ACT65:絶望から希望へ
は咄嗟に近くにいた柳を背後に庇った。
「どれだけ待〜っても誰も来ーない〜〜〜♪ 残ったの〜はキミタチ四人〜♪」
調子の外れた歌とともに現れたのは、サングラスを掛けやけに薄着をした三編みの女。
「よくここまで来れたね!でもここが終点」
「てめえは覚えがあんぜ!! 学校の中に出てきた奴だな!!」
に見覚えはないが、烈火は接触済みらしい。
“学校”という言葉に、彼らの日常生活までもが危険に犯されていることを知る。
「鬼凜ちゃんでぃーっス!! お久しぶりねっ花菱くんっ!」
底抜けに明るい挨拶を烈火にすると、鬼凜はジーンズのポケットの中へ手を突っ込むみ、
手の平大の棒を取り出した。
「カギ……?」
柳の呟きに答えるように鬼凜は説明を始めた。
「この門の鍵だね。こいつは火影の民が造った強固なモンで、魔導具の力でも壊せない。
この鍵が唯一の術さ。ここを潜れば天堂地獄はすぐそこだよ。
さっき森さんも入ったばっかりだからまだ間に合うかもね!」
「くれ!」
「イ・ヤ。男なら腕ずくで奪って!」
鬼凜の説明に烈火は直球で要求を述べるが、当然と言えば当然。
鬼凜は拒否し、あからさまに挑発する。
「上等。泣くんじゃねえぞ!! ――崩!!」
「もうっ、相変わらず短気ねえ。きやっ」
仕掛けた烈火に続くように、小金井も参戦する。
「いくぞ小金井!そのうち他の三人もきっと来る!! は姫を頼む!」
「うんっ」
「わかった」
ただ待つだけでは芸がないとばかりに、烈火はやる気の姿勢を見せる。
しかし――
「……残念だね」
鬼凜がぽつりとそう言うと、左腕を真横へ上げた。
すると頭上からそれなりの大きさをした何かが降ってくる。
攻撃目的ではないそれは、鬼凜のすぐ隣りへと突き刺さった。
「「「「!!」」」」
見た瞬間、四人は息を呑んだ。
“ソレ”は間違いなく十字架に磔つけにされた水鏡だったのだから。
「み…水…鏡……?」
「凍季也……」
「セン、パイ……」
「水鏡ぃーーっ!!」
「おっーと!! 近づくんじゃねえよ!!」
駆け寄ろうとした面々を牽制するように、水鏡の後ろから現れたのは木蓮と命の二人だった。
「馬鹿なマネしてみな……かろうじて生きてるこいつを――」
「グチャグチャにしちまうよ」
「命……木蓮!!」
は息を止め、その光景に見入った状態のまま凍りついていた。
他の三人も大差のない様子で、ボロボロな水鏡を心配する視線を送っていた。
「あと――石島土門くん。文丸が張っていた崖から堕ちたって言ってたよね。
あの崖下は鋭く尖った石柱が無数にひしめいているの。堕ちたらまず助からない。
『鉄丸』とかいう物使ったってあの高さ……勢いはドンドン増して、効果は期待できない。
術者である本人が一番よくわかってたはずだよ」
「……ウソ……ウソだぁああ!!」
鬼凜の言葉に、実際その場に居合わせていただろう柳が悲痛な声で叫ぶ。
「ごめんよ。ウソじゃあない。
そして霧沢風子――彼女は私達裏麗でも毛嫌いしてる、双角斎って奴と戦ってた。
妄想癖の強いストーカーでね……気に入った女はどんな事があっても手に入れる男だ。
奴自体はそれ程強くはないけど、問題は魔導具!『魂吸いの壺』!!
人間を壺の世界に封じ込めてしまう……そして彼女は壺の住人になってしまった。
これでもう無事には出られない。あの壺の中は完全な“無”の世界。
音も、光も、出る術もない虚無の空間。時間だけが外よりも早く、早く過ぎていく……
一時間が十日分 ――もう彼女は何日無を体験しているのか……
何も見えない、何も聞こえない密閉空間に長時間置かれた人間はどうなると思う?
