せつなに ひらく



それは



HANABI





第四夜:魔





―今川軍との戦から数日が経った。



あの日以来、幸村の様子がどこかおかしく、約束していたお団子も食べずに

ただひたすら槍を振っていた。



―何が原因であるのか。



それは、一緒にあの場に駆け付けた信玄と共には把握している。



―しかし、あの時私は何もできなかったのだ。



後悔、というより空虚に近い。それがじわじわと胸の内に広がる。
















―そう、あの他愛もない会話の後のことだ…



武田軍は一時休息をとった。



と、そこで真っ先に幸村が馬を置いて、とある場所へと居なくなる。

それを見ていたは一人苦笑しつつ、木陰でゆっくりとしていたのだが、それから少しして。



何やら信玄が幸村に用があるらしく、彼を探していた。

そこで事情を知っているは、信玄を伴い例の茶屋へと向かったのだ。



―そう…そこで出会った人物が、原因だった。



あの異様なまでに圧倒的な存在感を放つ人物…



「織田信長…」



談笑しつつ茶屋に着くと、当の幸村が見当たらない。



と、店の裏手から物凄い殺気を感じた。

まず信玄が走りだし、少し遅れても後を追う。



情けないことだが、戦からの開放感のせいか、不意打ちの殺気に身体がついていかなかったのだ。



「―馬鹿者!!」



先に着いた信玄が発した第一声がそれだった。



「……っお館様!!」



どうやら幸村を殴り飛ばしたらしい。

地に倒れ込んだ幸村が、珍しく反論の声を上げた。



「うちの家臣が失礼をした」


「〜〜…お館様…っっ」



納得いかない様子の幸村とは裏腹に、信玄が深々と頭を下げ、信長に謝罪した。

それに幸村は更に驚き、目を見開いている。



「見たところお互いに戦帰りの様子。ここで騒ぎを起こさずともよいでしょう。

 何より村人に迷惑がかかりましょうぞ」



―最もな言葉だ。



と、は静かに幸村の近くに寄った。


一応怪我がないかどうかを確かめ、彼の側にいた子供を優しく引き寄せた。



「―ここはどうかお引きにならぬか!」


「引けとな!?」



信玄と信長、両者の睨み合いが続く。



ふと、が視線を外した先…そこには不気味な雰囲気を纏う男がいた。

如何にも怪しげな笑みを浮かべ、事の成り行きを楽しそうに見て居た。



「……明智 光秀」



その人物に対し、の目は自然と鋭くなる。



―この男に関して、あまり良い噂は聞かない…。



目が合うと、更に光秀の口端が持ち上がったように見えた。



「ククク……」


「……っ!」



全身に鳥肌がたった。

これは畏怖ではない。生理的嫌悪感だ。



子供を抱き締める力が自然と強くなるが、その目を決して逸らすことはしない。



『………』


「甲斐の虎…お主と戦りあうのはいくぶん先……今はその時にあらず。楽しみにしておるわ」



踵を返し信長が去る。

そこでようやく睨み合いに決着がつき、光秀が後に続いた。



はその背を睨みつつ、その場が治まったことにホッと息をつく。



「お母ちゃん…」



と、の腕の中にいた子供が、力無くその言葉を紡いだ。


帰らぬ人となったその母の元へ近寄り、泣く子供を静かに見守ることしか、

今のには出来なかった。



―この切り口は、明智光秀のあの武器……致命傷となったのは銃…。



ふと、あの二人の顔を思い出し、目を細めた。



「お館様!!なぜ引かれたのですか!?今のは一方的にあやつらが…」



信玄のとった行動にまだ納得いかなかったのだろう。

今にも掴み掛かりそうな勢いだ。



しかし「この馬鹿者!!」と、信玄はもう一度一喝した。



「今ここで騒ぎを起こせば、村に被害が出る!!よく見極めよ!!」



信玄の言葉に幸村はハッとする。



―そう、一国を背負う者は、その時の感情だけで行動してはならないのだ。

 その下には何千何万という民がいる。



「―……申し訳ありません…しかし…」


「―うむ、とんでもない奴等だな。あんなのに天下を取られたら目も当てられなんぞ」


「………」



信玄の険しい表情に、幸村も何かを考え込むように押し黙った。


その会話を聞いていたも、静かに目を閉じた。

そしてぽつりと…



「守ってあげられなくて、ごめんなさい…ね…」



と言葉が零れた。


泣き続ける子供をはもう一度抱き締め「ごめんね…」と、もう一度呟いた。

信玄と幸村もこちらに来て、切なく痛ましい表情を見せた。



「丁寧に弔ってやれ…」


「はい…」



信玄の言葉にただ頷く。



―それしか出来なかった。



勝ち戦の晴れやかさとは別に、苦いものが残った。

























―そして現在…。



ただ我無沙羅に鍛練する幸村の様に、いっそ痛々しささえ覚える。



しかし、はそんな幸村を止める気にはなれなかった。



「…誰もが一度は通る道、です…」



自分の無力さを実感する瞬間。

『女』であるが、すでに何度も経験したモノ。



―幼かったあの子が…。



自分の手から離れていくのを感じた。



身体こそ大きくなったが、彼の本質は昔からあまり変わっていない。

その幸村が壁にぶつかり、ひと回り大きくなろうとしている。



―喜ぶべきことなのだろう…けれど…。



は自分の存在価値を見出だせなくなってきていた。



戦事において、幸村を支える立場にあるのは佐助だ。

この日常生活においてもそうなってきているが…。



そこにの出番は無い。



そして武田には優秀な武将が多い。

が出なくとも良いことは、常々感じていたが、それでも戦場に立っていたかった。



―それはの内に潜む狂気…。



『人との出会いは人を変える』という。



出会った人が善人であれ悪人であれ、自分という人間が刺激され成長するのだ。



「明智光秀、織田信長…」



今まで幸村の周りにはいなかった表面にまで『狂』の気を纏う人々。



『人』を殺すことになんのためらいも無い彼ら。



「戦において、躊躇することは命取り…」



―けれど、それをすべて失えば…もはや『人』ではない。



「私は『人』でありたい…」



―あの子は気付いているだろうか?



自分が限り無く彼らに近いということに。



そして、私も…



「『人』であることを望むけれど、戦に酔い痴れる阿修羅が住まう者…」



それを認めたくなくて、幸村を理由にして戦場に立つ自分がいたこともまた事実。



「臆病者、卑怯者…」



その言葉が今の自分にピッタリのように思う。



―ツッ…と手に持っていた湯飲みの縁を親指の腹で辿った。



そしてフワリと風に髪が舞い頬を撫でた。



―あの蒼き龍もまた、修羅を宿す者。



自分とは違い、真っ直ぐにそれを受け止めているように感じた。



―だから魅かれるのか。



まるで胸が締め付けられるようだ。



「私らしく、ない、ですね…」



何故こんなにも感傷に浸っているのか。正直、自分でもわからない。







―あぁ、限界…なのかもしれない。









少しづつ、壊れて行く自分を感じた。
















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