せつなに ひらく
それは
HANABI
第十一夜:迷
晴れ渡る空の下、涼やかな風が吹き抜ける心地良い日よりの午後のことだった。
「――邪魔するぜ」
風通しの関係上、中途半端に閉じられていた襖が突然大きく開け放たれた。
「……政宗公」
捕虜扱いにしては立派過ぎる部屋。
そこを宛行われていたは、重ねて捕虜には貸し与えられないだろう書物を広げて、
静かに読書をしていたところだった。
そこへ先触れもなく訪れたのが政宗で、待遇の件を含めた非常識の類いを
率先して行う元凶、張本人でもあった。
ここ数日の間も勢いで訪ねて来ることがあったせいか、もさほど驚くことはなかった。
ただその訪れる理由については、とってつけたような他愛もない内容から、
国政に携わる危うい内容まで。
毎回天と地ほども違うために、はとりあえず一番はじめに用向きを尋ねる必要があった。
「どうかなさいましたか?」
―パタン、と読みかけの書物を閉じて居住まいを正すと、ゆっくりとその顔を覗き込んだ。
「――話がある」
「はい、何のお話でしょうか?」
―どうやら、それなりに重要な話しらしい。
纏う雰囲気がいつもよりピリピリとしていることにふと気付いた。
怒っているわけではないようだが、言い知れぬ緊張感が空気を重くさせる。
政宗は改まった様子での真正面に胡座を掻いて座ると、落ち着いて間もなく口を開いた。
「――武田に、帰りたいか?」
その問いには小さく息を飲んだ。
「随分と、唐突なお話しですね……」
わずかに目を見開くが、すぐさま表情を戻すとゆっくりと視線を落とした。
「あぁ、情勢が変わったからな」
―情勢……
その不穏な響きにの声が無意識に沈んだ。
この部屋で穏やかな日々を送っているとつい忘れてしまいそうになるが、
がこうしている間にも乱世は目まぐるしくで変化しているのだ。
「で、どうなんだ?」
次の言葉を待つさながらの、試すような鋭い視線。問い掛ける政宗をは困ったように見返した。
「……わかりません」
「What?」
予想外の答えだったのだろう。政宗も少しだけ驚いて見せた。
「もう少し前ならば、帰りたいと迷うことなく言えました。
ですが今は……気付いてしまいましたから」
「気付いた?」
鸚鵡返しに問う政宗は、己の足に肘を突き顎を乗せた態勢でマジマジとを見た。
「えぇ。私は武田にありながら、心から真に武田の将ではなかったと。」
「それはまた随分と抽象的だな。別に働きが足りない、という意味ではないんだろう?
戦場での働きは十分貢献に値しているしな」
政宗のその言葉には小さく首を横に振った。
「勿体ないお言葉痛み入ります。
公がおっしゃる通り、お館様が上洛し天下統一を成し遂げてくだされば
きっとこの世は良いものとなると私は思っております。
けれど、それが絶対にお館様でなければいけないと……
そう思う気持ちが決定的に足りなかった。
今までは自分がそう思っているはずだと誤魔化すように言い聞かせていましたが、
それを肯定してしまった今……どんな顔をして武田に帰ればよいのでしょうか。」
の瞳が悲しげに伏せられた。
―武田という地に生まれ育ち、多くのものを与えられてきた。
だからこそ武田のために尽くさなくてはならないと、そう思って生きてきた。
それが根底から覆ってしまった今……
―抱いたものは背徳感。
「お恥ずかしい話ではありますが、つまるところ……私の気持ちの問題なんです。」
「……相変わらず難儀な性格だな。」
政宗が呆れた表情をしつつも優しい目差しでフッと笑った。
「そうですね、私もそう思います。」
それに苦笑して返したも口に出して言ったことで、
ほんの少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
話が切れたところで、室内に籠って話してばかりいては気が滅入るからと、
天気がよいことに託けて二人は庭先へと場所を移した。
障子を開けた先に広がる色鮮やかな庭は、月明りの下とではまただいぶ違う印象を与えた。
当たり前のこととわかってはいても、その変わり様にはこっそり感嘆の息を零した。
それを知ってか知らずか政宗は一瞬微笑を浮かべ、すぐさま真剣な色をその瞳に宿した。
「―アンタの気持ちはわかった。が、これから一体どうするつもりだ?
