願うまま この想い あなたに 鳴り渡れ
果てるなら せめて強く
此の花 燃えゆく
第十夜:結
夏といえど、夜の空気はひんやりと冷たかった。
沈黙が降り立っている現在は、それが余計に寒く感じられた。
そこへ、俯いたままだったが少しだけ顔を上げた。
「風邪を召されては大変です。そろそろ……」
この場に止どまっていることが辛かった。
が逃げるように、そっと立ち上がろうとすると、政宗の低く耳に馴染む声が響いた。
「なぁ……」
心臓がドキリと跳ねた。
その声色から判断することは出来ないが、おそらく軽蔑を露にしているだろう
政宗の方へ恐る恐る視線を向け、小さく息を飲んだ。
「――それは悪い事か?」
そう語る政宗の表情は驚くことに、軽蔑どころか信じられないほど穏やかな顔だったのだ。
「――大切な奴等が傷つく、それが怖いっつーのは当たり前のことじゃねぇか?」
投げ掛けられた言葉に、は目を見開いた。
「親殺しの俺がそんなことを言っても説得力はないだろうが……失うことを恐れて何が悪い?
戦を仕掛ける立場だが、だからこそ俺にだって失いたくないものはある。」
その言葉に何故か泣いてしまいそうになった。
「……けれど、時世がそれを許してはくれません。」
「違う、許さないんじゃない。アンタが許さないで欲しいんだ。
恐れる所で甘んじているのはだからだろう?
全部自分の幸せも引っ括めて守ってみせるって言う、それくらいの気概を見せてみろよ。」
「私には……それほどの力も器もありません」
は力なくゆるゆると首を横に振った。
「それなら周りをもっと頼れ。何のために仲間がいると思ってんだ。
つーか、アンタはもう少しselfishになった方がいいぜ?
むしろ真田の野郎に存分に迷惑かけてやれよ」
感情的に話す政宗には首を傾げた。
「…………?」
「あー、つまり『わがままになれ』っつーことだ。」
頭をガリガリと掻いて政宗は破顔した。
「私は、もう十分我儘でしょう?」
「まだ足りない」
何を基準にそんな事を言っているのかはわからないが、は小さく笑った。
「フフ、けれど『幸村に』というのは政宗公の個人的なご意見でしょう?」
「あぁそうだな。城下で会ったときは、姉上姉上煩くてな。……どんだけ依存してるんだか」
「……も、申し訳ありません」
その時のことを思い出したのか、うんざりした表情で、どこか疲れた雰囲気を漂わせていた。
にもその光景がありありと浮かび、申し訳なさから、つい謝罪してしまった。
「アンタのせいじゃないだろう、謝んな。話は逸れたが、俺は我儘なんてもんじゃない。
強欲だからな。欲しいものは必ず手に入れる。
節度は適度にあるつもりだが、どうも自分の心に嘘は吐けない質でね」
自信満々に答える姿は子供のように無邪気に見えたが、
その瞳には揺るぎない決意と野心を秘めていた。
―本当に不思議な人……と、は息を吐いた。
「そうでしょうね、闘い方にもよく表れていたと思います。
真っ直ぐでいて、とても力強い。それでいて抜け目のない狡猾な面も持ち合わせている……」
幼い頃からよく知る弟の幸村と、とても似ていて全く反対の人。
「ククッ…よく見てるじゃねぇか。そう言うアンタも十分強かったぜ?」
突然自分に振られたことに、はキョトンとなる。
「一見物静かで、綺麗なだけの世間知らずなお嬢様かと思いきや、
武田の将らしく熱血で苛烈な気性も持ち合わせている。
あの場で俺に失わせるには惜しいと思わせたんだ……――嫌いじゃねぇよ」
「っ……!! からかわないで下さいませ!」
そう言って諌めるだが、その頬はほんのりと紅く色付いていた。
それに政宗も意地の悪い顔でニヤリと笑う。
「はっ!からかってなんてないさ。アンタも大概気が強いな」
「武家の娘ですから」
「そういう意味で言ったんじゃねぇ。だからって貶してもいないからな?
Ahー…ったく難儀というか、真田とまでとは言わねぇがアンタも初心だな」
「余計なお世話です」
3日前とは比べものにならないほど感情の起伏を見せるが、
政宗にはとても面白いものに見えた。
「大体な、男が夜中に女の元に通う意味くらい知ってるだろう?少しは危機感持ちやがれ」
「なっ…!! 夜を指定してきたのは公でしょう!」
紅い頬がさらに紅く染まった。
「快諾したのはそっちだぜ」
「っ!快諾なんて……そんな、つもりは……」
混乱のあまり、どうしてよいかわからなくなったの目元が僅かに潤んでいた。
―おいおい、天然かよ。
政宗は少しだけうろたえ、嘆息する。
「Sorry!わかってる。今の言い方は俺が悪かった。
でも、アンタはもう少し警戒心を持った方がいい。」
内心でも、やり過ぎたと反省する。が、そんなところへの爆弾発言が降下された。
「あの、そんな物好きな輩いるのでしょうか?」
「……は?」
何を言っているのか一瞬わからなかった。
「居たとしても真田の名を目当てに、既成事実を目論む者くらいでしょう?
