せつなに ひらく



それは



HANABI






第八夜:涙






 「―こ、こ……は……?」



光に導かれるように意識をそちらへ向けた。

すると徐々にだが、の視界に光が戻ってきた。



―眠って、いた……?

まず、ぼんやりとした視界に飛び込んで来たのは天井。

そして身体を覆う柔らかな布団の感触。

それに、気付いたのだった。

首をゆっくりと横へ向けると、その室は思っていたよりも広かった。

つまりそこは自室でない、の知らない一室であった。



―あの状況からいくと、ここが甲斐である可能性はとても低い。

現状を驚くほど冷静に、受け止める自分がいた。

いや、意識がまだ夢うつつなせいかもしれない。

自分が生きていたことについては、とても驚いているのだから。

ゆっくりと身を起こし辺りを見渡せば、趣味の良い調度品が並べられている室。



「何処、なんでしょうかね……」



を生かしていることを考えれば、上杉に運ばれた可能性が一番高い。

しかしあの状況で上杉軍がを連れ帰ることが出来たかと言えば、微妙なところだ。

―あまり当たって欲しくはないが……



わずかに表情を曇らせたところで、遠くからこちらへ近寄って来る気配がした。

それは一人ではなく複数。

は用心すべくもう一度室を見渡した。

しかし、己の得物はもちろん武器になりそうな物は、見当たらない。



―まぁ、当たり前か。

小さく溜息をついた後、半身を起こしたまま真っ直ぐに襖を見据えた。



―所詮、手負いの身。

多少足掻いたところで、不利には変わるまい。

ズキズキと痛む傷も構わず背筋をピンと伸ばし、静かに相手を待ち構えた。









―スパン!

勢いよく襖が開いた。

そこから差し込む逆光の眩しさと、半ば予想していた人物の登場には目を細めた。



「Good morning!ようやくお目覚めか?」



―グ……モ、二……?