知らない男に嫁ぐのはごめんなんだろう?」
あの夜のことも含め、という人物についてある程度理解・把握した政宗はそう話を切り出した。
「えぇ……お館様や父上には申し訳なく思いますが、
このまま出家をするのも一つの道かと思っています。」
「はぁっ!? 冗談だろ?」
耳を疑うような発言に政宗は声を荒らげて無意識の内に叫んでいた。
「政宗公、冗談ではなくこれでも私は真剣に考えております。」
その目は確かに嘘を吐いている目ではなかった。
―真田幸村に似ているな。
憮然としたの姿に政宗はこっそりと関心した。
変なところで真面目だったり無頓着なところとか、さすがは姉弟だな。と。
―しかしそれとこれとは話が別。あまりにも飛躍し過ぎている。
「なぁ……」
「といっても、それはやるべきことを終えてから。この戦が落ち着いてからになると思います。」
政宗が何かを言い掛けたが、すぐさまがそう付け足したことにより、
どこか安堵したように息を吐いた。
「そうかい。そりゃ俺も安心した」
「政宗公……?」
「いや、こっちの話だ。」
首を傾げたに両肩を軽く上げて応えた政宗は、不敵なまでにニヤリと笑った。
そして一言。
「―俺は決めたぜ。」
そう唐突に宣言した。
政宗の中で自己完結されたそれは、からしてみれば突飛な言動でしかなく、
ただ目を瞬かせるしかなかった。
「何を、と聞いても?」
「それはあとでのお楽しみだ。」
何か企んでいそうな表情を訝しく思いつつも、それ以上問い質すことは無礼にあたるかと思い
は口を噤んだ。
「あー……そういや言い忘れてたが、昼に武田と上杉から書状が届いた。」
「 !! 」
突然振られた話には驚きに目を見開く。
「上杉は武田の傘下に治まる形でになるが、武田と奥州の同盟を打診する内容だ。」
「同盟……」
それを口の中で繰り返すように呟いた。
政宗が何故にあんなことを聞いたのか。
これでようやく合点がいった。
「あぁ、悪くない話だろ?」
「えぇ。ですがなぜ、それを私に……」
嫌な予感がして表情を曇らせただが、佐助から聞いていた
もう一つの気にかかっていた情報をふと思いだす。
「まさか、織田が……!?」
政宗は険しい表情を浮かべ無言で頷く。
「ご明答。俺も黒頭巾の連中探らせているが、とんでもねぇぜアイツら。」
九州・四国での惨状を一部だが話して聞かせると、それをも神妙な表情で聞き入った。
「北上してくるのも時間の問題ですか……」
「あぁ。このタイミングで、冷静に戦況を見計らい同盟を提案してきたことに関しては、
さすが甲斐の虎といったところだな。」
「お館様……」
「そう遠くない内に、この奥州を訪ねてくるそうだ。だからアンタも覚悟を決めておけ」
「……そう、ですね。」
にわざわざ心の準備をする時間をくれたのだろう。
不安はあったがその優しさに心が温かくなった。
―どうして、こんなにも……
勘違いしてしまいそうになる自分に泣きたくなった。
「ともかく、隠居するにはまだ早いぜ?」
「……はい。」
ニヤリと不敵に笑った政宗に、も内心を押し隠して厳しい顔つきで力強く頷き返した。
「いい顔だ。シケた面の百倍美人だぜ?」
「世辞は結構です。 ――私もまた戦に酔う『鬼』なのですよ」
―それがあなたとの相似点ならば、私は喜んで受け入れましょう。
矛盾した気持ちに終止符を打つためにも……
―私は、あの月明りの下に誓います。
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