ACT11:優しさ





―Cブロック



は兄・雷覇と共にリングの脇に立っていた。


相手チームは5人。


こちらが2人しかいないために、楽勝だと侮っているらしい。


ニヤニヤとした顔がとても気持ち悪かった。



「……



そんな心情のを察してか、雷覇が二人にしか聞こえない程度の声で話しかけてきた。



「随分とご機嫌斜めのようですね。」



ニコニコと笑顔を浮かべたいつも通りの表情。



「……あの人たちの顔が気持悪い。私がもっとボコボコに変形させても問題ないよね?」



その声色は、決してその言葉が冗談ではないことを表していた。

面の下にはきっと、あの絶対零度の冷笑が浮かんでいるに違いない。

雷覇が困った顔をしつつ、気まずそうに口を開いた。



「えーっと…ですね、それは多分、いえ絶対無理ですよ?

 その前に私が全員倒しちゃいますから。」



その言葉には疑問符を浮かべた。



「兄さんこそ、何を言ってるの…?兄さんは大将でしょう?」



言いながら、ふと電光掲示板を見上げれば……



「なっ……!?な、何で先鋒が…!!」



勢いよく雷覇を振り返れば、彼は満面の笑みを浮かべている。



「私が先に倒してしまえば、は戦わなくて済むでしょう?

 無駄な怪我もしないで済みますし。


 お兄ちゃんは、可愛い妹に怪我なんてさせたくないんですよー?

