ACT66:心の扉






 軽口を叩きつつ、剣呑な雰囲気を漂わせて土門が構えた。



「そんじゃあ―― いきますかぁ!!」



尖端が鋭利に尖った石柱を水鏡の側にいた命目掛けて放り投げた。



「うっ……あああ!!」



間一髪で避けはしたが、不意打ちをくらい怒り心頭のようだ。

鬼のような形相で小刀を取り出して叫んだ。



「この……!! ずいぶんふざけたマネしてくれるね、ダニ虫がァ!!上等だよ!!

 水鏡ぶっ殺してやらあ!!」


「――誰が誰を殺すんですか?」



命が水鏡の方を振り返ると、満面の笑みで刀を構えた

すでに水鏡を保護した小金井の姿があった。

そして先程までの仕返しとばかりに烈火が木蓮を殴り飛ばした。



「これで五人!」


「六人だ馬鹿」


「……風子は心配いらねぇよ。

 あんな気の強えおじょー様が、そう簡単にくたばると思うか?」



この中で一番付き合いの長い土門の言葉に、烈火は神妙な顔で頷く。



「わかった。あいつを信じる!あの門の奥に天堂地獄がある!鍵はあいつだ!いくぞ!!」


「おう!」



迷いは消えた。今はただ目の前にいる敵を倒すことのみに集中する。

気合いを入れ直し、再び鬼凜と相対したところで――その鬼凜の様子が急に変わった。



「ど、どうした!? 何があったの、双角斎!!?」



その慌てた様子に、何か異変があったことを悟る。

風子が何かしたのか、もしくは第三者の介入があったか――

どちらにしろ、風子が無事な可能性は完全にゼロというわけではないようだ。



「……双角斎が―― 死んだ」


「双角斎って……?」


「風子と戦ってたとかいう奴か?」



思わぬ言葉に火影の面々は困惑する。

“死んだ”ということは、風子が倒したわけではないだろう。

彼女に人を殺すことはできない―― そう、たちの知る風子ならばの話だが。



「そうだよ。あいつは風子を魂吸いの壺に封じ勝利していた。

 そして、もうじきここに来るはずだった。あの男が現れさえしなければ……」



そう言った鬼凜はちらりとに視線を向け表情を険しくするが、すぐに外し首を横に振った。



「とんだ、計算ミスだよね」



“あの男”の脳裏には思い当たる人物を何名か思い浮かべた。

―まさか……ね。

期待と不安が入り混じる中、は柳に手当てされる水鏡に視線を落とした。



「ん〜〜〜っ、つまりですね。ハナビチ君!

