煌いて 揺らめいて 蒼き夢 舞い上がれ
いつの日か めぐり逢えて
第十二夜:誓
「――この大馬鹿者っ!!」
「――ぐはぁっ!!」
奥州・青葉城にて。
何とも盛大に女性の怒声と青年の呻き声が響き渡った。
―時を遡ること半刻前
奥州・青葉城に、甲斐の虎こと武田信玄を筆頭とした一行が到着していた。
越後からの強行軍であったようだが、虎の眼光は疲れを見せることなく爛々と光っていた。
訪れた目的はもちろん、先触れで打診した奥州と甲斐の同盟締結のため。
これからが本番、というところで気を抜いている暇は無い。
休息する時間も惜しいとばかりに一室に通された一行は、
早々に奥州筆頭・伊達政宗との会談に臨んでいた。
「―さすが、できる奴は違うねえ。ちゃんと先を見越してる。
このままじゃみすみす織田に天下を持ってかれちまうからなぁ」
武田と同じく、越後の上杉謙信より事前に送られてきた書状。
それには奥州と甲斐の同盟を請願する旨が書かれていた。
先の戦で謙信は政宗の強襲にあった。しかしそれは、現状において意味を成さないものだった。
個の敗走と国の危機。その二つは天秤にかけるものではないからだ。
謙信の一国を統べる主としての答えは、比べる以前の問題ですでに出ていた。
むしろその事が原因で二国間にわだかまりを作ってはいけないと、自ら橋渡し役を買って出た。
武田信玄という男は義に厚い。
長年の好敵手として彼が行くべき道を見誤るとは謙信とて思ってはいないが、
万が一の場合を危惧し先手を打った。
上杉謙信という男もまた義に厚いのだ。
―それがこの同盟の発端である。
ただ、川中島の戦いで負った傷が未だ癒えていないために、謙信はこの場には来ていない。
政宗は、欠席することに対する謝罪の言葉が書かれた書状を信玄から直接受け取ることとなった。
「お互いに争っている時間もあるまい」
「まあな。これが得策か」
膝の上に広げていた書状を景気よく叩くと、政宗は不敵に笑った。
「いいぜ!織田を討つまでは同盟を結ぶ。奥州は腹を括るぜ!」
「ありがたい!やはり若い者は迷いがなくてよいのう」
政宗の言葉に、信玄も豪快な笑みを浮かべる。
同盟が本決まりといきそうな――その時だった。
「――お館様!! このような場で失礼だとは重々承知しておりますが!!
この幸村、伊達殿に同盟に値する力量があるか確かめとうございます!!」
幸村が警戒心を露に立ち上がると、半ば同盟に異議を唱えるような形で名乗りを上げた。
「卑怯にも手負いの謙信公を狙った輩!! あまつさえ手負いの姉上を攫って行くなど……
破廉恥極まりません!そのような者を某は信用なりませぬ!!」
「幸村!」
「お館様とて、いつ不意を突かれ危険に晒されるやもわかりません!!」
「真田!テメェ……!!」
「下がれ、小十郎――吠えるのは、俺に勝ってからにしな!」
これだけ貶されて黙っていられるほど、政宗の気は長くない。
先達て怒りを露に小十郎が幸村に何かを言いかけるが、
それを片手で制すと自ら刀を片手に徐に立ち上り、真っ直ぐに幸村へと突きつけた。
「テメェ槍使いだろ。うしろのカモイのを使えよ!」
「政宗様!! 刀をお収めください!」
これはあくまでも会談であり、そこに殺傷沙汰を持ち込むのは道理ではない。
――やりすぎだ。と我に返った小十郎が慌てて声を上げたが、すでに聞く耳を持っていない。
「……俺はな、卑怯モン呼ばわりされんのは心外だ」
「卑怯を卑怯と言ってなにが悪い!!」
「しつけぇな!!」
得物同士が激しくぶつかり合う。
お互いに感情的になっているせいか、得物を振り回す動作もどこか荒々しい。
「あのようなやり方!! 同じ武士として許せん!!」
「ハタ迷惑な武士道を人に押し付けんな!!」
「――それまでっ!!」
どんどん熱くなっていく二人を一喝したのは信玄だった。
武将としてもさることながら、年長者のみが持つ厚みを持った覇気。
まだ二十代にも達していない――若輩者と言っても過言ではない二人は、ピタリと動きを止めた。
「家臣がとんだご無礼をした。この通りだ。許してくれい」
「お、お館様……頭を上げてくだされ!!」
「幸村!お前も謝らんか!」
「しかし、某はお館様のためを思って……」
するとそこへ――スパン!と勢いよく襖が開いた。
「――無礼を承知で失礼致します」
その言葉と共に姿を現したのは、騒ぎの原因とも言えなくはない幸村の姉のだった。
「あ、姉上……!? よくぞご無事でっ!!」
無事な姿をその目で確認することができた。
感動のあまり、今にも縋り付きそうな勢いで駆け寄ったる幸村だが、
対照的に、乱入したは恐ろしいほど冷ややかな微笑みを浮かべていた。
「――この大馬鹿者っ!!」
「――ぐはぁっ!!」
と、これが冒頭のやり取りである。
吹き飛ばされた幸村は一瞬何が起きたか分からず、殴られた頬を押さえおずおずとを見上げた。
「少々お馬鹿な子だとは思っていましたが、ここまでわかっていなかったとは……!!
