ACT14:出来ること
「喜助……」
がぽつりとその名を呼んだ。
―闇に包まれた外は雨が降っていた。
向いにいる喜助の肩には、静かに黒猫が乗っていた。
……そして、足下には、真っ赤な血が流れている。
―それはまるで、一つの幕が下りたことを証明するかのように……。
傘をさし、道路にしゃがみ込むの表情は何処となく暗い。
ゆっくりと黒い物体……否、倒れている一護に手をかざした。
小さく何かを呟くと、雨とともに流れていた血はぷつりと止まった。
「……全部、思い出したよ。」
告げられた言葉は唐突で、その切っ掛けが何であったかは言うまでもない。
「……雨が、酷くなってきたな。」
―それは、誰の心を現していたのだろうか?
―同夜
はその足で浦原商店を訪れていた。
いつもお馴染みの茶の間には、家主である喜助と、そして金色の目を持つ黒猫がいた。
「久しぶりじゃの、。元気にしておったようじゃな……」
以外にも、最初に口を開いたのはその黒猫だった。
「……まぁとりあえずは。夜一さんこそ相変わらず見事な黒猫ですね。」
それはこの間のことを含めて言っていた。
ブラーンと前足の脇を持ち上げては嬉しそうに笑った。
「記憶の有無に関わらず、お主も相変わらずじゃな。今は、だったか。」
「そうです。でもこの3人でいるときは『』で構いませんよ?」
にこにことほほ笑みながら、は何気なく夜一を弄り回しはじめる。
「……前言撤回じゃ。変わったの、お主……」
されるがままになりながら、夜一は微かに目を細めて眩しそうにを見た。
「……確かにちょっとだけ、図太くなったかもしれません。」
苦笑し返事を返せば、一人だけ蚊帳の外だった彼が口を開いた。
「……えぇーっと、話しの腰も折れた所でそろそろ本題いいっスかね?」
喜助は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「あ、ごめん。つい、懐かしくなっちゃって」
は夜一を自分の肩に乗せると、改めて喜助の方に向き直った。
「さんが夜一さんと仲が良いのはわかってますから、それは別にイイっスよ。
……でも、無理して笑わないで下さい。見てるこっちが痛い……」
「……うん」
その言葉にはしゅんとなった。
付き合いが長いだけに、いつもとは違う些細な様子の変化に、彼はいち早く気付いてしまう。
―先ほどの言葉も喜助なりの気遣いだ。
「それじゃあ、これからのことですケド……」
話を切り出す喜助の声に二人は静かに耳を傾けた。
「……朽木さんに尸魂界から二人ほど迎えが来ちゃったみたいっスねぇ。」
「「朽木白夜」」
と夜一の声が綺麗に重なった。
「もう一人は……副隊長かな?」
「……そうっス。しかしどちらにしろ隊長格が現れた。」
「一護では、全く相手にならない訳だね……」
がぽつりと言い、喜助が深く頷いた。
「朽木さんを助けに行こうにも、今の黒崎さんでは少々荷が重い。
……だからと言ってアタシは行けない。」
……それは紛れもない事実だった。
はゆっくりと天井を仰いだ。
「……じゃが、このまま見捨てるわけにもいくまい?」
夜一が何かを探るように喜助を見据えた。
「もちろん。アタシにできる限りのことはします。その“責任”がアタシにはある。
今回ワザと黒崎さんを戦わせたのにも理由はちゃんとありますから。」
それには夜一も頷いた。
「……ルキアは」
ふと、がその名を口にする。
が、小さく首を振り意を決めたように顔を上げた。
「喜助、一護のこと任せるよ。
どちらに転ぶにしろ一護には喜助の存在が必要だと思うから……」
「さん、心配は無用っスよ。」
喜助は扇子を開いて口許を隠した。
「夜一さんは……」
「わかっておる。あの2人じゃろう?こちらも心配は無用じゃよ。」
フッとの肩口で笑う夜一に、も情けない表情で笑った。
「はい、お願いします。あ、できれば石田君……滅却師の彼のも。」
「人使いが荒いのぉ」
「すみません。」
夜一に謝りつつもその表情は明るい。
「で、さんは?」
「……古巣に、顔を出そうかと思って。今は先立つ情報が必要でしょ?」
「それは……」
「もちろん『』として、だけど。
本当は2年の長期任務と、貯まりにたまった鬱憤・休暇1年、
ちょっと色を付けて5年は戻るつもりはなかったんだけど……」
「いや、さん…ぼったくりじゃないスか。それ」
喜助が呆れたように言う。
「あわよくば行方を眩ますつもりだったからねぇ……。
とりあえず計3年で無理やり交渉して申請したし。」
しみじみと語るその姿はどこか腹黒さを帯びていた。
喜助にして思えば、その交渉に付き合わされた死神が何より可哀相である。
「まぁ実質2年ちょっとしか経ってないし、全然問題ないでしょう?」
ケラケラと笑いながら肩の上にいる夜一を下ろすと、はゆっくりと立ち上がった。
「明日、学校から帰って来たらすぐに発つよ。預けておいた地獄蝶は?」
そう言って喜助を見ればすぐに返事が返ってきた。
「すぐに出せます。」
「じゃぁ2週間したら戻る。一護を含め、みんなを信じてるよ。」
―またね、とは踵を返し浦原商店を後にした。
それを手を振り見送ると、残された喜助と夜一も各々の準備のために立ち上がる。
「……そういえば。」
と突拍子もなく、喜助が思い出したように口を開いた。
「なんじゃ?」
「さんって4番隊所属でしたっけ?」
その問いに、少しだけ考えるようにして夜一は答えた。
「……『』はそうじゃな。」
「テッサイが驚いてましたよ。黒崎さんの傷の治りがはやいって……」
それに夜一は金色の目をさらに丸くし、一つの答えを見出だした。
「後悔……か。」
「きっと、そうでしょうね。昔から、優しいヒトでしたから……」
喜助が帽子に手を置き微かに俯いた。
「本当に不器用なおヒトだ……」
今とは多少性格こそ違うものの、その本質はであった頃から何一つ変わっていない。
―だからこそ願う。不器用な彼女に幸あれ、と。
白銀に輝く記憶と、空白の5年間が埋まった。
『』という存在のすべてが甦ったと言っても過言ではない。
―それは、決して良いことばかりではなかったけれど、その覚悟はしていた。
自分が逃げてきたモノを今度こそ受け止めるために、立ち上がると決めた。
喜助から、一護がルキアを助けに行くことを決意したと聞いた。
―眩しいくらい真っ直ぐな彼は、決して期待を裏切らなかった。
―だから…私はそれを支え、協力しよう。
友として、幼馴染みとして、兄妹として…出来る限りのことをすると約束しよう。
わずかな期待と懺悔を胸に…。
……今、新たな幕が開けようとしていた。
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