ACT70:心の戒め
烈火と螺閃の二人を見守るように、息をのみこんで沈黙を貫く一同。
誰もが介入することは許されない空気の中。
そこへ遅れ馳せて思わぬ人物が現れた。
「おっす!! やってるねー!?」
火影一行は、幻かと己の耳と目を疑ってしまうほど驚いた。
なぜならそこに立つ人物は――……
「ふ……風子ちゃん!!」
「風子っ!!」
「ちゃース♪」
目の前で陽気な笑顔を浮かべ、手を振るのは間違いなく風子だった。
一時は絶望的とも言える状況からの帰還。
螺閃と対峙中の烈火を除く火影の面々は、無事合流できた喜びを露に一気に沸き立つ。
――信じてはいても確信はなかった。
実際にその目で確かめてみないことには拭えない。
必然、不安は残るものだ。
恒例のお祭り騒ぎも仕方がないだろう。
「風子!!」
「風子ちゅわぁあぁん!!」
「元気だったか、どもーん!!!」
飛びつかんばかりに駆け寄る虚空と土門を力いっぱい殴り飛ばし、
風子はその元気っぷりを見せ付けた。
些か元気過ぎる気もするが、風子の無事な姿に柳はもちろん、
もホッと安堵の息を漏らした。
「なーんか、みんな久しぶりだねっ!ちゃんと全員生きててよいこっちゃ!!」
「おかえり、風子様!!」
誰よりも風子を信じてはいたものの、一番心配していたのは間違いなく土門だ。
嬉しさを全面に押し出した迎えの挨拶は、なんとも微笑ましい光景だった。
そんなやり取りの場から僅かに視線をずらした先――
ひっそりと佇むその姿をが見間違えることはない。
――……兄さん。
行方知れずとなっていた兄・雷覇の姿をそこに見つけた。
――いつ以来だろうか。
裏武闘殺陣終わってそれほど経っていないはずなのに、
とても長い間会っていなかったような気がした。
仕事柄、今まで一月以上会えないことなどいくらでもあったというのに。
は今にも駆け寄りたい衝動をグッと我慢した。
烈火の戦いに水を差すような真似は憚られた。
しかし何より、あんなに会いたいと思っていた雷覇の姿を前にして、
何と言えば良いのか言葉が出てこなかった。
幼なじみが言っていた通り、突然行方をくらまし心配させた分として、
一発殴るのは良いとしても。
置いて行かれたことが、の中ではずっと引っ掛かっていた。
――足手まといだと言われているようで、寂しかった。
――暗黙の内に拒絶されているようで、怖かった。
いくら反抗的な態度で接しても笑って受け止めてくれる雷覇が、
今回ばかりは微笑んではくれないのではないかと―― 不安で仕方がなかった。
臆病が過ぎると、頭ではわかっていても動くことができなかった。
たった一人の家族を目の前にして、歯痒いさを感じながら時間だけが坦々と過ぎていく。
――今は、自分のことにかまけているヒマはない。
が鬱々とした気持ちを抱えている間にも、烈火と螺閃の戦いは続いているのだ。
振り切るようには視線を雷覇から逸らした。
そんなの様子に気づいて、雷覇が微笑みを浮かべていたとも知らず……。
母・陽炎への思いも合い余り、烈火の気迫からは、
言い知れぬ怒りや悲しみが周囲にも伝わってきた。
「烈火くん、螺閃さんを……自分と照らし合わせているのかな」
「そうかもね。あいつは柳を守るって以外に、陽炎の呪いを解くって目的がある。
自分の知らないところで苦しんでいた母親を楽にしてやりたいって思ってる――
だから納得できない。
自分の母親を消してしまった魔導具を未だ手にして――戦っている螺閃の事が……」
柳の問いに幼なじみである風子が沈痛な表情で答えた。
母親に対して特別な思い入れがある烈火。
だからこそ、螺閃の間違いを正してやりたいのだろう。
全く違う立場、境遇であっても、母親から教えられた愛情に違いはないはずだと。
烈火は今、それを必死に伝えようとしている。
「オレは守りてえって気持ちで戦える!
あの紅麗だって……死んだ母ちゃんが愛した火影を誇ってる!
守れなかった人達に詫びながら……それでもふんばって戦ってる!!」
裏武闘殺陣の決勝戦。
それまで塵ほども理解できなかった紅麗のことをその時、
烈火ははじめて近く感じていたのだ。
同情に値する道を経て、それでも立っている紅麗の強さ。
音遠が、雷覇が、磁生が、が、尊敬する姿であり、傍に控える理由の一端でもあるだろう。
「……うまく言えねえけどよ。
お前には、その魔導具を持って戦ってほしくねえ!!
おめえの母ちゃんもきっとそう言う。母ちゃんの気持ち、大事にしやがれ」
それが烈火の答え。
先程までの怒気を霧散させ、螺閃へと視線を注いでいた。
――どうして……こんなにも、真っ直ぐなのだろう。
――紅麗様の時も、そうだった。
は、柳に感じた眩しさを同じように烈火にも感じていた。
「『……君と紅麗が何度も立ち上がった訳、わかったような気がするよ』」
殴り飛ばされた後の、尻餅をついた状態のまま、烈火を見上げた螺旋。
その彼からも闘気はすっかり失せてしまっていた。
「『背負っているんだ』」
今まで坦々と紡いでいた螺閃の言葉に変化を感じた。
烈火の力強い瞳を眩しそうに見上げ、さらに続ける。
「『僕にはたった一つの探し物があると言ったよね。自分の消える時を探しているんだ』」
“自分の消える時”
つまり、光界玉の代価に自分すべてを差し出す瞬間だ。
衝撃の発言に数名が息をのんだ。
「『母さんを戦いの中で消してしまった罪……己自身を消す事を罰と定めた。
ただし中途半端な消え方じゃない。意味ある消滅を求めた』」
複雑な表情を隠すようにソッと瞼を伏せたは、左腕の魔導具を握り締めた。
――どう償えばよいのかわからない。許されたい。でも許してくれる人はもういない。
だから――自分で戒めるしかなかった。
それが螺閃の決めた償いであり、自分への断罪。
「『他に望みはない……消え場を探す歩く死体さ。
僕は背負ったものを捨てようとしているんだ』」
自暴自棄いう一言で済ませるには、壮絶な道。
――この先もずっと背負い続けるには重た過ぎたのだ。
死のみを望みとする螺閃を抑し止める言葉も見つからない。
言葉を掛けられずにいる烈火を気にすることなく、螺閃は告げた。
「『これでは、勝てるはずもないか……僕の負けだ』」
その一言が、どこか切なく響いた。
――救いたいと思った。
――救って欲しいと言葉にしたことはなかった。
――けれど、その救いが必ずしも救われた相手にとって幸せであるのか。
――それは救われた本人にしかわからない。
――救った者と救われた者。
その先に待つ結末は……未だ綴られてはいない。
――救われた者は、救ってくれた者と自分のために、
一つの覚悟を決めた。
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