確実に精神に異常をきたすわ。
もう君達の知ってる明るい風子は ――きっと帰ってこない……」
最低最悪な仲間の訃報に、茫然自失となる烈火。
小金井も俯き黙り込み、柳はとめどなく涙を零した。
「にへ、にへへ……かわいそーになぁ〜〜、れっかぁあ!」
ニヤニヤと楽しそうに近寄った木蓮が烈火を殴りとばした。
「ぎゃははははははは!!」
―許さない。
激情を通り越し、酷く冷ややかで鋭い抜き身の刃のような感情が胸中を占領していた。
刀を静かに抜くと、ゆっくり足を前へと踏み出した。
「泣かないで、柳ちゃん」
「ちゃん……?」
涙で濡れる顔をひと撫でし微笑むと、は180度種類の違う笑顔を浮かべた。
「――え?」
次の瞬間、烈火の正面に仁王立ちしていた木蓮が吹っ飛んでいた。
「――立ちなさい花菱くん」
は厳しい口調で烈火を叱咤した。
「このアマァ……!!」
「貴方の発言、非常に耳障りです」
激昂する木蓮を意に介した様子もなく、は冷淡に告げた。
「木蓮!その女あたしに譲ってよ。個人的に怨みがあるんでね」
木蓮を抱き起こしながら、命が意気揚々と対峙する。
「フン、まあいい。あとでたっぷり可愛がってやるよ――まずはコイツからだ!!」
を横目にそう言うと、倒れ込んだままの烈火を蹴り飛ばした。
「っ、花菱くん!!」
「よそ見してる暇なんてあるのかい!?」
攻撃を仕掛けてきた命をあしらいつつ、一向に動きを見せない烈火の様子に舌打ちをする。
「無理だぜェ今のコイツに何を言おうとなァ!! てめえらは強えよ!!
裏武闘でも優勝したくらいな!! でもなあ!一人一人じゃこのザマじゃねえか!!
五人だから強かったんだよォ!! 互いの弱い部分をなめあって!補って生きてきて!!
一人じゃ何もできねぇ事証明したんだよ!!」
「やめな!木蓮!! 火影はもう戦う気力もない……それ以上はいいんだよ、木蓮!」
鬼凜が悲痛な表情で制止の声を掛ける。だが――
「冗談じゃねえ。オレはこいつらに死ぬ程怨みがあるんだ」
「木蓮!!」
「黙れ、鬼凜!! これは森様の命だ!! ――死ね!!」
「花菱くん!!」
―間に合わない!
が悲鳴に似た声を上げた。その時――
「 何ボサッとしとんじゃ 馬鹿野郎 !!! 」
の声に続いて響いた怒声の主は、烈火にトドメを刺すことに集中し
周囲への警戒が緩くなっていた木蓮を軽々と吹き飛ばした。
「立て!! 誰もまだ死んでねえぞ!!」
そこに立つのは紛れもなく石島土門。その人だった。
「あ、ああ……」
「土門……土門兄ちゃん!!」
柳と小金井が歓喜の声を上げた。
「待ってたよ、土門くん」
「て、てめえはおいしいところに出てくんなあ……死んでなかったんかよ、コノヤロウ!!」
「体、丈夫だモンっ!」
多少怪我はしているようだが、難無く動けている様子から重傷なものはないようだ。
無事な姿を目にし、安堵のあまり烈火やの目にも涙が浮かぶ。
「互いの弱い部分補ってて何が悪い!!それが仲間ってモンだ!」
木蓮の言葉が聞こえていたのか、土門は正面を真っ直ぐに見据えて語る。
「火影はな――殺されたって死なねえようなタフな奴の集まりだ!
“あきらめる”なんて言葉は知らねえ!死にてえ奴は前に出ろ!!」
一瞬にして場の雰囲気が変わった。
啖呵を切る土門に味方の烈火も圧倒され、空笑いが漏れた。
「わは……わははっカッコイイぜ、どもーーん!!」
―バチコーン!!
と、かなりいい音が鳴り、土門は軽く吹っ飛ばされた。
ヨロヨロと体を起こした土門に駆け寄った柳が聞き取った言葉をそのまま伝えた。
「……『お前も殺す』だって」
「…………」
勢い余っての行動とは言え、相当痛かったらしい。
仕返すために立ち上がった土門は躊躇なく烈火に襲い掛かった。
「まずいなぁ……」
火影の面々が馬鹿騒ぎしているのを横目に、鬼凜は一人冷や汗をかいていた。
敗戦ムードが一転、盛り返しの希望が出てきてしまった。
―それと気になることがもう一つ。
が一番最初に木蓮に攻撃を仕掛けた時、心眼を開いていた状態であったにも関わらず、
鬼凜は気づけなかった。
の動きが想像以上に速かったこともあるが、その前の心の動きが全くわからなかったのだ。
―読めなかった?いや、読ませなかった……?
単純に聞き逃していたというだけなら問題はないけれど……
鬼凜は手に汗を握った。
「――まあいいか。てめーも“らしさ”が戻ってきたみてーだし。
さっきまでは死人のようで見てらんなかったからな!気合い入れろ」
「もう入ってます」
ガハハハと笑う土門の隣りには、タンコブを作った烈火が怨みが
ましい視線で睨みつつ立っていた。
「ふふっ、土門くんのおかげだね」
相変わらず仲のよい二人には微笑みながら言った。
「には馬鹿の面倒掛けちまって悪かったな!」
「いえいえ、どういたしまして」
「なっ、までヒデェ!!」
腑抜けていたことは事実なので、あえて否定はしなかった。
思わぬの返答に烈火はダメージを受けたようだが……
――ようやく火影らしさが戻ってきた。
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