ACT67:珍事暴走
「くっ……!やっぱ強いねぇ!
さすが飛び入りとはいえ十神衆に入っただけのことはあるわ〜!」
鬼凜がの刀を防ぎながら感心したようにいった。
内心は余裕などなく、何とか自分のペースに持ち込もうとして口を開いたのだ。
「兄に比べれば、児戯も同然ですよ」
抑揚のない声で返しながらも、の攻撃は止まらない。
「そうそう!そのお兄さんねっ。ここに来てるみたいなんだよね〜!」
「っ……!?」
思わぬ発言に、の心に動揺が走った。
「おっ?チャーンス!」
「ちっ!」
―己が未熟だと痛感させられる。
心を落ち着かせるべく、クナイを放ち距離を置こうとするが、
しかし逃がさないとばかりに鬼凜は間合いを詰めてくる。
「逃がさないわよん!」
「くっ……!」
―しまったっ!!
続けて投げたクナイの内1本には線が括りつけてあったのだ。
はそれを何の意図もなく投げてしまい焦る。
力加減によっては肉をも裂く鋭利な線は、
火影の面々に惨い光景を見せないためにもあえて使わずにいたもので、
回収しようとは慌てて引っ張った。
クナイから切り離され宙に投げ出された線は、その細さから大気に煽られる。
二人の死角――鬼凜の背後を掠めていった線は、偶然にも背中の布だけを綺麗に裂いた。
鬼凜の豊満な乳房を覆っていたそれはただの布と化し、ヒラヒラと地面に落ちる。
「…………」
「きっ、キャアァアアアァァア!!!!」
鬼凜の盛大な悲鳴が洞窟内にこだまする。
まさかの展開に、その場は唖然とした空気に包まれていた。
「なんでえ!? ひどいよ、もう!! バカバカエッチ!!」
「あ、その、えっと、ごめんなさい!!」
思わぬ珍事にも混乱する。
同じ女として同情するが、戦闘を考慮していない極端な薄着をしてきた鬼凜にも
非があると言えばあった。
「そういえば聞いたことがある……」
命が珍しく神妙な口調で口を開いた。
「鬼凜は――すごく純情だって。男とキスもしたことがない。
えっちいTVもまともに見れない。えっちい本を見ただけで熱が出るetc……」
「つまりお前とは正反対の人間ということか」
「そうだよ、悪かったな!」
水鏡の冷静な切り返しに命はキレつつも肯定した。
「そんな今時分珍しいションベン娘が胸を見られた。ダメージ800ってトコかね」
何とか立ち直った鬼凜は、疲れきった顔をしつつヨロヨロと立ち上がった。
この時点で、先の戦闘による緊迫した雰囲気はカケラも残ってはいない。
……しかし、それを差し引いてもどこか様子がおかしい。
―まるで何かに怯えるような仕種だ。
訝しく思い、は鬼凜のサングラスに覆われ判断しにくい視線を何とか辿り、背後を振り返った。
「……土門くん?」
その土門も様子もなぜかおかしい。
鬼凜とは真逆に、無反応なのだ。
大丈夫かと声を掛けようとして一歩足を踏み出したところで、はピタリと動きを止めた。
―何故だろう。
今までに感じたことのない類いの言い知れぬ悪寒に襲われたのだ。
「な、何……?」
表情を引き攣らせ、はジリジリと後退した。
幼い頃から培ってきた野生的な本能の部分が近寄ってはいけないと警鐘を鳴らしているのだ。
すると土門は、何かに誘われるように駆け出した。
は小さく悲鳴を上げ、避けるように素晴らしく速い動作で距離をとる。
「いやあぁーーっ!!」
土門が真っすぐに向かった先は――鬼凜がいた。
彼が何でもって突き動かされているのか、そこでようやくわかったような気がした。
「来ないでぇーーっ!!」
逃げる鬼凜を土門は本能のままに追いかける。
彼女以外、まるで何も見えていないようだ。
そんな様子に水鏡は合点がいったとばかりに頷いた。
「……そうか。鬼凜は魔導具の力で人の心を読む!
その情報はなかば強制的に彼女の中に入り込み、必ずしもプラスに働くとは限らない!
人は戦闘中、目の前の敵を倒すことだけに集中する。
その時他の思考は鈍り、止まる!その状況下で鬼凜は相手の動きを読み、その力を最大限に発揮できた。
しかし……土門には今、別な思考が生まれている!
その思考は己を見失い……動きを無意識的にする程――鬼凜をあそこまで動揺させる程強い!!」
「……要はさかりがついちゃって、エッチモード突入って事でしょ?
