繋ぎゆく この想い 愛しき 君 我
いつまでも 双片強く
第十三夜:揺
同盟が成り、十分な療養を終えたは奥州から甲斐へと戻ってきていた。
普段は幸村が任されている上田城にも共に居るのだが、今回、
幸村率いる武田軍が姉川へと出陣しており、病み上がりのは留守を任された。
そんな折、そろそろ帰陣してくるだろうという知らせを信玄から受け、吉報を待つべく館へと参上した。
――甲斐・躑躅ヶ崎
「――、ただいま参上仕りました」
「おう、待っておったぞ」
朗らかな笑みを浮かべを出迎えたのは言うまでもなく、主君・武田信玄その人である。
「お館様、内々のお話とは?」
幸村帰陣の知らせはあくまでも呼び出す口実であり、本題は別のところにあった。
人払いを済ませてある。
向き合った二人は適度な緊張感を保ちつつ、視線を合わせた。
「うむ、あくまでもまだ考えの段階であって、決定事項ではないことを先に言っておくがな……」
「はい?」
呼び立てされること自体は別段珍しいことではない。
しかしこのように話しを切り出されるのは初めてのことだった。
話の内容に検討もつかないは首を傾げた。
「よ、お主伊達の小伜を見てどう思った?」
「どう、とは?」
――“伊達の小伜”といえば、独眼竜・伊達政宗のことに他ならない。
ついこの間まで顔をつき合わせていた相手の姿が自ずと脳裏に過ぎり、は肩を揺らした。
「国主としてもそうだが、男としてどう見るかと聞いておるのだ」
「あのっ、そ、それは……!」
意図する言葉の意味に気づき、は羞恥に顔を赤らめた。
幸村ほど純朴ではないため、縁談が持ち上がったからと一々動揺することなどないが、相手が相手。
―まさか、お館様に気づかれた……?
は動揺せざるを得なかった。
「独眼竜に嫁いでみる気はあるか?」
直接口にされた言葉にただただ絶句する。
この同盟はあくまで一時的なものだと聞いていたこともあって、
想像もしない展開にの頭がついてこない。
「儂はのう、。この同盟を一時的なものではなく半永久的なものにしてもよいと思っている」
「なぜ、ですか?」
「民のためを考えた結果、それが一番よいと思うたからだ」
「民の、ため……」
青葉城で耳にした政宗の言葉が蘇る。
民は戦を嫌う。
いや、たち武将とて戦が好きなわけではない。
その先の安寧を求め戦っているのだ。戦が避けられるのなら、当然それにこしたことはないのだろう。
信玄は間違いなくそう思っているはずだ。
「よ、驚くでないぞ?何を隠そう、この縁談話を持ってきたのは奥州の小僧の方からぞ」
「ま、政宗公ご自身が、ですか?」
―何を考えているのやら。
は再び混乱することになる。
「しかし私は家臣の身。一国の主とはどう考えても釣り合いが――」
「何、簡単なことよ。儂の養女として嫁げばよかろう」
「なっ!? そんな簡単に」
「元より、小僧と歳の釣り合う娘が儂には居らん。
何よりを名指しで申し込んできたこともあるしのう、問題はない」
本日、二度目の絶句である。
頭を抱えそうになりながら、疲れきった顔で言葉を紡いだ。
「お館様といい、政宗公といい……何を考えておいでです」
「――お主の幸せじゃよ」
そうきっぱりと言い切られ、さらに困ってしまう。
女としての幸せを望んでいないことは、政宗も知っていはず。
なのに縁談を持ってくるとは、これではただ当てつけではないか。
「私、は……」
「はじめにも言った通り、答えは焦らずともよい。当然、断ることもできる。
ゆっくり考えてみてはくれぬか?」
――同盟国相手にそんな無礼が許されるものだろうか。
「わかり、ました」
――しかし嘘を言う人ではない。
は返事だけすると頭を下げてその場を辞した。
――その日の夕刻
「――殿!!」
「なんだ?幸村が帰ったか?」
信玄の元に山県が駆け込んできた。
「いいえ……織田からの使者が……」
「織田からの?」
思わぬ来客の名に眉を寄せた。
――同時刻
「――殿!」
「そんなに慌ててどうなさいましたか?」
「それが織田からの使者が参られたそうで――」
「織田からの?」
の元にも同じ報告が届いていた。
幸村が出陣していることもあり館の兵も少数とはいえそちらへ割かれている。
そこへこれから戦を構えようかとする織田の名だ。
不安になるのもしかたがないといえよう。
「はい、ただ今お館様のところへも知らせが行っているかと思われますが……」
「訪ねてきたのは誰です?」
「明智光秀殿です」
――この情勢で一体何を?
