ACT7:影
「紅麗様やはり侵入者が2名程増えています。
各自の顔写真が転送されてきます。」
洋館の一室。
そこに『紅麗』と呼ばれた仮面の男が、興味深げに5人の写真を眺めていた。
「ふん…、やはりただの子供にしか見えない…」
一枚一枚確認するように眺めていたが、ふと3枚めの写真で手を止めた。
「…これは」
しばらく何かを考えるように顎に指をあてていたが、ゆっくりと口を開き言った。
「この者は殺さずに生かしておけ。」と。
他の写真から除外してテーブルの端に置き、再度別の写真へと視線を戻した。
が、その行動にその場にいた研究員たちは驚きを隠せなかった。
しかし、先程よりもさらに強い反応を彼は最後の写真を見た瞬間に見せた。
「これはっ…!?女!!こいつは…こいつの名は!?
この男の名はなんです!?」
その振り返った先には、さらわれ拘束された佐古下柳がいた。
「…?…烈火君…」
その名を聞いてからの何拍かの間は、まるで時が止まったかのようだった。
そして、それを切り裂くように彼は狂ったように笑いはじめた。
「なんという日なのだ今日は!!
『二度と会えぬと思っていた男』にまた出会えたぞ!!!!
くっははははははぁ!!」
その目には狂気が浮かんでいた。
水鏡と少年が武器を構えているのを眺めながら、
はふとあることに気がついた。
「あ…!」
緊張感漂う空気の中にの声が響く。
「…」
水鏡の咎めるような声には肩をピクリと反応させた。
「…えぇっと、戦っている最中にごめんなさい。少年、あなたのお名前は?」
『…は?』
その思いがけない言葉に、部屋の中央で対峙していた二人は目を点にした。
「私は。彼は水鏡凍季矢って言うの。」
「…オレ?俺は小金井薫!」
「薫君ね。よろしく」
ほのぼのとした空気が流れはじめ、水鏡はガクリと肩を落とした。
「…っ、君に緊張感という言葉はないのか?」
「…ご、ごめんなさい!どうしても気になってね?」
あはは…と誤魔化し気味に笑うの顔は少々赤かった。
このようにマイペースなところは兄である『あの人』にそっくりなのだが、
本人にそんな自覚は全くない。
「…あれ?もしかして兄ちゃんって姉ちゃんのナイト様?」
「か、薫君!?」
は更に顔を紅くし、頬を手で押さえた。
水鏡はそれにさして気にした様子もなくフッと笑い…
「そう、見えるか?」
と挑発するように言った。
「とっ凍季矢!?」
慌てるを尻目に水鏡は小金井を真っ直ぐに見据る。
「うん〜…そんな気がしたんだけど、まいっか!
兄ちゃんが強そうなことには変わりないし、さっさとはじめよっか!!」
その言葉と同時に二人は動いた。
息をもつかせぬ高速の切り合いに、はただ黙って見つめていた。
土門辺りがいたならば『は…速過ぎて全然見えねぇ』とか、
何かしらリアクションをとるのだろうが、生憎には見えていた。
切り込もうとする一撃すべてが正確に急所を狙っている。
速さ・力とも今のところはほぼ互角、様子見…といったところだろう。
二人が一時距離をとると、小金井が楽しそうに言った。
「ふいーっ、やっぱ兄ちゃん強いねっ♪
その武器なぁに?水みたく見えるけど。」
「『閻水』という。水を刃にできる剣だ。
しかも今はプール分の水をかためてある。決して折れない。」
その言葉には中庭での光景を思い出した。
―あの量の水を剣に凝縮した…ということよね。
「そっか。じゃぁエンリョなくこっちも本当の力を見せちゃお。
―5つの顔を持つ魔導具『鋼金暗器』」
奇妙な形状をしていた薙刀のような武器の一部がカチリと外れた。
「―――!?」
そしてそれを引っ張ると鎖が出てきて
『鎖鎌』があっという間に出来上がってしまった。
「ジャジャーン変身!!鋼金暗器・弐之型『龍』!!鎖鎌!!!言っとくけど、
変身させる奴に会ったの久しぶりだよっ。
それだけ兄ちゃんが実力者って事。自慢していいよ♪そんじゃ行くよ!!」
鋭い鎌が水鏡を襲う。
「くっ!」
避けたはずの鎌が水鏡の背中に突き刺さった。
「っ…!」
は一瞬、微かに目を細めたが、
手を一度強く握りしめるとしっかりと前を見た。
しかし、薙刀型とは違う変則的な動きに水鏡も戸惑っているようだ。
浅い裂傷が全身に刻まれていく。
と、鎖を手で絡めてその動きを封じた。
「あら?」
「お前も自慢していいぞ、小僧!
