煌いて 揺らめいて つかみゆく 幻の花
あたしの手を 零れ落ちて
第九夜:夢
―夜
月の光が静かに降り注ぐ中に、小さな黒い影がポツリと浮かぶ。
縁側に座るその背中は、闇に溶けて消えてしまいそうな希薄な印象を受けた。
「―Hey!待たせたな。」
そこへ静寂を破って声をかけたのは、夜においてもその存在感をありありと主張する人物。
はゆっくりと振り返るとゆるゆると首を横に振った。
「いえ、私とは違いお忙しい身なのですからお気になさらず、政宗公」
ひんやりとした夜風が頬を撫でた。
端から見れば、二人の姿は実に対照的に見えたことだろう。
どこか儚い雰囲気を漂わせると、それを打ち消してしまいそうなくらいに
強い存在感を放つ政宗。
―昼と夜とでは、こうも様変わりしてしまうものなのか。
と驚き、お互いに違う意味だが似たような感想を抱いていた。
歩み寄ると、当たり前のようにの横へドカリと座り込んだ政宗。
その格好は着流し姿で、捕虜の前だと言うのに刀を1本も持って来ていなかった。
腹を割って話し合う場には確かに無粋なものではあるが、彼は一国の主だ。
いつ何時命を狙われるかわからない身上は、とて理解している。
だからこそ逆に側近さえ付けていない政宗のあまりの無防備過ぎる姿に、
ただ愕然とするしかなかった。
―試されているのか、はたまた侮られているのか……
国主たる彼のその真意を、ただの将でしかないに推し量ることなど
到底できるはずもなく、嘆息した。
―堂々と指摘してもよいものか。
いや、しかし敵国の君主にそのようなことを言ってどうする?
何やら矛盾してはいないだろうか?
考えれば考えるほど収拾がつかなくなってきた。
―どうすれば……?
「――おいおい、急に黙り込むなよ。言いたいことがあるならさっさと言え」
急に押し黙ってしまったを政宗は呆れた顔で見ていた。
「さっきから俺を差し置いて一人で百面相してるぜ?」
「…………申し訳ありません」
原因は政宗にあるのだが、まさかその当人に直接言えるはずもなく、素直に謝罪を述べた。
「大したことではありません」
首を小さく横に振って気にしないように促した。しかし……
「そこで何で言葉を飲み込むんだ?」
政宗は怪訝な表情でを見据えていた。
まさかそう切り返されるとは思っておらず、は何と答えてよいか言葉に詰まった。
「気を使ったって言うんなら、そりゃぁ余計な世話だ。
そのために小十郎の奴も外させたんだからな」
存外に配慮されていたことに内心驚く。
自意識過剰かもしれないが、そこまで興味を持たれていたという事実がの胸をざわつかせた。
「……気を遣ったわけでは、ありません」
「じゃぁ何故だ?」
「……言い兼ねます。」
はフイッと目を逸らした。
「あ?俺が怒り狂いそうなほど失礼なことでも考えてたのかよ」
政宗は柳眉を片方持ち上げ、嘲笑を浮かべる。
「っ違います……!」
本当に人が悪いと思い、少々ムッとなってしまったものの、
だからといってこれ以上政宗の追求から逃れられそうにもなかった。
鼬ごっこは時間の無駄でしかないか、とは諦めてその口を開いた。
「……話を円滑に進めるためには、何も言わず黙することもまた必要なことではないでしょうか」
それに政宗は虚を突かれたように動きを止めた。
「人が纏まるということは、その人数が多ければ多いほど難しいものです。」
「和を乱すことを嫌う、か?」
「いけませんか?」
問いかけた政宗を真っ直ぐににらみ返してきたの目はどこか挑戦的だった。
先ほど挑発した政宗に対する意趣返しだろうか。
僅かに目を細めると少しだけ困ったように小さく息を吐いた。
「『臣下の声に耳を傾ける』それも上に立つ者の仕事なんだが?」
―どうやら不満があるらしい。
意見や感想、それらの声は確かに国を治める上で必要なことである。
それをしっかりと念頭に置いて語ることができる政宗は、やはり良き統治者なのだろう。
言葉よりそれを読み取ったは口許に僅かな笑みを浮かべた。
「それでもやはり、多過ぎる声は混乱を招くこととなりましょう?