私は貴方の姉として、恥ずかしさと怒りで一杯です!」
「あ、姉上っ!? も、申し訳ございませぬ!その、某は……!」
「お黙りなさい!」
「は、はいっ!!」
の一喝に幸村はたじろぎ、押し黙った。
歴戦の武将であり、虎の若子、紅蓮の鬼などと言われようとも、
幼い頃から自分のことをよく知る姉を前にしてはそれも形無しである。
そんな幸村の様子に、も冷静になると落ち着いた口調で言葉を紡いだ。
「幸村、真っ直ぐな性格は決して悪いことではありません。
ですが、分というものを弁えなさい。
これはすでに個人の感情で左右してよいものではないのです。自重なさい」
坦々と幸村に言い聞かせると、姉弟揃って無礼を働いてしまった政宗へ体を向けた。
「政宗公、愚弟が大変失礼を致しました。至らぬ弟に代わり、姉の私が謝罪いたします」
は畳に両手を揃えて膝を付くと、信玄に続き深々と頭を下げた。
何とも言えぬ表情でそれを見つめる幸村だったが、
――チャキリ、と政宗が刀を収める音でその顔を上げた。
「別に気にしちゃいねぇさ。さっさと頭を上げな、武田のおっさんにもな」
「嘘を言いなさるな。真っ先に場を荒らしたのは政宗様ですよ」
落ち着きを取り戻した政宗に対し、小十郎がさりげなく突っ込むが、
その言葉は黙殺された。
「寛大なお言葉、痛み入ります」
ゆっくりと面を上げ、はほっと息を吐いた。
すると同じく顔を上げた信玄と目がハタリと合い、ついで穏やかな笑みを向けられた。
信玄もの無事な姿を目にし、安堵したのだろう。
も、こうして主君である信玄と再び見えることができた喜びから、その表情には喜色が浮かぶ。
「おい、幸村!テメェはなんのために戦ってるんだ!?」
「某は、なんとしてもお館様に天下を取っていただきたいのだ!!」
「――……お館様のため、ねえ……」
政宗は含むような物言いで幸村を見下ろし、目を細めた。
「通りで青臭えことばかり抜かしやがるわけだ。テメエは背中が軽ィからな。
――だが俺は違う。いや俺だけじゃねぇ。
武田のオッサンも上杉謙信も一国を背負ってるんだ。
ただ一人の誰かのためじゃねぇ。一国を任されてるってのは、偉ェ重さのもんだ。
それを守るためには勝たなきゃならねぇ。勝てりゃ勝ち方なんて問題ねえ。
この国を守るためにゃあ、目の前の小事に囚われずに先を見据えていかなきゃならねぇんだ」
一国一城の主である責任と重圧。
それは一家臣でしかない幸村には、到底想像もつかない。
けれどすぐ側で、武田信玄という大きな背中を見てきたのだ。
その意味がわからないはずがない。
「――無礼な振る舞いをして申し訳ない」
幸村は居住まいを正すと、頭を下げた。
元より、自分の非を認められる真っ直ぐな人間である。
謝罪する姿は何より潔かった。
「謝るんなら戦場で戦果を上げろ!これから忙しくなるんだ!
同盟が知れ渡れば織田も動く!それからは待ったなしの大戦だ!
俺とお前で先陣切ろうぜ!! 最強だ!!」
「望むところ!!」
まるで子供のように目を輝かせはじめた二人に、残された小十郎・信玄の両名は、
ヤレヤレと小さく息をついた。
も話に収拾がついたところで安堵の息を漏らすが、そこで――ハッ、と現状を思い出す。
今は同盟締結へ向けた会談の最中。
隣室で控えていたのだが、幸村の言動につい頭に血の上り乱入してしまい、
あまつさえ一喝した事実を振り返り、顔を青くした。
「えっと、それでは、その……私はこれで、失礼いたしますね!」
居たたれまれなくなり、慌てて部屋を出て行こうとするが、しかし――
「An?どこ行くつもりだ」
伸びてきた腕にガシリと腕と腰を捕まれ、失敗に終わった。
言わずもがな。その腕の持ち主は、この城の主である伊達政宗だ。
「ですから、その、隣りの室に、控えていようと……」
「出てきちまったんだ。わざわざ戻る必要はねえだろ」
「し、しかし……」
「つーか、最初っから同席させておけばよかったんだよな。
俺らしくもねえ、面倒くせぇことしなければよかったぜ」
「いえ、私はこの会談の場には相応しくありませんので――」
「それを決めるのはこの俺だぜ。You see?」
有無を言わせない様子に、も早々に退室を諦めた。
政宗と接しているうちに、この強引さにも慣れてしまったのだ。
「政宗殿!あ、姉上から離れて下され!!」
「An?指図される謂れはねぇな」
一連のやり取りをしている間も、ずっと政宗がの腰に腕を回した状態であり、
刺激が強かったのか、幸村が顔を真っ赤にして抗議の声を上げた。
しかし政宗はその要望に応える気は全くないらしい。
ニヤリと怪しげに笑うと、のこめかみへと口付けた。
「は、破廉恥でござるー!!!!」
その叫び声に何事かと外で待機していた佐助が駆けつけてきたのは
……仕方ないことだろう。
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