僕にここまで血を流させたのは君で二人目だ。」
―一人目はもちろん『花菱君』…だよね。
確かに出血が目立つのはも少々気になっていた。
しかし、この状況での小金井の余裕の表情も気に掛かった。
「すっげープロレスみたい!でもね…」
その感は正しかったようだった。
「参の型『極』!!大鋏!!」
一気に間合いを詰めたはいいが、型の変形により攻撃があっさりと弾かれた。
閻水が床へと落とされ、水鏡は焦りの表情を浮かべる。
―『5つの顔を持つ』か。
力がない分、その武器をまるで手足のように使いこなしている。
―ただの子供ではないのは何となくわかってはいたけど…。
まさかここまでやるとは思ってもみなかった。
「何してんのっ!早く剣を拾って!!待っててあげるね!」
その無邪気さには、水鏡もも脱力する。
「鋼金暗器の真の姿は五之型なんだよ。最後まで見れるかな〜?」
「…見せてもらおうか。」
楽しそうに話す小金井を尻目に、水鏡の目付きが切り替わった。
先手を仕掛けまた一気に間合いを詰める。
が、ギリギリのところで躱されてしまった。
剣技は互角…となれば、怪我を負っている水鏡の方が圧倒的に不利である。
―凍季矢…。
の表情も段々と険しいものとなってくる。
小金井もそろそろ…と思ったのか武器を構え直し一瞬のうちに変形させた。
「楽しかったよ兄ちゃん!でもそろそろキメる!!四之型『三日月』!!」
ブーメラン型のそれは水鏡の頬を掠った。
「ちぃ…っ!」
そちらに気をとられている隙に小金井はその場から姿を消した。
―…逃げたわけじゃない、となると。
は目を瞑り意識を集中させる。
―…上、かな。
隠れる場所などほとんどないこの部屋の盲点といえば一つ。
―…凍季矢はどうする?
先程のような焦りは見えない。
逆にとても冷静に今の状況を把握しているように見えた。
と、閻水から水蒸気が発生し、辺りを霧で覆い隠していく。
そうはさせないと、上から矢が一本水鏡の心臓辺りに突き刺さった。
「―っ…!!」
しかし水鏡と思われたソレは一瞬にして水へと変わり、
天井を見上げればすでに閻水を構えた水鏡がいた。
「ビンゴだ。」
「わあああああぁ!!」
照明器具を切り離し小金井が床に落ちた。
体勢を立て直す暇もなく、水鏡が剣を突き付け口を開いた。
「勝負あったな。水蒸気は己を隠すためにあらず。
閻水の水の一部で作ったダミー人形と入れ替わるのを隠すためだ。」
―すごいな…。
知能戦で彼の右に出る者は少ないだろう。
―だからこそ、それと逆に位置する花菱君は勝てた。
とも言えるのだけど…。
「やっぱり『運』かな?」
ポツリと呟かれたそれに気付いた者はいない。
「君には剣を拾わさせてもらったカリがあったな。
命だけは助ける。武器を置いて去れ!」
意外な一言には目を瞬かせた。
前までの彼なら確実にトドメをさしていただろうに、見逃すとは驚いた。
―これも花菱君からの影響かな?はなぜだか嬉しくなり小さく笑った。
「う…うぅ…うわああああぁん!!」
小金井が泣き始め、水鏡がなんとも言えない表情になった。
「オカマ―!男女―っ!!バッカやろおぉ―!!!」
―か、薫君…。
普通は女男になるだろうところが明らかに間違っている。
それはそれで嫌味だが、泣きながら叫ばれるとツッコム気力も失せてしまう。
―やっぱりまだ子供なのね…。
水鏡が何かを呟いたが、はそれに気付かなかった。
『…あ!』
鋼金暗器がスルスルとピアノ線で手繰り寄せられ、再び小金井の手元に戻った。
「オレ負けてないモーン!へーんだっバイビー☆また今度やろーねーっ!!
姉ちゃんもまたね―っ♪」
『……』
―あなどれない。
二人がこの時同じことを思ったのは言うまでもない。
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