の顔に険しさが滲む。
「……きな臭いですね。女中に話しを通して下さい『茶は私が持って行きます』と」
「殿?」
「明智光秀は、信用ならぬ男です。
お館様に万が一のことがないよう、私が女中に成り済まし様子を伺ってきます」
「わかりました」
手慣れたようすで指示を飛ばすと、用意された部屋へ戻り女中用のものへと着物を着替えた。
城下へ下りるときなどのために持っていたものだが、こんなところで役に立つとは。
は苦笑を浮かべつつ、台所へと走った。
「――失礼いたします」
お茶を持ったが会談の場へと足を踏み入れた。
一瞬、に気づいた信玄が目を見張るが、すぐに何事もなかったかのように視線を明智光秀へと戻す。
――の意図などお見通しなのだろう。
あとで叱責を受けようとも、身を案ずる家臣としての立場は譲れない。
苦言は甘んじて受けるつもりだ。
「このたびは奥州と同盟を結ばれたとのこと。それは私にとっては少々困ったことでして……」
「どうぞ」
膝をつき、お茶を置こうとしたは、不穏な空気に眉をしかめそうになる。
ただ、それでは女中失格だと、努めて笑顔を浮かべ茶を前へと置いた。
その時――
「あっ」
「織田信長は私の獲物……貴方がたに取られては台なしなのですよ」
お茶を差し出した方の手を捕まれ、力強く引き寄せられた。
――何を……!!
やはり信用ならぬ男だとは空いているもう片方の手を胸元へと導く。
「貴方も自分のものを取られるのは嫌でしょう?」
「お館様……」
悟られまいと恐怖で怯える女中を演じつつ、いつでも反撃が可能であることをチラチラと目線で訴える。
「何をしておる!! 離さんか!!」
「ああ、これはすみません」
解放されたは急いで身体を反転させ信玄の前に立った。
「、お前は下がっておれ」
「――いけません、お館様!」
信玄の制止を聞かず懐刀を抜くと、信玄の不意を突いてきた明智光秀の一撃を防ぐ。
「かはっ……!!」
「――なに!?」
「だから邪魔者には消えていただかねばならぬのです」
懐刀では防ぎきれなかった分の攻撃をは左肩に受けた。
その貫通力は半端なものではなく、より体の大きい信玄も左肩に直撃を喰らった。
「ぐっ……」
「おや、反らされてしまいましたか」
「明智光秀っ、貴様ァ!!」
「っ……」
「逃しませんよ」
「お逃げ下さ――っ ぁあぁああ!!」
咄嗟にかわしきれないと判断したは、信玄を押し倒すようにその背に庇うと、
左腕でその斬撃をうけた。
「……お、やか、た、さまっ……お、にげくださ……」
遠のきそうになる意識の中、は必死にその名を呼び続けた。
そして暗転したその直後だった。
「――お館様!! この幸村、見事前田を攻め落としましたぞ!!」
飛び込んで来たのは、前田との戦を終え駆け戻ってきた幸村。
「――おや、どうも……」
素知らぬ顔で振り返ったのは明智光秀ただ一人。
「き……貴様!!」
幸村の目に飛び込んできたのは、折り重なるように倒れ伏している武田信玄と姉・の姿。
血にまみれ赤く染まったその姿から、生死は伺えない。
「ククッ……」
「貴様ァ!! ――許さん!」
微笑を浮かべ、室内から逃亡を計ろうとする明智光秀を幸村が追う。
しかし仕込み刀と付属の鎖を使い、幸村の一撃を止めると、身軽な動作で塀の上へと跳ね上がった。
「邪魔者はすべて排除します。甲斐の虎おいしくいただきましたよ」
――トドメを刺す前に幸村が現れたため、確実に死んだかは定かではない。
しかしあの傷では助かるまい。
例えしぶとく生き延びたとしても、織田と相対することは叶うまいという確信を明智光秀は持っていた。
己の望む形になったことへの嬉しさから、恍惚な笑みを浮かべて幸村を見下ろした。
「それでは――」
「うっ……うおおぉおぉぉ!!!!」
幸村の獣が唸るような哀しい叫び声だけが、夕闇に虚しく響いた。
無力に嘆く姿は悲痛そのもの。
駆け付けた者たちが、声をかけるのも憚られほどに。
必然目を背け、飛び込んでくるのは血の飛び散る室内の惨状。
「……ゆ、きむ、ら……」
そう名前を呼んだのは誰だったか。
聞こえた声が幻でないことを祈り、腹の奥底から叫んだ。
「――っ、誰か医者を!!」
果たして、月の女神は彼らに微笑んでくれるだろうか。
――儚く散ろうとしている花に憐れみを。
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