突然意味の分からないことを言われ、は一瞬怪訝な表情になる。

しかし『竜は異国語を操る』という佐助の情報を思いだし、すぐにその顔を元に戻した。



「傷の方はどうだ?飯は食えそうか?」



―独眼竜の異名を持つ、奥州筆頭・伊達政宗。

彼は何の躊躇もなく、の横にドカリと座り込んだ。



「一国の主を前に、床上より謁見の無礼、失礼致します。」



政宗の問いなど聞こえなかったかのように、は頭を下げた。



「……随分と堅っ苦しいな、おい。」



政宗が顔をしかめた。



「で、傷の具合はどうなんだ?」

「……政宗公は、私に何をお望みなのでしょうか?」



は変わらず抑揚のない声で逆に問う。



「……何が言いたい?」


「首を刎ねるわけでもなく、牢にさえ捕らえない。

 捕虜の身である私をこれからどうなされるつもりでしょうか?」



武田の武将であり、猛将と名高い真田幸村の血縁であったとしても、

自身に人質としての価値など無い。

少なくともはそう思っている。



―だからこそ、この待遇に疑問を感じずにはいられなかった。

幸村辺りは騒ぎ出しそうな気はするが、信玄がそれを許さないだろう。

―そう、を人質にしたとしても、その話に信玄が乗ってくるはずがないのだ。

もそのようなことを望んでなどいない。

いっそ信玄の上洛の足手まといになるくらいなら、恥じ入って自害する道を選ぶ。

自分の身の振り方を考えるべく、はまずその真意を探るために政宗の隻眼を見据えた。



「これから武田と殺ろうってときに、手札が多いに越したことはねぇだろう?」

「私には価値などありません。駆け引きの道具にすら、なり得ません。」

「とてもそうとは思えねぇ…が、な?」



政宗が品定めするようにを見返した。



「―信玄様は思慮深いお方。お国のことを何より考えていらっしゃいます。

 詮無き戯言になど耳も貸しますまい。」


「貴様っ!!政宗様を愚弄するか……!!」



脇で控えていた男が、の言葉に我慢ならないとばかりにいきり立った。



「ならば早々に、その腰にある刀で黙らせてみなさいませ。

 この通り私は動けませぬ故、逃げも隠れもいたしません。謹んでお受けいたしましょう。」



―むしろそれを望もう。

は男を挑発するように睨み返した。



「……小十朗、テメェは少し黙ってろ。

 いいか、価値があるか無いかを決めるのはこの俺だ。テメェじゃねぇ」


「…………」


「納得いかねぇって顔してんな。」


「えぇ、それはもちろん。」



二人はしばらく睨み合っていたが、先に政宗が口を開いた。



「小十朗、少し下がってろ。」

「しかしっ……!!」

「怪我人に殺られるほど俺は弱いか。An?」



不機嫌を露に後ろを振り返った。



「っ…承知いたしました。」



小十朗は渋々ながらも室から退出した。

その姿を見送りつつ気配が遠ざかったのを確認すると、二人は再度向き合った。

もちろん部屋には二人しかいない。



「無駄話は面倒だからな、先に言っておく。挑発しても無駄だぜ?」



政宗のその一言に、は先ほどまで張り付けていた人を喰ったような表情をフッと消した。



「御付きの方は面白いくらいに乗ってくれたので、いけるかと思ったのですが……

 やはり、わかってしまいましたか。」



どこか諦めたようにゆるゆると息を吐いた。



「ただの死にたがりか?」


「そうですね。この状況ならいっそ、私など居ない方が武田には余程有益でしょう。

 先ほども述べたとおり私には人質としての価値などありません。

 ただ、五月蠅いお子様が少々……」


「Ahー…真田か?」


「よくお分かりで。」



はクスリと笑った。



「ついこの間、うちの城下で会ったからな」

「……では、とんだご迷惑を」

「まぁな。世話係りの猿に感謝することだ」

「……佐助、ですか。」



彼の姓は『猿飛』だから、まぁ間違いでは無いが……。



「アンタ、弟があれじゃ、おちおち嫁にも行けねぇな?」

「そう、ですね……」



―しかし本音は、それすらも言い訳でしかない。



「―で、アンタは何故、笑ったんだ?」

「え……?」



政宗の突拍子もない発言に意味がわからなかったは、つい聞き返す。



「俺に斬られる瞬間、確かにお前は笑った。しかも悲しそうに、な……何故だ?」



は瞠目した。

それはきっと、自分でも無意識にしたことだったから。

―まさかそれをこの男に見られていたとは……



「―だんまり、か。Ah?」



を見据えたまま、政宗はその柳眉を器用に片方だけ吊り上げた。



「そんなに……私は悲しそう、でしたか?」

「そうだな。丁度、今してるような感じの顔だったぜ」



その返答に、はまた困ったように微笑んだ。



「それが、私を生かした理由ですか?」

「……全く無いわけじゃ無いな。」



あくまで先ほど告げたことが第一にある、と政宗は笑った。



「そう、ですか。しかし理由と言われましても私事です故……」

「こっちはそれが知りたいって、言ってんだよ。」



片方しかない瞳は真っ直ぐにを捕らえて離さない。

―逃げ切る道はない。ならば……



「ならば少々、お時間を頂いてもよろしいでしょうか。」

「あぁ?」

「捕虜の身でありながら、誠に勝手ではございますが……どうか今は、御容赦下さいませ。」



優美な動作では手をつき頭を下げた。



「……どういうつもりだ?」


「自分を曝け出すという事は、そう簡単にできる事ではありません。

 そう、この乱世では特に……」



穏やかな口調とは裏腹に、その手は力強く布団を握り締めていた。



「殿方にも色々と事情があるように、女も色々とあるのです。」



その瞳は深い色を宿し、揺るぎなかった。



「……俺には女のことがわからない、と?」

「わかる、と断言できるのですか?」

「………チッ!」



―『女』と一括りにしたとて、すべてが同じではない。

それは当たり前のことであり、すべてを把握しているものなどいるはずがないのだ。

もちろん、他人より多く分かる者もいるが、それだけでわっているのだと公言すれば、

ただの欺瞞でしかない。



「……3日後だ。3日後の晩までに話す覚悟を決めろ。いいな?」



そう言うと、政宗はの返答を聞かず室を後にした。




にはわからなかった。



何故あんなにも知りたがるのか。

日にちこそ指定してきたが、今無理やり聞き出さなかったのは、

彼なりに譲歩してくれた証しだった。



の言葉で何か思う所があったのかもしれない。





―思いがけず、今まで知ることのなかった竜の優しい一面を垣間見てしまった。





ただ、今はその優しさが痛い。














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