ACT68:疑心暗鬼





 手に入れた鍵で、重々しい扉を開けると――その先の道には不気味な石像が無数に並んでいた。

壁から迫り出すようにあるそれは、人でも動物でもない生き物を象っており、

それが何を意味するのか定かではない。

気配がしないことからただの石像であることはわかるが、釈然としないまま奥へと足を進める。



「――っ!!?」


「がっ……!!」


「なんだよっ……頭が!!」



感覚を何かに奪われる瞬間的な痛みに襲われた。



『……た……来た……来た、来た、来た、来た』



いつの間にか辺りは白い世界に包まれていた。

目の前に浮かぶ、魔導具の核にも似た無数の玉。

中心が際立って濃い色合いをしているせいか、人の眼のようにも見える。



『我を……!解放せし者、我の力を手に入れし者が……来た!!』


「なんだこりゃ……急にまっ白なトコになって……

 あの玉っころ、みんなも見えてんのか?声が聞こえてるのか?」



矢継ぎ早に焦った土門が質問する。

洞窟の中にいたはずなのに、急にこの白い世界へ放り込まれたのだ。

動揺するのも仕方がない。



「――天堂地獄か」



烈火が睨むように無数に浮かぶ玉を見た。

まるで監視されているような現状に、腹が立たないわけがない。



『我が名は天堂地獄……!! 己の意思を持ち、果て無き力を持つ真なる魔導具』



―果て無き力、ね……くだらない。

は剣呑な雰囲気を漂わせ、烈火と同じようにその玉を睨みつけた。



『この日を幾年も待った!我が力を得るにふさわしい資格を持った者の存在を!

 永き時間我は待ち続けた!!! そして今――その“資格”を持つ力の者は来た!!』


「資格ぅ〜〜?偉そうに!! 魔導具が持ち主を選ぶってか!?」


「魔導具だからこそ、選ぶのよ。

 力のある魔導具ほど、総じてその使い手を限定するのと同じように」



―風子の風神しかり。

土門の発言に対しは冷静に返した。

天堂地獄の持ち主を選ぶ条件が何であるかは知らないが、扱える資格を持つ人物が居るのは間違いない。

それが誰かわからない現状は、ある種の賭けに等しい。

誰が選ばれるかによってその行く末は決まってしまうのだから。

兄である雷覇や同郷の者なら資格について何か知っていたかもしれないが、

今それを言ったところでなんの解決にも繋がらない。

そもそも“力”が純粋に戦う強さのことを言っている確証もない。

治癒の力という特殊な力を持つ柳も、その資格の対象となるのだ。



―八方塞がり、ね。

小さく息を吐きながら思考に耽っていると、同じく黙り込んでいる水鏡の様子がおかしいことに気づく。

先程から烈火を注視しており、何か信じたくないものをを疑うような視線を送っている。

―天堂地獄の言葉が引っ掛かっているのかもしれない。

が声を掛けようとしたその時……



「ゴチャゴチャやかましい!いいか?これは宣戦布告だ!! 粉々にしてやる」



烈火が崩を出現させ、辺りにいた玉を焼き払った。



「にゃははははは!! よっしゃっいくかい、野郎共!!」



―花菱くん……

どうやら言葉はいらなかったらしい。

不敵に笑う烈火の様子に安堵したらしい水鏡の姿が視界に入る。

―……火影によって封印された天堂地獄が、火影の血を引く烈火を選ぶことはあるのだろうか?

火影の血を引く者として、その可能性について考えてみる。

もし烈火を選ぶことがあったとしたら、それは間違いなく復讐だとは思う。

魔導具自体に火影の民しか使えないといった規制がないことから、

天堂地獄もそうなのだろうと勝手に予想しているが……

ただ、縛呪のように精神を丸ごと乗っ取ることができても不思議ではない。



―どちらにしろ、犠牲を出さないためには壊すしかない。

それが最善だろう、と結論付け意識を浮上させた。

玉を壊したおかげか白い世界が消え失せ、元いた不気味な洞窟へと一同は戻ってきた。

気を取り直し道を先へと進むと、そこにいたのは――



「……最後の砦を護るのは、やっぱりてめえか。螺閃」



元麗十神衆の一人、螺閃。

何度か顔を見たことはあったが、は彼のことをよく知らない。

元々十神衆同士の付き合いは希薄であり、雷覇たちが特別仲が良かったといっても過言ではない。

加えて螺閃は能動的な方ではなく、紅麗に対して何かしらのアクションを起こしたこともなかった。

麗結成時よりいたとはいえ、裏武闘殺陣前は十神衆でさえなかったが関わる機会は

ほとんどなかったのも頷ける。

―つまり、その能力も未知数ということだが……



「あーっ!! 螺閃!!」



シリアスな空気をぶち壊すように鬼凜の声が響いた。

気絶していた鬼凜を置いていくのもかわいそうということで、土門がここまで運んできたのだ。



「こいつはそんなに悪い奴じゃなかった。

 木蓮と命に置いて逃げられちまったし、かわいそうだから連れてきてやった」


「いい奴なんだね、烈火くん」



理由を螺閃に伝えつつ、状況把握できていない鬼凜にも教えるように告げた。

隣りで感謝する鬼凜に苦笑を漏らしつつ、目の前の螺閃を指差した。



「あとよ、あいつしゃべんねえじゃんか。おめえに代弁して欲しいんだよ」



――しゃべらない?

