ACT71:近づく距離とその先
『――そなたは何を求める?』
それは女性にしてはやや低めの、落ち着いた声だった。
脳に直接響いてくるソレは、記憶の霞がかった暗闇の部分に悠然と存在し、
繰り返し問い掛けてくる。
「……あなたは誰?」
はその声に聞き覚えがなく、無意識のうちに問い返す。
『我か?我のことなどどうでもよいことだ。
だが、そうだな…… 一方的に知っているのでは不公平だな』
考えを巡らせたような間の後、その声は言った。
『我は言うならば“記憶”それもとっておきに古い、火影の断片よ』
「火影の記憶?それがなんで、私に何の用があって――」
の問い掛けに“声”は笑った。
『問いに来たと言ったであろう“そなたは何を求める?”と』
何故か艶を増して聞こえてきた“声”の、意味深な言葉には戸惑うしかない。
「別に、欲しいものなんて――」
『“無い”と? 兄にすがり、友人にすがるお主が?』
すべて知っているとばかりに“声”は嘲笑した。
「…………なんで、」
『頑なよのう。言の葉にものせることも出来ぬ、か。今は良くともな―― 』
からかいを含んだ声色が瞬時に真剣なものへと変わる。
『あとで後悔しても遅いのだぞ? もう、後悔はしたくないのだろう』
「したく、ない。でもっ……!!」
『欲張るのが怖いか。いや、欲張って失うことを怖れているのだな』
――図星だった。
は目を伏せ、唇を噛み締める。
『臆病も大概にしておけ。自分で出した鎖に囚われるな。
自信を持て―― 残された時間は……少ないのだから――』
その“声”は深い哀しみを帯びていたまるで、この後に待ち受ける出来事を見通しているような、
そんな確信を帯びた声。
「知ってるわ……」
“声”の気配が消えたあとに、はポツリと返した。
「――なんでYOUがいるのだ!?」
はその声で意識を引き戻された。
決着がつき、螺閃と鬼凛が立ち去ってからあまり時間は経っていないらしい。
意識をとばしていた時間もさほど長くなかったようだ。
ホッと息をつこうとしたその時、耳に飛び込んできた声にはむせた。
「そうですよ、おじいさん!あぶないんですよお〜」
「おめーだ、おめえ! お・め・え!!」
その声の持ち主は間違いなく雷覇だった。
素知らぬ顔をして火影一行に紛れ混んでいたらしい。
土門に首根っこを掴み上げられている姿は、の知っている抜け作の兄に間違いない。
思わず、先程までの葛藤も忘れ―― 何やってるの兄さん……とは呆れてしまった。
「やめな土門!雷覇くんは風子ちゃんの恩人だ!
今、私がここにいるのも彼のおかげなんだぜ!」
「よっ、恩人!」
「なんなんだてめえは」
――恩人……?
風子は双角斎に捕まり、八方塞がりだった。
それが何者かの乱入によって助かったということだから、
その“何者”が雷覇だったということだろう。
雷覇と風子の縁はも知るところ。
これまでの経緯こそ把握はしていないが、納得はいった。
「――」
名を呼ぶ声にビクリと肩が揺れた。
「元気でしたか?」
久しぶりに聞くを労る言葉に、込み上げてきたものをグッと堪えた。
「……?」
「そ、そういやぁ!兄妹で行方知れずだったんだろ!? 再会できてよかったな!!」
「そ、そりゃぁっ、感動の再会じゃねぇか!!」
「よかったね!姉ちゃん!」
切り替えしに多少のぎこちなさと無理矢理感はあったものの、
二人の再会を祝福する雰囲気が出来つつあった。
「……その、心配をかけたみたいですみませんでした。
本当はもう少し早く会いに来るつもりだったんですが…… ?」
顔を俯かせ、雷覇を見ようとしない。
心配した雷覇がその顔を覗き込もうとした時だった――
「――……ぃ…っ…っ」
「え……?」
――ドゴォッ!……と鈍い音が洞窟内に響き渡った。
「なっ……ちょっ、ぁっ!?」
「貴女は一体、何をやっとるんですかぁぁぁっ!?」
「ら、雷覇が吹っ飛んだ……」
「ちゃん!?」
風子・土門・小金井・柳が同時に叫んだ。
――今起きた出来事を簡潔に説明しよう。
“が雷覇を殴り飛ばした”
想定外の出来事にきに目を白黒させる火影一行を尻目に、
は押し黙ったまま雷覇を睨みつけていた。
「いたたた……」
一方、むくりと起き上がる雷覇は、
ぶつけた頭を摩りつつ若干涙目である以外変わった様子はない。
「随分と過激な再会の挨拶ですね、」
「…………」
さらにはキツイ視線を送るが――
「ああ、もう、そんな泣きそうな顔をしないで下さい」
「誰がっ……!」
一瞬にして距離を詰めた雷覇が、言葉を遮ってを抱きしめた。
――どこが泣きそうに見えるんだ!?
周りからはどう見ても怒っているようにしか見えないが、
兄妹間の問題に口出しするわけにもいかず、
周囲の者たちは静かに様子を見守ることに徹した。
「とても心配をかけたみたいですね……すみません」
「っ兄さんなんて、嫌いよ!大っ嫌い」
「ふふっ、私は今も昔ものこと大好きですよ?」
拒絶の言葉さえも意に介さず、いつものニコニコとした表情をさらに柔らかくして
をギュッと抱きしめる。
「ただいま、」
「っ……お帰り、なさい―― 兄さん」
――無事でよかった。
口には出さずとも、その思いは十分に伝わっていた。
本気で嫌いになれるはずなどない事をお互いに知っているからこそのズルさ。
「和解、か?」
「お騒がせだねぇ、まったく!」
「ま、マジで焦ったぜ……」
「ちゃんは本気で怒らせたらダメなんだよ?」
「確かに」
火影一行にも、張り詰めていた空間がやんわりと緩んでいくのがわかった。
「――騒がせて、ごめんなさい」
先を急ぐ烈火たちの足を止めてしまったことを含め、は頭を下げた。
「いいってことよ! 無事、仲直りできたんだからよかったじゃねぇか」
「……ありがとう」
烈火の言葉にはこの洞窟に来てから最も安らいだ表情を見せた。
「……しかしよォ、この中に入ってからそれぞれいろいろあったと思うが――
ホントもうすぐだぜ!天堂地獄!!」
「うん」
元気よく返事をする面々を尻目に、ポツリと零した者がいた。
「確かに……いろいろあったよ……」
――スゴク嫌な事があったのか。
小金井が顔を引き攣らせる姿は珍しく、なかなかに印象的だった。
「、知ってる?」
「ううん。多分私が合流する前じゃないかと」
――その短時間に一体何が?
疑問は解消されていないが、その様子から掘り返すのも可哀相に思え、
火影一同はそっとしておくことにした。
気を取り直し、烈火が気合いを入れる。
「いっちょ暴れてやるか!! くそ魔導具に泣き入れさせてやろうぜ!!」
その言葉に皆が頷いた。
――この戦いに決着をつける。
「――火影忍軍、出陣!!」
今、終焉《フィナーレ》への扉が開かれる。
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