ACT10:始動
とある日のこと。
は屋敷のとある一室へと来ていた。
雷覇に大切な話があると呼び出されたのが事の発端であったが、
そこには音遠や磁生も一緒にいた。
いつもならば笑顔で『みんなでお茶でもしながらのんびりしましょう』とか、
直接理由を言って誘うのだが、今日はその理由を言ってはくれなかった。
…こういうときは大抵、彼にとってあまり“良いことではない”ことを
に告げるときなのだ。
「…、話して置きたいことがあります。」
静かな部屋に雷覇の声が透る。
「近いうちに『裏舞踏殺陣』が行われることになりました。」
その言葉には身体を一瞬強張らせた。
「…紅麗様は“彼ら”を招待…いえ、強制参加させるつもりだそうです。
そして、その景品には治癒の少女と魔導具を…。」
―柳、ちゃん…。
の脳裏には、最後に洋館で見た彼女の姿が浮かんだ。
「当然、私たちも参加はしますが、今回は『麗』を何チームかに分けて
出場させるそうです。
音遠、磁生、私の3人は皆別々のチームで戦います。
…はどうしますか?」
その問いにの瞳は一瞬揺れた。
「…参加しない、という答えも存在します。」
これは彼の優しさだ。
兄としての、たった一人の妹にだけに見せる優しさ…。
自分が被害者でいられる、一番安全で…卑怯な位置。
「…兄さん私は…、参加するよ。」
―逃げ道を自ら断たなければいけない…。
「私は…あの後、自分の意志でここに残ったの。
その時点で、私はもう紅麗様に忠誠を誓う『麗』の一員だよ。
…今はまだ予備軍だけど、『麗』の兵士たちに
実力で劣っているとは思ってない。」
―この言葉に偽りはないから。
「…」
今まで口を閉ざしていた磁生と音遠がこちらを向いた。
「本当にいいのか?『麗』に入れば、
もう前のような生活は送れないんだぞ?」
磁生が真っ直ぐにの眼を見た。
「…覚悟はできています。
元々学校に通わせてもらえたこと自体、奇跡だったんだもの。」
その眼に迷いはない。
―心残りなのは、ちゃんと卒業出来ないことだけ。
「でも…!」
音遠が止めようと抗議の声をあげるが、それは雷覇によって遮られた。
「―わかりました。紅麗様にはそのように伝えておきます。」
「雷覇!!」
「音遠、はあのときの貴女と同じ覚悟です。止めることは出来ません。」
それには音遠も言葉に詰まった。
そしてゆっくりと大きく溜め息をつき額に手を当てると、を見据えた。
「わかったわ…。これ以上何も言わない。
…だけど、一つだけ約束して。『無理』はしないって。」
その目は真剣だ。
磁生と雷覇もそこは譲れないらしく、無言の威圧感がに突き刺さる。
「…わかった。」
「ならいいわ…。チームはどうする?
紅麗様のチームはもちろん全員十神衆で組んでいるけど、
私たちは3人とも別チームよ。
十神衆の一人が大将となり、あとは麗の兵隊で人数調整という形をとるの。
だから、の分の空きはあるわ。」
音遠の説明に、は一つ頷いた。
「…じゃぁ、兄さんのところに入れて。」
「雷覇…か。」
「どうして?」
磁生と音遠が意外そうに聞いた。
「磁生さんや音遠には二人を慕ってくれる心強い部下がいるから
心配ないけど、兄さんは十中八九一人だと、思ったから…。」
そのこたえに雷覇はテレくさそう頭をかいた。
「…はなんでもお見通しですか。」
「やっぱり…。」
は大きく肩を落とした。
「兄さんが強いのは知っているけど、一人はさすがに心配だよ。」
の言葉に3人は破顔した。
「それは言えてるがの…」
「仮にも十神衆だからねぇ〜…」
「私にそんなこというのはくらいですよ。」
3人は顔を見合わせ、声をあげて笑った。
「でも、を雷覇にとられるのは正直悔しい。」
「そうだな。、今からでも遅くないぞ?」
「二人ともダメですよ!?」
思い思いの言葉を発する彼らには、も苦笑するしかない。
「裏舞踏殺陣までの間特訓よろしくね。」
「「「もちろん!」」」
―今はまだ、何も考えなくていい。
例え彼らと戦うことになろうとも、
この決意を揺るがすわけにはいかないのだから。
―そして、裏舞踏殺陣が幕を開けた。