真面目に言うのが悲しくならない?」
「少しな」
理論的には正しいが、ことを簡潔かつ俗的に言ってしまえばあまりにも空しい。
「おっきい……」
後退し火影陣営まで戻ったの隣りで、ボソリと柳が呟いた。
「や、柳ちゃん!ほ、ほら、胸は大きさじゃなくて形って言うでしょう!?」
あまり好意的ではない、むしろ敵でも見るような不穏な様子に慌ててフォローを入れる。
……これをフォローと言って良いかはさておき。
「でも男の人はおっきい方が好きだよね?」
「そ、そんなことは……だよね!? 凍季也!!」
答えに詰まったは苦し紛れに水鏡に振った。
ふられた水鏡は――そこでなぜ僕に振る――というようなかなり迷惑そうな顔をしたものの、
気を取り直して柳に向き直った。
「……柳さん。一般論として好きになった相手なら、胸の大きさは二の次だと。
不安なら烈火本人に直接聞くのが一番です」
水鏡の模範解答に何とか納得してくれたらしい。
さりげなく烈火に丸投げしているが、確かにそれが一番間違いないだろう。
少々脱線してしまったが、この間も土門は鬼凜を追い回している。
「冗談やめて!! こんなんで負けたら馬鹿じゃん!! 砲鬼神!!」
烈火の時に見せた嘴王タイプの砲鬼神が土門の右肩に直撃する。
その痛みと衝撃で一瞬動きが止まったが、しかし。
さかりモードは解除されることなく土門は鬼凜へと迫る。
「いやぁあぁあーーっ!!計算ミス!!」
鬼凜の叫び声が無情にも響く。
「……痛みも忘れるくらいよっぽどインパクトあったんだね。
オレ達じゃあ、ああはならないもんね水鏡……」
「ああ……」
二人がああなってしまったら、イメージが変わるどころか男性不信になること間違いなしだ。
しかしここまで淡泊な反応だと逆に気になるもので……
「実は貧乳の方が好み、だとか?」
「……姉ちゃん」
「、何を言ってるんだ君は……」
「あ、あははは……ごめんなさい」
聞こえてしまったらしい一言に、非難の視線を浴びたは思いっきり視線を逸らした。
最早この場に緊張感という言葉は存在しない。
「今の状況じゃ心眼はハンデだよ!まったくなんて奴だい!! 心の眼『閉』!!これなら……どう!?」
鬼凜は心眼を外すと、仕切り直しとばかりに逃げるのを止め、土門の正面に相対した。
しかし―― 鬼凜はあるものを目に留め硬直した。
直視できない、いや。したくない状況に、と柳は頬をほんのり紅く染めて視線を逸らす。
「柳ちゃん、見ちゃダメよ。柳ちゃんが汚れる」
「……姉ちゃん」
柳を庇うように後ろを向かせたと“汚れる”発言に苦笑する小金井。
「そろそろ潮時か……」
どこか遠目に水鏡も呟いた。
「ちょっと土門くん沈めてくるね。このままじゃ鬼凜さんが不憫過ぎるし」
―決して悪い人ではないはずだ。
烈火をなぶる木蓮を止めようとしていたことから、そう判断する。
「気をつけろ。こちらからも援護はする」
「わかった!」
「――柳さん」
「はひ?」
土門を止めるべく、駆け出したと柳に声を掛けた水鏡。
ジリジリとにじり寄る土門と後退する鬼凜。
色々な意味で危機的状態だった。
「いや、やだ……私、私は……螺閃だけのモノなのーっ!!」
「風子ちゃんに言っちゃうよ!!」
「おやすみ!土門くんっ」
柳の一言にピクリと反応し隙を見せた土門。
そこを狙っては綺麗な回し蹴りを左脇腹に叩き込み、鬼凜から離れたところへ吹っ飛ばした。
「ちゃんすっごぉい!!」
「うっわぁ、強烈……」
「は極力怒らせないようにしよう」
「だね」
驚嘆する柳を尻目に、水鏡と小金井がそんな会話をしていたことは蛇足である。
「――スゲエじゃねえか、土門!!あんな手強い奴、どーやって倒したんだ!?」
目覚めた烈火が、鬼凜を倒した事実に歓喜の声を上げて土門に詰め寄った。
「イヤ……あのさ、実はオレもよく覚えてねえんだ。
確かが戦ってたはずなんだけどよ、うん?」
記憶が曖昧なことを首を傾げているが、見ていた面々が嘘を言う理由はない。
「最近おいしいトコもってくな、てめえ!」
「なんでか左腹部が痛むんだよなぁ……」
とりあえず前に進めるようになった事実にまあいいかと納得したようだった。
脇腹の痛みも名誉の負傷ということにしておいてほしいものだ。
見ていた面々も、事実が事実だけにこれ以上この件についての追及は避けたいところなのだ。
「烈火兄ちゃん、見てなくてよかったね」
「……土門くんが覚えてなくてよかった」
「形はどうあれ、集中力の勝利だ。彼は確かに“弱い部分を補って”くれたよ」
鬼凜の件はどうあれ、今回の窮地を救ったのは間違いないなく土門だ。
水鏡の一言に、も小さく頷いた。
思わぬハプニングはあったものの鍵を入手することはできた。
――森光蘭と天堂地獄まであともう少し。
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