でなければ、行き遅れのじゃじゃ馬など襲う物好き居るわけがありません。」
「……水をさすようで悪いが、それを差し引いたってアンタ十分魅力的だぜ」
「公に言う事ではありませんが……
私の肌の見えぬ所には、戦や鍛練のときにできた傷が無数にあります。
殿方には勲章となりうるものも、女子には文字通り『傷』でしかありません。
それでも公は同じことが言えますか?」
はそっと袖を捲ると、その腕に残る傷を一つ撫でた。
「私自身は、これを恥じたことなどありません。
傷の有無で手の平を反す程度の輩に、嫁ぐことがなくてよかったとさえ思いますから。」
それは紛れもないの本心。
誰に何と言われようと、恥じたりはしない。
「……勲章、か。では俺も聞くが、お前は俺のこの右目をどう思う?」
「政宗公の右目、ですか……」
それは奥州の内外でも有名な話だ。
『独眼竜』と呼ばれるその由来。
眼帯に隠されたその奥にはあるべきものがないという話だが……
「これは戦で失ったわけじゃぁない。その醜い姿から実の母に化け物とまで言わせた代物だ。」
「『化け物』……」
本人の口からそれを聞き、その話しが改めて事実なのだと現実に感じた。
はただジッとその眼帯で覆われた目を見つめる。
「差し支えがなければ、見せていただいても?」
「あ"ぁ?物好きだな。見ても気分のいいもんじゃねぇぜ」
「そうかもしれませんね。
しかし私も胸の内を明かしたのですから、政宗公も明かして見てはいかがです?」
普段ならしない軽口をはしてみせた。
―興味、好奇心……そうかもしれない。
ただ純粋に、この男の根底にあるものを知りたかった。
「はっ、言うじゃねぇか。その目の穴かっぽじってよーく見やがれ!」
そして、政宗の手によって右眼を覆っていた眼帯が外された。
「…………」
の手がピクリと動く。
しかしその目が逸らされることはなかった。
「どうだ?気持ち悪いか」
「……色が、変色してしまっているのですね。当然、眼球は――」
窪んだそこには何もないのだ。
は無意識の内にそこへ手を差しのべていた。
「っ……!」
驚いた政宗が僅かに身を引いた。
それにハッとしたも慌てて手を引いた。
「あ……、もっ申し訳ございません!」
「……アンタも大概、変わってんな。普通女はこんなもん見せられたら引くだろう」
「何分、普通じゃありませんゆえ。」
血の臭いと積み重なる骸。凄惨な光景を何度も見て来た。
「…………」
「戦場には、片手片足を失った負傷兵などざらにいますし、ね。」
手が回らないときはその治療の手伝いだってもちろんする。
「それと同じってか?一緒にすんじゃねぇよ。」
政宗は不機嫌そうな顔で一蹴する。
「失礼しました。けれど、私はその右目を何とも思いません。むしろ尊敬いたします。」
「はぁ?」
「片目で生活するには、それ相応の努力が必要です。
戦場に立つとなるとそれはさらに大変なことでしょう。
私などには想像もつきませんが、公はやはりすごい方ですね。」
「っ……それは哀れみか?」
剣呑な雰囲気を漂わせはじめたが、しかし……
「何をいっているのですか。今の公を哀れむ必要がどこにあります?
むしろ捕虜になってしまった私を哀れんで下さいませ」
今の政宗を哀れむ余地はなし、とあっさり言い切った。
それに政宗も拍子抜けしてしまう。
―豪胆、だな。
今、目の前でにっこりとほほ笑む姿は、先ほどまでのか弱い姿とはかけ離れていて、
政宗は思わず笑ってしまった。
「現金だな」
「お互い様です」
そんな二人の表情は精々したとばかりに晴れやかだった。
「――なぁ、今まで縁談はなかったのかよ?」
他愛もない話しをいくつか終えたとき、政宗がふと、思いついたように問いかけた。
「あるにはありましたが、戦を理由に断り続けて来ました。」
はフイと視線を逸らし、それ以上は聞くなとばかりに押し黙った。
「なるほどな。それであんな噂が立ってたわけか……」
ボソリと政宗が何かを呟いたが、それがの耳に届くことはなかった。
何かを思案するような表情に首を傾げはしたものの、
すぐさま政宗の何かを企むようなニヤリとした表情になったため、
言い知れぬ危機感を感じて追及するのをやめた。
お互いがお互いの言葉に救われたのだとしたら、それは巡り合わせの中の幸い。
運命だとしたら、その先はきっと……
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