇音だった。
の足は一瞬だけ動きを止めるが…
「―っ冬獅郎は…!桃は何処!?」
教えるまで逃がさないとばかりに、今にも掴み掛かりそうな勢いで勇音に迫った。
「な…何を…!正体も知れない人をこの先に通すわけには…!!」
―そう、今の姿は『』ではないのだから。
勢いに押されつつ、部外者を侵入させまいとする勇音の反応は至極当然と言える。
しかし…
「―っ!教えなさい!!言わないと…」
「―っぁ…!!」
の霊圧が急速に高まり、ゾクリと勇音の背が震え上がる。
「ぅ…ぅぁ…あ…」
ガチガチと歯が鳴る。
その場に立っているのもやっとの状態で…
―怖い怖い怖い!!!!
恐怖のあまり頭がパニック状態に陥る。
「―構いません、お通しなさい。」
そこに凛とした声が響いた。
同時に霊圧があっさりと治まり、勇音は足下から崩れ落ちた。
「う、卯ノ花、隊長…!!」
その存在の登場に心から安堵する傍ら、
現在治療に当たっていたはずの彼女が現れたことに驚いた。
「た…たいちょ…う…」
明らかに不審人物であると、絶対的に信頼を寄せる卯ノ花を交互に見やる。
「その方はよいのです勇音。私がよく存じておりますから。」
卯ノ花はそっと一歩踏み出した。
「落ち着いて下さい、さん」
「っ烈…!!冬獅郎と桃は…!!」
フラフラと卯ノ花の元へ駆け寄ると、その背のさらに奥に横たわる小さな身体を見つけた。
「―っ!!…と、しろ……も…も…」
側まで行くと一気に力が抜け、ヘタリとその場に座り込んでしまった。
「さん…?」
「あぁ…良か、た…良かった、生きて、る…」
卯ノ花が心配そうに覗きこむと、今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。
「しろ…もも…」
二人の手をは己の震える手で強く握り締めた。
「『冬獅郎』ですか……さん、あの時の子はやはり…」
当時の事情を掻い摘まんで知っていた卯ノ花は、の言動からすべてを悟った。
そして安心させるようにの肩を抱いた。
「大丈夫、大丈夫です。すでに応急処置は済ませました。」
「っありがとう、ありがとう烈……」
は嗚咽を含んだ声でひたすら感謝した。
「いえ、当然のことをしたまでです。
……まだ予断を許さない状態に変わりはありません。
この場での治療はこれまでが限度ですので、これから救護所に運びます。
―勇音、準備はよろしいですね?」
「は、はい!」
「―さん」
卯ノ花はの目をしっかりと見つめて言った。
「日番谷隊長と雛森副隊長は絶対に私たちが助けます。だからあなたは行って下さい。」
「!………」
正気を取り戻したはハッとして顔を上げた。
「旅禍の方々やこのお二人のこと。
それらを含めて、あなたが居るべき場所はここではありません。そうでしょう?」
「……烈」
は申し訳なさそうにその名を呟いた。
けれどその瞳には新たな輝きを宿し、再び力強く立ち上がった。
「落ち着きましたら、ゆっくりとお茶でもいたしましょう?」
「…そうだね。」
その誘いに今度はしっかりと頷いた。
それに卯ノ花は満足そうにほほ笑む。
「気をつけて、いってらっしゃいませ」
「いってきます。」
その言葉は『あの時』と全く同じ言葉だったけれど、込められた思いは全然違うもの。
―ねぇ、烈…私は少しでも変われただろうか?
はまた走り出した。
それこそ全速力で。
元柳斎との戦闘で相当の体力が削られ、二人のことで精神的にも疲労を感じていたが、しかし。
すべての真実を知るために、はただ一心不乱に走った―
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