ACT9:別れ
―そこには守りたいものが確かに在って、その目的は確かに果たされた。
―しかしそれが、最後の最後に仲間の一人を欠く結果となったことで、
ハッピーエンドではなかった…。
「怖かったよぅ…あいたかったよ……」
柳が泣きながら烈火に抱き付いた。
「もう大丈夫だ、姫…」
宥めるように烈火が頭を撫でるが、柳はさらに目を潤ませた。
「でもっ、助けに来てくれたちゃんが…っ!!」
その言葉に烈火は柳をきつく抱き締めた。
「―ぜってぇ俺が助けに行く!!」
―少し離れたところで目を覚ました風子たちは、その様子を傍観していた。
「烈火、勝ったんだね…!ホントに柳を助けたんだ!」
「へへっなかなかいいシーンだぜ。なぁ、水鏡?」
土門が水鏡に同意を求めようとすると…
「…がいない。」
水鏡がそう呟いた。
『!!』
その事実に風子と土門もようやく気付き、近くにいた影法師に詰め寄った。
「…さんは、紅麗に連れて行かれてしまったの…」
「んなっ!?」
「どうして…!!」
動揺する二人を尻目に、水鏡はその表情を険しくした。
「何故、を…」
―柳の治癒能力のような特別な力があるわけではない。
ただ、常人より瞬発力や体力があって、
人目を引く容姿の持ち主であること以外に、だ。
「私にも、理由はさっぱりわからないわ。
ただ、さんは連れて行かれる際にまったく抵抗しなかった…
ということくらいしか…」
「そんな…!!」
「もしかしたら瓦礫の中に埋まってたりわ…」
と、ほんの一握りの希望を胸に土門が辺りを見回した。
「ほんげぇー!!!?」
土門の叫び声が響き渡った。
「あれ…なぁに?」
みんなの視線がそちらに集まり、烈火がそちらへと歩み寄った。
「ちょい待っててな、姫。約束を守らなきゃ!」
「…?」
「裂神!きたねー腕だけどもらってくれや!
おめーのおかげで姫は無事助けられた。ありがとう!!」
その言葉に烈火と影法師以外の者は皆、目を見開いた。
「私の…ため……。だめぇ――っ!!」
柳が大きな声で叫び、間に割って入った。
「どーして私なんかのためにそこまでしちゃうのーっ!!
右手無くなったらご飯食べる時大変じゃないのォ!!
…っそれにちゃん助けるのには…っ!!」
「っ姫……」
「れっちんさん、お願いです…烈火君を助けて下さい。代わりに私の手をあげます!」
柳は地面に座り込みまた涙を流した。
「みんな…いっぱい怪我して私を助けに来てくれました。…その恩返しがしたいです。」
『!!』
「…私じゃ足手まといで、ちゃんを助けられないんですっ!だから…」
「柳…!!」
それをかき消すように風子・土門も名乗りをあげ、水鏡も閻水を構え出した。
「やめいバカたれ!!おのれらにはカンケー…」
烈火が彼らを止めさせようと怒鳴るが…。
『烈火とかいうたな…』
「!」
『契約は腕一本だったが…今回、それは貸しておこう。
主は面白い…もう少し、主の戦いを見届けたくなった…。
再び主の中をねぐらに楽しませてもらう…』
「……」
『しかし主が負け、朽ちるとき…そのときこそ、腕と言わず全身を喰らってやるわ!
それまでこの右腕、よく磨いておけよ……』
その言葉に、皆が歓喜した。
隅に、無事な願子と立迫先生も見つかり、一同はそこから撤退した。
『救出』という決意を胸に……。
こうして、洋館での戦いは終わりを告げた。
しかし、これはこれから起こるべくすべての戦いの…ほんの序章でしかない。
―洋館から少し離れた森の中…
紅麗をはじめとする6人は、待ち伏せていた小金井と接触した。
「…小金井か。何故ここにいる?」
「紅麗…。それに…雷覇、音遠、磁生、幻獣朗のジイちゃんまで―」
紅麗直属暗殺部隊の者が4人も揃っているのだ。驚かないはずがない。
「―っ姉ちゃん!?」
雷覇に抱えられているに小金井はさらに驚いた。
「紅麗!姉ちゃんを一体どうする気だよ!!」
「お前には関係ない。」
一蹴され、小金井は怯んだがすぐに口を開いて対抗した。
「っ…オレはもう、あんたにはつかない!!」
「何故だ?」
「あんた柳姉ちゃんに手は出さないっていったよね!なのにっ…!!」
その言葉の端々から、紅麗に対する小金井の気持ちが伝わってくる。
「今度は姉ちゃんを連れさらって何をする気だい!?