 この場合“風子は助かった”と考えていいんですかね?」


「そ〜ですねぇドモンさん。

 “あの男”ってのがそいつをやったとすれば、そうとってよろしいかと!」


「ん〜〜〜っ、だとしたら、どーなるのでしょ……?」



あまりにもわざとらしいやり取りに、鬼凜が冷や汗をかきながらも恐る恐る問いかけた。



「『心配のタネ』がなくなり、心おきなく戦えますねえ〜〜〜!」



顔面凶器、とまではいかなくとも十割方凶悪だと言える表情を浮かべ、

烈火と土門がニヤリと笑った。

そのやりとりに、小金井が呆れ半分に苦笑を漏らす。



「……あれじゃどっちが悪者かわかんないね」



禍禍しい雰囲気を纏う二人。

それと正面から対峙する鬼凜に、同情した。

―……あの顔を見てしまうと、したくもなる。



「風子ちゃんが無事で二人共嬉しいんだよ!だからあんなカオになるのっ」


「や、柳ちゃんそれはちょっと……」


「説得力ないよ」



水鏡を治療しながら、風子の朗報にニコニコと嬉しそうな柳に思わず突っ込んだ。

―あれは断じて嬉しそうな顔ではない。

むしろ何倍返しで落し前をつけてやろうかと、悪いことを企む危ない顔だと。

小金井とは迷わず断言できる。



「気をつけた方がいい……」


「凍季也!!」


「水鏡センパイ!」



柳の治療の甲斐あって、気がついたようだ。

水鏡が体を起こそうとするのを慌てて支えつつ、その忠告に耳を傾ける。



「裏麗……個人差はあれど戦闘能力は高い集団と見た。

 見るにあの女は首領格―― ただでは済むまい」


「さっすが〜!気分はどうだい?」


「ふん……あまりいいとは言えないね。

 あのバカ二人が戦う時は、いつも『心配のタネ』が付き物だ」



病み上がりだというのに冷静な分析をする水鏡に、小金井が茶化すように調子を尋ねた。

尋ねられた水鏡も、不機嫌を隠すことく悪態をつく。

火影の意外性ナンバーワンは間違いなく土門だが、

それに烈火が絡むとなると更に予想がつかない。

良い意味でも、悪い意味でも――



「オレがいくぜ、土門!おめえはひっこんでな!」



烈火がやる気満々で腕を回しながら、鬼凜へと歩みを進める。



「女一人に二人がかりなんてみっともねえからな。まかして」


「よし!許す!! いけ!!」



土門の声と共に烈火は勢いよく駆け出した。

そして手慣れた動作で宙に文字を書く。



「――砕羽!!」


「ホラ来い!砲鬼神!!」



待ち受ける鬼凜は、即座に腕の魔導具へ核を嵌め込むとそれを正面へ突き出した。



「バキュン!!」



形状から嘴王のような魔導具が、烈火目掛けて放たれた。

しかし烈火はそれをあっさりと叩き落とし、さらに鬼凜へと詰め寄る。



「ひゃんっ、まだまだいっくよォーーっ!!」



するとあっさり核を付け替え、今度は砲鬼神から飛び道具が放たれた。



「なんどやっても同じだ!――っ!ゴホッゴホッ……!」



先程と同じく叩き斬って落とした烈火だったが、その武器に“仕込み”がされていたようだ。

何かの粉を被り吸い込んだ烈火は、思いっきりむせ返った。



「計算ミスでしたぁ〜!私が人の心を読めるって忘れてたみたいね。

 君が目の前のモノを斬るという事は、思考からすでにわかってたんだよっ」


「ちっ……」



舌打ちしてすぐさま次の行動に移った烈火だったが――



「“左へ逃げる”!」



心を読まれ、態勢を立て直す前に先回りされる。

焦って火竜を出そうとするが――



「崩封印!」



砲鬼神によって不発に終わってしまう。

動きのすべてが先読みされてしまう状況の中、

いつもなら有効である先の先を読んだ攻撃も心を読まれては意味がない。

……すべては敵の手の内。



「もっかい名前いっとくね!裏麗鬼凜!! 好きな食べ物はバ・ナ・ナ!19歳の未婚でィ〜ス!」



先程の粉の影響か、足元がふらつき始めた烈火が殴り倒される。



「そして螺閃のパートナー」



余裕の表情で悠然と佇む鬼凜。

火影の面々は唖然とした表情でその戦いを見つめることしかできなかった。

すると鬼凜がこちらを振り向きニコリと笑った。



「そーなんだよねえ、水鏡くんっ。

 相手が何をしてくるかわかればさ、対策はいくらでも練れるモンね!」



しかも厄介なことに心眼の能力は複数名に有効。

一人が相対して、別のものが不意打ちを狙うことも不可能。

何より、わかっていても実力がなければ、対策を実行することは不可能。

――ある程度の実力者を相手にして、戦いながら頭を働かせることができる彼女もまた、

実力者ということだ。



「やだっ、ちゃんそんなに褒めないでテレるじゃない」


「本当に厄介ね……」



――元十神衆、螺閃のパートナーとなれば尚更。

はスッと目を細めた。



「あはははは!! さすがだね、鬼凜!! そのままブッ殺してやんなァ!!」



気絶している木蓮を介抱していた命が愉快だと言わんばかりに叫んだ。



「ぐぐ……こ、んなトコで……負けられるかよォ!!」



烈火が気力を振り絞り立ち上がるが、近寄った土門を見ておかしな言葉を繰り返す。



「あ、れ、ロバだ……キリンがロバに……」


「誰がロバだアホ!! いいから寝てろよバカヤロウ」



暴走する烈火を土門が一発で沈めた。

水鏡の治療が終わり次第、烈火も柳に任せた方が無難だ。



「二番手!石島土門見参!!」



次は自分の出番だとばかりに、土門は仁王立ちで構えた。

すると小金井が何かを思いついたらしく、嬉しそうに声を上げた。



「そ、そうか!相手が心を読むなら、あまりモノを考えない人の方が有利!!

 土門兄ちゃん馬鹿だもんね!勝てるよ!! バンザーイ!!」



――……薫くん。いくら現状歓迎されたものであっても、ね……?