意味がわからず、は不思議そうに螺閃へと視線を送った。



「どけ!おめーと戦うよか、大事な事がある!!」



そう言って烈火は鬼凜を見た。

若干、迷う素振りを見せたもののおずおずと代弁をはじめる。



「さ……『サヨウナラ。君達も消えるんだ。僕の母親のように……』」


「消える?お前の母ちゃんがなんだって?」



首を傾げる烈火に答えることはなく、螺閃は武器を構えた。



「魔導具か!?」


「あっそう。どーしてもジャマしてくれちゃう訳か。なら容赦しねえ」



烈火は砕羽を出現させると、真っすぐに螺閃を見据えた。



「俺達は何がなんだって、天堂地獄を……天堂地獄を壊さなきゃいけねえんだ!!」



森光蘭がそれを手に入れればどうなるか――想像したくもない。

不幸になる人間が増えることだけは事実であり、プラスになることなどほとんどない。

最低最悪の世界が待っていることは必至だ。



「てめえら!! どんな奴に肩入れしてるかわかってんのか!? 目ぇ覚ませ、馬鹿!!」


「『はじめから正気だよ。森光蘭がどういう人間かも、わかっているつもりだ』」



烈火の怒声には僅かに目を伏せた。

――人は、必ずしも善悪に準じて動いているわけではない。

理由はどうあれ、自分の利益のために動く人々が良い例だ。

その先に何が待ち受けていようとも、どうでもいいと一切を割り切ってしまう者が当然のようにいる。

認めたくはないがそのような者がいることは事実であり、

陽の当たる所を歩き続けてきた烈火は、世の中の汚さを知らない。



「『正直言うと……森も天堂地獄にも興味なんてないんだ。僕は自分のために動いている』」



―やはり……

予想していた範囲の答えに、はそっと息を吐いた。



「『知っているかもしれないが、僕は元十神衆。紅麗の下にいた事があった。

  これといった行動を起こした事は皆無に等しいがね』」


、そうなのか?」


「うん、本当だよ。ほとんど関わりはなかったけど……」



中途半端に言葉を切ると、話を続けさせるべく螺閃を見返した。



「『僕は君や音遠、雷覇、磁生のように忠義の心を持った者とは違う。

  そして、幻獣朗や命のように、隙あらば殺そうと考える人間でもなかった。

  “戒”あの男には少なからず共感を覚えたことがある』」



―戒、さん……

は闇の底へ落ちていく戒の姿を思い出す。

壮絶な戦いを終え勝利をもぎ取ったその顔は、満足そうに笑っていた。

そして最後に『幸せになれ』と言葉を残した――



「彼は、僕に戦いを挑み、勝利することを生きるすべての目的とした。

 十神衆の中にいながら“個”の戦いに執着した。

 君にも―― 同じように生きる目的があるのか?」



誰よりも戒に思い入れが強い水鏡が螺閃に問う。



「『……そんなものは無い。戒は、君を倒す事にに命を燃やし、そして朽ちた。

  彼との相違点―― 僕ははじめから死んでいる』」



―“死んでいる”?

今、目の前にいる螺閃は幻だとでも言うのだろうか。

は鬼凛の声に耳を傾けながら、ジッと螺閃を見た。



「『死者は歩くんだ……たった一つの探し物の為に。

  見つける為の場所はどこだってかまわない。たとえそこが……悪魔の下だったとしても……』」



右手に持っていた金属のロッドに、取り出した魔導具の核を嵌めた。

するとそこからまばゆい光が放たれる。



「うわっ!」


「まぶしいっ、何!?」


「あちゃっ!!」



眩しさに目を庇う一同の中、烈火が一人奇声を上げた。



「ジジイ!!?」


「あの男……!! あんなモン使っておったのか!!! あれは――」



ブンブンと腕を振り回す烈火から、突如出てきたのは虚空。

神出鬼没とはいえ、ここまで無理に出て来る時は危険が迫っているか、

もしくは何か皆に伝えなければならない事があるのだろう。



―さっきの光のこともある。

は螺閃への警戒を強めた。



「固羅ジジイ!! まーた勝手に外に出やがったな!! 虚空使う時どうすんだ!入れ!!」


「重大じゃから出てきたと分かれ!! 烈火!! あの魔導具は――」


「花菱くん!!」



螺閃が二人へ攻撃を仕掛けた。

火竜とは言え、人型で戦闘できるとは聞いたことがない。

は虚空の襟を引っつかみ螺閃から遠ざけ、攻撃をかわした烈火が崩で反撃に出る。

しかし――

螺閃がロッドを一振りすると、崩の火玉がフッと消失した。



―……!!?



「崩を壊した!?」


「いや……違う!!」



壊したならばその衝撃、破壊音が聞こえてくるはず。

しかし、それが一切ないということは――



「“消した”んじゃよ……文字通りな……!!」



それは不気味な響きを持ち、火影の面々に浸透した。





――“消す”




なんと冷たく、抑揚のない言葉だろうか。

誰かが小さく息を呑んだ。












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