―オレは紅麗を信じてた!…でも、人殺しの手伝いはイヤなんだ!!」
目には溢れそうなほどの涙が溜まっていた。
「…本当に、あんたを…信じてたよ…」
その声は…とても弱々しかった。
「……所詮子供か…」
紅麗の目は恐ろしく冷たい。
「まぁカオリン♪イケナイ子でちゅねぇ〜。
オ・シ・オ・キしちゃおっかなァ♪」
音遠が手に持っていた笛を構えた。
「!!―よせ音遠まだ子供だ!!思い直せ小金井っ!君を死なせたくない!!」
を磁生に預け、雷覇がそれを止めに入った。
「若い程人生の分岐は多し…これも運命よの。」
幻獣朗がいかにも面白いと笑い、その様子を傍観する。
「…かまわん、放っておけ!
小金井薫、君には期待していたが…腐ったリンゴはもういらん!」
紅麗がそう言うと、6人はその場から消えるように立ち去った。
「…紅麗、バイバイ…」
―今のオレの力じゃ、紅麗を止めることも
姉ちゃんを助けることもできない…。
その森に、少年の姿はすでになかった。
―目を開けると、そこは天幕の付いた大きなベットの上だった。
車の音も聞こえない、妙な静けさに包まれた…とても広い部屋。
「ここは…」
紅麗と戦っていた広間でも、マンションの自室でもない。
「どこ…?」
ゆっくりと起き上がると、腰まである長い黒髪が静かに前へと流れた。
「……」
左腕につけていた魔導具がないことに気付きは周りを見渡した。
と、枕元の小さなテーブルの上。
そこにソレが置いてあった。
一緒に、願子から借りたまま返せなくなってしまった魔導具も置いてある。
「約束…守れなかった、な…」
ポツリとそう呟くと同時に、部屋のドアが勢いよく開かれた。
―誰…?
逆光で誰かはわからないが、シルエットから
その場に3人程立っていることがわかった。
「!目を覚ましたのね!?」
―音遠…?
真っ先に駆け寄ってきたのは彼女だった。
「身体は大丈夫か?」
「…」
―磁生さん、兄さん…。
最後に見た雷覇の表情を思いだし、は言葉が出てこなかった。
「。…記憶、戻ったんだって?」
その言葉には小さく頷いた。
「全部…思い出し、た…。
紅麗様、紅様…そして、あの日あったこと…すべて…」
3人の表情が微かに悲しみを帯びた表情に歪んだ。
「っ私…ごめんなさい。……っ紅麗様に、何て謝ったらいいか…」
瞳から涙がとめどなく溢れてくる。
「本当に…っごめんなさい…」
3人が仕える主人である紅麗。
その彼に敵意ともいうべき魔導具を向けたのだ。
いくら雷覇の妹とはいえ、許されるべきことではない。
すると、急に強い力で引っ張られ目の前が暗くなった。
「…いいのよ。紅麗様は許して下さったわ。」
は音遠に抱き締められていた。
「そんな…私は紅麗様に…」
その言葉を遮るように雷覇が口を開いた。
「、紅麗様がいいと言ったらいいんですよ。
だから、そこまで思い詰めないで下さい。」
雷覇が小さくほほ笑み、磁生が続いた。
「そうだな。二人とも無傷とは言わんが無事だった。
それでよしとしようじゃないか!」
磁生がの頭を撫でて、二カッと笑う。
「紅麗様が『妹』のように可愛いがってたあんたを無下に扱うわけないじゃないか!
ほら、元気出しなさい!」
最後に音遠の喝が入り、はまた目を潤ませた。
「…っ音遠が優しいよぉ…」
「っな!それじゃぁ私がいつも優しくないみたいじゃない。訂正しなさいよ!」
「は昔から泣き虫ですねぇ〜」
「相変わらずこのメンバーが揃うと騒々しいのぉ…」
会話がかみ合っていないのはいつものことで…
― 私はこんな時間が…大好きだった。
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