土門本人に対しかなり失礼な発言の数々だ。

小金井の“馬鹿”扱いに、土門は怒りでうち震えている。



「……土門くん、ちょっと待って貰ってもいいかな?」



制止の声を掛けたのは、何を隠そう自身。

土門の肩に手を置き落ち着かせつつ、口を開いた。



「申し訳ないんだけど、二番手は私に譲ってくれない?」


?」



意外な申し出に土門も目を瞬かせた。



「……何か考えがあるようだな」


「うーん、どうかな」



水鏡の問いには曖昧に笑った。

確信はない――けれど自信はあった。



「可能性的には土門よりは高いんだな?」



確かめるような視線と問いに、迷わず首を縦に振る。



「多分、ね―― 鬼凜さんが一番よくわかってるんじゃないですか?」



一同が振り向いた先にいる鬼凜は、突然話を振られたことに驚いてみせたものの愛想よく笑う。



「あはは、なんのことだかさっぱりわかんなーいっ!……って言いたい所だけど。

 確信犯だったのね、ちゃん!」


「どういうことだ?」


「まさかも心眼持ってて心眼VS心眼とか!?」


「えぇっ!? ホント!?」



土門のあてずっぽうな推測に、面白い対策方法だと感想を抱きつつ否定する。



「……残念ながら持ってないよ。私の心眼対策は魔導具を使わないもの」


「それじゃあ一体……?」



疑問が疑問を呼び、収集がつかなくなってきた。

知ろうにも肝心のがはぐらかすので、八方塞がりだ。

核心に近づくためには手っ取り早く、実際に戦っている光景を見てみるしかないだろう。



「時間も勿体ない。ここはに任せてみよう」


「水鏡!」


「……ありがとう、凍季也」



はほんのり頬を紅く染めて微笑むと、鬼凜に向き直った。



「それじゃあ、お相手お願いしますね―― 二番手、麗十神衆・。推して参ります」



土門の真似をして名乗りを上げると、スルリと抜き身の刀を構えた。

その瞬間、の顔から表情が消えた。



「――っ!!?」



―ガキーン!! と鈍い衝撃音が響く。

瞬時に間合いを詰めたが鬼凜に切り掛かったのだ。



「ちっ!やっぱ止められたかっ!!」


「いや、待て――」



次々に切り込むの斬撃を鬼凜は防いでいる。

防ぎつつ反撃も仕掛けているが……



「先程までの余裕が見られない」


「そういや鬼凜の奴、軽口叩いてねぇーな。なんでだ?」



一見して通常の戦闘のように見える。

の攻撃に対し心眼の予測を告げることもなく、

繰り広げられる攻防戦は、普通の、彼らが行う戦闘と差異はない。

しかしこの場合、そうだと“おかしい”のだ。



「単細胞か君は。本気でわからないのか?」


「ねえ、もしかしてさ。心が、読めてないんじゃ……?」



いち早く気づいた小金井が、疑心暗鬼のまま意見を述べた。



「はぁっ!? マジかよ!?」


「どうしてちゃんだけ……?」



驚く土門を尻目に、柳が不思議そうに首を傾げる。



「この場合、だけというわけではなくだからと考えるべきだろうな」


「待て!! にも心はあるぞ!だってさっきはよぉ!?」


「多分――“閉心術”ってやつだね」


「無心になって戦うということに変わりないが――

 殴り合いのブルファイト何かとは比べものにならない、高等技術だよ」


はなんでまたそんなモンを……」



導き出される結論に、土門は困惑の色を隠せず呆然と呟いた。

どう考えても、一般人が身につける代物ではない。

裏武闘殺陣に出ていた格闘家たちにしろ、そのようなものを会得している者がいたとは思えない。



「生い立ち上、おそらくそういう修行を積んだんだろうな」


「生い立ち上って……どんな育ち方すりゃそんなモン」


姉ちゃんも麗で育ったんだ。そういう訓練を積まされてても不思議じゃないよ」


、ちゃん……」



―しかし厳密には麗に、紅麗の下に行くよりも前の話だ。

生い立ちをより詳しく知る水鏡は、そのもう一つの可能性も見出だしていたが、

あえて口には出さなかった。

それは偏に、本人の承諾もなしに勝手に話していい話ではないと判断したからに他ならない。

忍の英才教育を受けていた件は、紅麗が裏武闘殺陣で言っていたが、

さらにその奥にある事実には一切触れていない。



今目の前で戦っているのは、この場にいる者たちが誰も知らない過去を背負った

忍としてのの姿だった。












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