言の葉には節度が大切だと私は思っております」
「ほぅ……まぁ一理あるな。
が、そもそも声っつーのは他人に意思を伝えるためにあるもんだぜ?
そして俺の耳はそれを聞くためにある。わかるな?」
はコクリと頷いた。
「ええ、それもまた真理でしょう。
聞き及いでいたことも合わせて、公の志の一端に触れたような気もします。
私個人としても、とても大変素晴らしいものだと思います。
ただ大前提として、私は貴方の臣下ではありません。」
つまり、という存在は政宗の方針の外にいるのだ。
ゆえににその義務は発生しない。
「はっ、一応捕虜のはずなんだかな。」
「公も一国の主のはずですよね?」
お互いにそれらしくない態度と格好を嫌味に指摘する。
そんなやり取りに、いつの間にか流され、振り回されている。
その事実に気付きつつもの心臓はドキドキと音を立て、
その鼓動が聞こえやしないかと不安に駆られた。
「強情だな。きっとこの奥州でも片手に入るぜ」
「何です、それは」
「まず間違いなく俺は入ってるな。あぁそれと、小十郎の奴も入る」
「そういうことを聞いているわけではないのですが……」
少しだけ困ったようにクスリと笑ったは、そっと目を伏せ口を開いた。
「しかし『強情』とは……そうですね。当たっていると思います。
私は嫌だ嫌だと我儘ばかり言う子供と、なんら変わりありませんから」
「ということは俺も同じだな」
真っ直ぐに向けられた目をは未だ困った表情で見返した。
「公と私などを一緒にされては、片倉殿に怒られてしまいますよ?」
そこには確かな壁があるのだから。
「なぁ……お前はそうやって何度自分を押し殺し続けた?
本題に入るが、あの時の表情の原因はそれか?」
政宗は限り無く核心に近いところを突いてきた。
覚悟して来たとはいえ、は最後の一歩は踏み出せず茶を濁した。
「公にはつまらない話になりましょう。」
すると途端に政宗の独眼が鋭さを増した。
「俺に同じことを二度言わせるなよ。」
「……畏まりました。」
は重苦しくゆっくりと口を開くと、夜空を見上げた。
「『女子は家の意に従い嫁ぐが良し』と、理屈ではわかっているのです」
それは実に唐突な話だった。しかし政宗は静かに聞き入った。
「戦の道具という意味では同じなのかもしれません。
しかしそれが、私にはどうしても受け入れられなかった。」
妙齢の女性にしては節くれ立った手のひら。
それでも同年の男性に比べればその華奢なこと。
「……っわかっていながらも、私は幸村という身近な存在の奔放さに、
自由を夢見てしまっていた。憧れを抱いてしまったのです。
幸村と私は違うというのに、この歳になっても諦めることが出来なかった……」
羽織りを握り締める白く小さな手は小刻みに震えていた。
それを鎮めるようにはまたそっと目を伏せると、話を続けた。
「愚かでしょう。そのしがらみから解放されようと思えば出来ないことはありません。
けれどその時にきっと、私は何かを犠牲にしなければならない。
皮肉にも戦と同じですね。しかしそれが唯一の相違点でもあります。
私はそこで何かを犠牲にしてまで、それを望む覚悟がない。
私一人が我慢すれば迷惑をかけることはないのですから。
結局、我が身の不幸を嘆くだけの愚か者で……
あの時、貴公の手で死ねるのならそれも良い、と思いました。」
「死んで、逃げ出そうとしたのか」
「ええ、卑怯でしょう? 私は自分のことしか考えていなかったのです。軽蔑しますか?」
心内をさらけ出してしまったは、政宗の目を見る事が出来なかった。
静寂がまた辺りを包み込み、気付けば、
夜空に浮かぶ月は緩やかに空の頂から下りはじめていた。
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