会場に入ると、熱気と歓声がそこを支配している。
大半がゴツイ男たちでむさ苦しいことこの上ないのだが、
絡まれてはいけないと無駄な心配をした雷覇は、常にを側に置いていた。
現在のの格好は、全身を大きな布で覆い、
顔に狐の面をつけ正体を隠していた。
布の首元辺りに『雷』の文字が入っている、『麗』所属メンバー特有の格好だ。
狐の面はただ単に音遠がに押しつけただけなのだが…。
十神衆が一人、幻獣朗率いる麗(幻)は彼以外全員が正体を隠しているし、
同じく麗(紅)の十神衆の一人・戒も同様である。
メンバー登録は雷覇の機転により『時』という偽名で出してあるので、
烈火たちに気付かれることはまずないだろう。
偶然にも対戦ブロックも離れたため、もし戦うとしたら決勝戦以外にありえない。
―…本当ならば正体を明かすべきなのだろう。
だがしかし、音遠たちがそれを許さなかった。
『私たちの目的は火影を潰すことよ。
別ブロックのあなたはおとなしくしてなさいね?』
『仕方がない。紅麗様からの命令だ。』
『もしも、ということがあるかもしれません。
単独行動も控えて下さいね?』
―私は……このまま偽り続けるのかな。
彼らを騙して、そして…『裏切り者』として現れるまで。
―第一回戦
Aブロックでは早速花菱率いる『火影』と格闘集団『空』の試合が始まっていた。
が出場するCブロック。麗(雷)の試合までには時間があったため、
は音遠とその様子を眺めていた。
○水鏡 VS 大黒×
△土門 VS 南尾△
○風子 VS 藤丸×
3試合が終わり次は副将戦。
これで勝てば火影の二回戦進出は決まる。
「メンバーは4人か…。」
―最大は5人まで。
本当ならばが入っていてもおかしくはないその欠員。
これまでの3試合を振り返ると、その試合内容も決して圧勝ではない。
―2勝1引き分け。
一番余裕のあった水鏡でさえ足に怪我をしている。
その危うい試合運びに、は微かに目を細めた。
「―心配?」
音遠がじっとこちらを見て言った。
「……少し。あれからどのくらい強くなったのかな?って。」
「…………」
「音遠たちに瞬殺されるようじゃ、楽しくないじゃない?
……少なくとも、花菱君くらいは。」
その声色から感情は伺えなかった。
「そうね。簡単に死なれちゃ、楽しく無いわね。」
と、そこへ姉妹兵士の亜希と魅希。
それに幻獣朗とその彼が率いる麗(幻)の面々が現れた。
「久しぶりじゃな。館で顔を合わせて以来じゃの。」
小柄な老人、幻獣朗が声を掛けてきた。
「……幻獣朗さん、今は『時』でお願いします。」
「そうじゃったの、すまんすまん。」
丁度烈火VS最澄の試合が始まったが、
は視線をリングから一旦外した。
「お次、試合でしたよね?」
「うむ、余裕だと思うがの。」
「では火影の敵情視察ですか?」
「まぁ、そんなところじゃな……」
Aブロック。もし火影が勝ち抜ければ、紅麗直属の『麗』の中でも
真っ先に麗(幻)が当たることとなる。
がふとリングに視線を戻せば、
意外なモノがこちらに向かって飛んできた。
「……あ。」
烈火がこちらの頭上に向けて炎の玉を投げたのだ。
「――音遠」
上から大なり小なり様々な瓦礫が降ってくるが、音遠が結界でそれを防ぐ。
被害に遭った者たちが口々に文句を言うものの、それを音遠と幻獣朗が一蹴した。
「お前らがうるさいからよ!!」
「ホッホッホッ弱い奴ほどよう吠えるわい。」
「なに!?」
「あまり刺激すると次は直に投げられるよ。イヤなら黙ってなちゃい♪」
音遠が馬鹿にしたように笑って、彼らを煽る。
「なんだとォ!この女ーっ!!」
「よせ!結界で岩をさけてる!あんなことただ者じゃできねぇ!」
―当たり前。
そうでなければ十神衆など勤まるわけが無い、とが小さく溜め息をつき、
リングから背を向けた。
「『時』?」
「飽きたから帰るね。次、Cブロックで試合だし……」
そう言うとはそこからあっという間にいなくなった。
そして……
―火影がくる。
は心の中でそれを確信していた。
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