ACT8:悪夢
水鏡VS小金井の決着がつき、と水鏡は烈火たちのあとを追っていた。
「―怪我は大丈夫?応急処置はしたけど、間に合わせだから完全には…」
が心配そうに尋ねた。
「…大丈夫だ。出血の割には動ける。
それより問題は花菱たちだな。
またどこかで足止めをくらってなければいいが…」
―…天の邪鬼。
それに内心苦笑しつつもはコクリ頷き足を速めた。
「…無理はしないでね?」
「努力はする。」
そしてそんな会話を始めて数分も経たないうちに、両開きの扉の前に辿り着いた。
「ここね…」
扉越しにも伝わって来る。
『強い者』がいる威圧感…。
は左腕を握り締め、深呼吸をする。
「…行くぞ。」
水鏡の声を皮切りに二人は部屋の中へと突入した。
「…っ!!あれは!?」
あまりのすごさに最初の声が出なかった。
一言で言うならば『炎の天使』その綺麗さとは裏腹に、
とてつもない力を秘めた…恐ろしい存在。
それが今見ただけでわかるすべてだ。
「あ………」
心臓がドクンと大きく跳ねた。
「っいやぁ……!」
鼓動が次第に速くなっていき、目の焦点が定まらなくなってくる。
―これは…何?
脳裏に浮かぶのは赤に彩られたとある夕闇の情景。
そこにいるのは…
―兄さん、音遠、磁生さん…。
だけど、その中心にいるのは…?
まだぼんやりとしていて、何故自分がここに居るかさえわからない。
みんなの顔は恐ろしいほど険しくて、
兄さんは黒いスーツの男たちに抑えられている。
―そう、私はあの人が嫌いだ。
中心に近いところにいるあの男。
よくテレビでも見掛ける…『森光蘭』
私のを必死に抱き締めているのは音遠で、まだメイド服を来ている。
―これは…4年以上前のことなの?
ようやく視界がハッキリとしてくると、
中心にいる人物が二人いるのがわかった。
―泣いて…いるの?
一人の男が女の人を抱えていた。
―私は…知っている?
『私の可愛い妹…』
炎に包まれた綺麗な女の人。
『―雷覇の妹ならば、私の妹であるのと同じであろう?』
とても哀しい目をした綺麗な男の人。
『悲しまないで…私があなたの側にいてあげるから…』
“私はあなたたちを知っている”
―そう、これはちょうど4年前。
私が13歳のときの…記憶。
とても悲しくて…私には耐えられなかった。
―本当の姉のように慕っていた者の死。
あまりのショックに、現実を直視することができなかった…遠い日の記憶。
―二人に名前を呼ばれるのが好きだった。
嬉しくて、とても心が温かくなった。
―仲の良い二人を見ているのも好きだった。
そのときは、これが永遠に続くのだと信じて疑わなかった。
『『』』
声が聞こえる。
私の名を呼ぶのは…
「―!!」
その声で、の朦朧としていた意識が一気に覚醒した。
現状を確認すると、炎の天使が弱っているところに水鏡が一撃加え、
烈火がトドメを入れたところだった。
視線を向けた先、正面には仮面を付けた“あの彼”がいる。
「っ…!!」
心臓がまた一度大きく跳ねた。
は込み上げて来る言葉を必死に耐え、歯を食いしばった。
―間違いない…あの方は…、っそしてあの炎も…。
は無性に泣きたくなった。
「何故…もっと早くに」
は今『柳を助ける』という目的があってここにいる。
この場で花菱たちを裏切り、柳を人体実験に差し出すようなことは
絶対にできないし、したくもない。
それでも“彼”に危害を加えることだけは、
無意識的に躊躇してしまう自分がそこにいた。
―私のことはもう覚えていらっしゃらないかもしれない…、それでも…。
不安と期待が入り交じり、の判断を鈍らせる。
は左腕に一度手を置くと、願子から借りた魔導具をそこに近づけた。
―もしものときはこれを使うしかない…。
形成はどう見てもこちらが不利なのだから。
すると、水鏡が多面攻撃の案を出してきた。
“彼”の強さが半端なものではないことをは知っている。
だからこそその案は決して間違いではないし、
第一これは『試合』ではないのだから、汚いもズルイない。
―だけど、今のままでは柳ちゃんを助けることもできない…。
は優先すべきモノがどちらであるか、その順位がつけられない。
―私は…っ!