 だからこれで問題は解決ですねっ!」



「っいいわけないでしょう!兄さんは大将!!」



「あ、呼ばれてますね。では行ってきます。」



の抗議の声も空しく、雷覇はそのマイペースぶりであっさりとかわすと、

嬉々としてリングへと上がって行ってしまった。



―私のこの腹立たしさは一体どこで発散すればいいの……



次々と敵を倒していく雷覇に恨み事を言いつつ、はひたすらリングを睨み続けていた。























「勝者・雷覇!!」



審判の声が響き渡り、は小さく肩を落とした。

結局、雷覇があっさりと五人抜きをしてしまい、の出番はなかったのだ。



「雷覇の五人抜きにより麗(雷)一回戦進出です!」



満面の笑みで戻って来る雷覇に、は不機嫌を隠すことなく文句を言った。



「兄さんばっかりずるいっ…!」



その表情こそ狐の面でわからないが、身に纏うオーラと声色がそう言っている。



「そんなに怒らないで下さいよー!私が手合わせしてあげますから、ね?」



その言う雷覇の姿は何故か、子犬のように可愛らしかった。



本当、憎たらしいぐらいに…。



「……わかった。」



は渋々了承すると、もう用はないとばかりに、早々とリングから背を向けた。

雷覇も笑顔でそれに続き、二人はその場から去った。

























―そして次の日



注目のカードは、Aブロックの『火影VS麗(幻)』

幸いにも、また試合が被らなかったため、はAブロックの会場に来ていた。



「…工事中?」



リングを見れば、新しいモノと取り換えの最中だったようだ。

改めて昨日の試合を振り返ってみると、確かにリングは破壊され放題…だったかもしれない。



―時間が余っちゃったなぁ…。と、少々肩を落とすと、ゆっくり踵を返した。



すると丁度そのとき…



「あら、偶然ね。」


「…音遠?」



の反応は一瞬遅れたものの、呼んだ相手が誰であるかはすぐに分かった。



「……一人なの?」



少々訝しげに尋ねた音遠に、はコクリと頷いた。



「あ、うん。

 入口まで兄さんと一緒だったんだけど、城に用事があるみたいですぐそこで別れたの。」



「雷霸の奴……」



深く溜息をつく音遠に、も苦笑するしかない。



「そういう音遠こそ一人なの?」


「えぇ、二人はちょっとおつかいに行かせてるわ。」


「『おつかい』?」


「まぁ、おつかいという名の自由時間よ。」



そう言ってお互い顔を見合わせ―フフッと、悪戯が成功した子のように笑うと、

ゆっくりとリングへ視線を向けた。



「―昨日の麗(幻)戦、幻獣朗のところの先鋒が人を丸々5人とも完食たんだって?」



が昨日聞いたことを淡々と聞いた。



「あぁ、見てるこっちは不快だったよ。

 幻獣朗の奴、この大会に向けてまた造ってたみたいだね。」



「……また合成獣?」



「まぁどちらにしても、この試合の結果で私たち麗(音)の次の対戦相手が決まる。

 どっちがきても負ける気はしないけど…」



その視線の先は、いつの間にか来ていた火影のメンバーがいた。



「え?ちょっ…音遠!?」



迷わずそちらに歩み寄って行く音遠に、一人焦った。



「―めんどくせえなあ!いいじやんかよーー!」


「原因のほとんどがあなた方という事をお忘れなく。」



審判の女性と言い争っている烈火の姿。

そこに音遠が躊躇なく口を挟んだ。



「あせるんじゃないよ!」



―本当に…もう…。



は後ろで小さく溜息をついた。



「あの石のリングが君達の墓石になるんだ。キレイな方がいいだろう?」


「なによあんた!!」



音遠のその言葉に風子が食ってかかるが、烈火がそれを制した。



「おまえ…紅麗の館にいた女だな?」



それにはっとしたように、周りにいた火影のメンバーは音遠に鋭い視線を向けた。



「紅麗暗殺部隊『麗』十神衆の一人、音遠よ。ヨロシク」


「っ!テメェを何処へやった!?」



「―?」



音遠が『』の名前に目を細めた。


そしてちらりと、後ろにいる“”を見て、微かに笑った。



「今日、君達は幻獣朗のチームによってみな殺しになる。そんな人達に教える必要があって?」


「なんだと!?」


「テメェっ…!!」



そんな火影のメンバーの様子に、も仮面の下で微かに口端を持ち上げた。



―真実を知っても、君たちはその言葉を言えるのか。と。



―……まだ2回戦目。こんなところで動揺されて負けられては困る。

 そう…まだ、早い。



そして、つい出た言葉が……



「―『今の君達には知る資格がない』」


「「「なっ……!?」」」



先ほどまで一言も喋らなかった人物からの言葉。


それに火影のメンバーは目を見開いた。



はつとめて、ずっと気配を絶っていた。



そのため、こんなにも近くにいたのに、誰もその存在に注目することはなかったのだ。


はそれだけ言うと、もう用はないと、あっという間に踵を返した。



―そんな彼女は、烈火たちにどう映っただろうか。



麗特有のマントに、顔を覆う狐面。

肩口には『雷』の文字。間違いない紅麗の配下の証を持つモノ。



「…アイツ、一体何が……」


「……死ぬ前にあいさつしとこうと思っただけさ。さようなら…」



そして音遠もついで背を向けた。


その場に残された火影のメンバーは皆、小さく拳を震わせ、強く、ただ強く握り締めていた。



―改めて、絶対に負けられないのだ、という思いを胸に抱いて。



「……はぁ」



会場を後にしたは小さく溜息をついていた。



―何故、あんなことを言ってしまったのだろう。



「ちょっと自己嫌悪…」



―まさか挑発するような言葉を自ら言うなど……。



「『時』!一人で行動するんじゃないってあれほど言ったでしょう。」



後から追いかけて来た音遠がの手を掴んだ。



「あ、ごめ…ん…」



しゅんとするに、音遠が眉尻を下げた。



「…それは私もだよ。あんたのこと考えずに、火影のとこに行ったからね…悪かったよ。」



そう言いながらの頭を撫でた。



「…ううん、大丈夫だよ。いきなりそっちに歩いていくから驚きはしたけど。」


「……そう。この後の試合はもちろん、見ていくんでしょう?」


「うん…、十神衆と火影がぶつかる初めての試合だから―」



―見届けなければいけない。



勝つにせよ、負けるにせよ。



少なくともこの裏舞踏殺陣に、彼らが出場するきっかけを作ってしまった責任が

自分にもあるのだから。



―たとえこの試合を乗り越えても、それはまだスタート地点。



紅麗と戦う権利を得るには、まだまだ力不足には変わりない。それでも…




「―何か、起こるきがする」




はそう、小さく呟いた。















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