時間は待ってはくれない。
烈火の合図と共にみんなが散り散りになり攻撃を仕掛けた。
炎の天使・紅は烈火を標的とし、勢いよく羽ばたいて行く。
「やるしかないよ…」
水鏡・土門があっという間に地に伏し、風子が狙われている。
後ろでは烈火が紅の炎に倒れ絶体絶命であった。
「―風子!!」
魔導具を発動させ、距離を一気に縮めた。
「―束縛せよっ!!」
糸を一瞬にして張り巡らせ“彼”紅麗の動きを封じにかかった。
「っ!!」
風子が驚いたように名を呼ぶ。
しかし紅麗にその拘束は意味をなさず、
身体に巻き付いていたはずの糸は急に緩まり、その効力を失った。
―…っ別魅!!
後ろに気配を感じた。
とっさに真横に跳び間合いをとるが、少し距離が足りず脇腹に手刀が掠った。
「!…っはぁ…はぁっ…」
なんとか持ち堪えるも、精神的なダメージも相余って
自身にいつものようなキレはない。
今は仮面で隠されているが、昔に見た、
まだ笑っていた頃の表情がダブって見えてならないのだ。
―二撃目っ…!!
頭ではわかっていても、身体が動かない。
―間に合わない。
そう思った瞬間、は無意識のうちに彼の名前を呟いていた。
「紅麗…様…」
「―!!」
鈍い衝撃が身体を貫く。
そして意識を失う寸前、彼の声を聞いたような気がした。
―『…』
そして…
名前を呼ぶその声は、記憶の中にある声と寸分変わらぬ優しいものだった。
―ふと、兄さんの“あの笑顔”を思い出した。
どうして、どこか悲しそうに笑うのかわからなかった。
でも、今ならその理由がわかる。
―兄さんに謝らないと…。
辛い思いをさせてごめんなさい…全部思い出したから、って…。
―起きないと。
まずは柳ちゃんを助けて、それから…。
力を振り絞って意識を浮上させると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
「…炎の竜…!!!?」
―八頭も…!?これは一体…。
辺りを見回せば、水鏡・土門そして風子も倒れていた。
そしていつの間にか影法師もこの場にいる。
―…っ柳ちゃん!!
割れたガラスの向こうに座り込んでいる人影が見えた。
―無事…だった……?
そのことに安堵の息を漏らしつつ、ゆっくりと重たい身体を持ち上げた。
人の話声がし正面を向くと、そこにはボロボロになった紅麗と烈火がいた。
「く……ぃ…さ…ま…」
声が掠れて言葉にならない。
紅麗は仮面が外れて、その素顔が露になっている。
―あの火傷は…。
間違いなくあのときのもの。
―助け…なきゃ…。
フラフラしながらも立ち上がると、左腕の魔導具を発動させようとした。
「『紅麗様』」
複数の者の声が重なりあい彼の名を呼んだ。
―この声は…
「お迎えに、参りました…」
間違いなく、兄・雷覇の声であった。
―兄…さん…。
後ろには音遠や磁生、そして彼らと同じ部隊の幻獣朗までもがこの場に来ていた。
「迎え?必要ない!!帰れ雷覇!殺されたいか!?」
「なりませぬ。お父上……森光蘭様よりのご命令です。」
紅麗の怒気も凄まじかったが、それに冷静に対応する雷覇の力量もそこから伺えた。
「命拾いしたな烈火…今回はここで引いてやる!
だが、邪魔が入らなかったならば!貴様は死んでいたことを忘れるな!!」
そう言い切った紅麗の視線がに移る。
「雷覇…」
烈火には聞こえぬ程度にその名を呼ぶと、雷覇もその意を察して瞬時に動いた。
雷覇がの元に現れ、は小さく驚きの表情を浮かべたが、
すぐに俯き小さく呟いた。
「…ごめんなさい。」
それに雷覇は悲しそうな笑みを浮かべ、
手刀を落として気絶させると両腕で抱えあげた。
「っ…!?」
烈火が声をあげるが、身体はすでに限界に近くその場から動くことができない。
「また会おう烈火!!
その時こそ貴様の肉は塵と化す!!その日まで…、
治癒の少女は返しておいてやろう…。それが今日の貴様への褒美だ。
―そして…、この女は貴様らへの代償だ。
助けにきても貴様らの死期が早まるだけだ。
早々に忘れることだな・・・・・・」
「っ!!くそぉ…!!」
を含めた6人の姿は跡形もなく消え去り、その場には烈火の声だけが響き渡った。
―柳は助かった。
しかしがさらわれた。
―彼らに残る真実はそれのみ…。
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