ACT64:合流






 「困ったなぁ……」



敵を倒したあと――

水脈に沿って下って来たは良いものの、小金井の姿を見つけることができず、

は一人焦っていた。

流れが大分緩やかになってきているため、陸に打ち上げられている可能性がないわけではない。

注意深く見てはいるものの、それらしき人影は残念ながら見当たらなかった。

あとから水鏡や風子も追って来ているだろうと予想はつけているものの、

そんな二人とも合流できず八方塞がりの状態だ。



―もう少し下流まで行ってみようか。



気を取り直し、はまた下流へと駆け出した。












ふと、何かが聞こえたような気がし、足を止めて辺りを見回した。



「――悲鳴……?」



しかしそれらしい人の気配は感じられない。



―少し離れたところに、誰か居るのかもしれない。



はそう当たりをつける。

敵であれ味方であれ、今は少しでも情報が欲しいところだ。

深呼吸をし、耳に神経を集中させた。

すると、微かな爆発音が今度はしっかりと耳に届いた。



―間違いない。誰かが戦闘してる……!!



聞こえてきた方向を大まかに予測し、は全力で駆けた。












「ひっ、ひどい!! 助けてえーっ!! いやーっ!!」


「な、なに……?」



聞こえてきた野太い悲鳴には表情を引き攣らせて足を止めた。

その声に聞き覚えはなく、恐る恐る辺りに敵がいないことを確認しつつも物陰に身を寄せ、

その発信源はどこかと視線を巡らせる――



「――薫くん!!」



は、川岸に立ち笑顔で敵と思われる物体に手を振る小金井の姿を見つけた。



「え……?ああっ!姉ちゃん!!」



名を呼ばれ、振り返った小金井はの姿を目に留めるとパァッと表情を輝かせた。

子犬のように嬉々として駆け寄って来た小金井を笑顔で抱き留め、

は小さく安堵の息を吐いた。



「薫くんが無事でよかった……」


姉ちゃんも!俺のこと追いかけてきてくれたんだねっありがとう!」



そんな嬉しそうな小金井を前に、はわずかに表情を曇らせた。



「約束、守れなくてごめんね。怖かったでしょう?」


「ううん!こうして追っかけて来てくれただけで十分だよ!ところで風子姉ちゃんと水鏡は?」



その問いには首を小さく横に振った。



「ごめん、わからないの。私は薫くんが落ちてすぐ飛び込んだから予想になっちゃうんだけど

 ……向こう岸の奥の方から敵の気配がしたから、もしかすると足止めされたのかもしれない。

 後から追いかけて来てくれてるだろうけど、かなり流されてきたから

 二人を待っての合流は正直難しいと思うわ」


「そっか……」



少しだけ寂しそうな表情を見せた小金井に、は申し訳ない気持ちになる。



「ごめんなさい」


「ううん謝らないでよ。

 どうせオレ一人じゃ不安だったし、姉ちゃんと合流できただけでも本当によかったよ!

 ともかくっ、気を取り直して前に進まなきゃね!あの二人ならきっと大丈夫だろうしっ」


「そう、だね……うん。二人とも強いから、大丈夫だよね」


「そうそう!そんじゃあ行こっか?」


「うん!」



二人は顔を見合わせると、気合いを入れ直し洞窟の奥へと足を進めた。

道中、色々な話題に触れつつ歩いたが、敵に遭遇することもなく時間だけが確実に過ぎていく。



「随分広い所に出ちゃった。道……合ってるのかなァ、これで」


「何とも言えないねぇ……地図でもあれば楽なのに」



方向が一切わからないこともあって、二人は手探り状態であった。

敵に遭遇しないことを考えると、逆走してる可能性もある。



「うおーっ!?なんだよォこの門!! 重くて開かないよぉ!!」


「また鍵とか必要なのかな?それか単純に土門くん並の力が必要なのか……」


「俺たちじゃどうしようもできないね」



―行き止まり、というわけではない。

と小金井が来た道とは別に何本かの道があり、ここが一つの合流地点となっていた。



「運が良ければ、誰か来るかもしれない。ちょっと休憩しようか」


「うん……みんな大丈夫かな」


「みんな強いのは確かだよ。あとは信じるしか……」



二人は肩を並べて、ズルズルと門の前に座り込んだ。言い知れぬ不安のせいか、

微妙な沈黙が二人を包む。



「ねぇ、姉ちゃん。聞いてもいい?」


「なに?薫くん」


「……紅麗のこと」


「紅麗さま、の?」



今まで会話の中で出てこなかった――いや、あえて避けていた名前の持ち主が出てきたことに、

は軽く目を見開いた。



姉ちゃんはさ、昔から紅麗のこと知ってて、ずっと慕ってるんだよね。どうして?」


「どうして、って言われても……」



あまりにも直球な質問なだけに、は解答に困った。

脳裏を過ぎったのは、裏武闘殺陣・最終戦前の一幕。



「俺さ、紅麗のこと信じてたんだ。ホントの兄ちゃんみたいに思ってた。

 でも知らないところで酷いことを沢山してて……

 俺の知ってる優しかった紅麗がどこにも見つけられなかったんだ。でも、それでも俺……」



―最後に見せたあの顔が忘れられない。



「信じていたいんだよね?」



小金井の気持ちを代弁するようにはぽつりと言った。

二人が紅麗に向ける感情はとても似ていた。

むしろ身内としての情は小金井の方が強いかもしれない。



「私も一緒。紅麗さまを信じられないことが何回もあった。

 それこそ裏武闘殺陣のときだって何回もね」


「それでも、姉ちゃんは……」



「信じてる。紅さまと磁生さんが側に居る間は、何があっても信じられる。

 最後まで着いていくって決めたの」


「何で――」



真っ直ぐに言葉を紡ぐとは対照的に、小金井はその瞳を揺らした。



「紅麗さまの本音に気づいたから、かな。気づかせてもらったの」


「紅麗の本音?」


「そう。それがすっごくわかり難くて、私もジョーカーに教えてもらっちゃった」


「ジョーカーに……?」



意外な名前が出たことに、小金井は目を瞬かせた。

はクスリと笑うと、裏武闘殺陣での出来事をかい摘まんで話した。

大きなお世話かもしれない。

むしろ知られることを紅麗は望まないだろう。

それでも、は小金井に伝えるべきだと思った。



「大丈夫。紅麗さま、今でも薫くんのこと大切に思ってるよ」


「っ、姉ちゃん……俺っまだ、紅麗のこと――」



―信じていてもいいかな?



「一緒に、信じていようよ」



微かに嗚咽を漏らし、目を擦る小金井の背をは慈しむように優しく撫でた。



―紅麗さま……



未だ消息の掴めない、大切な主の名を心の中でそっと呟いた。



「へへっ、何だか恥ずかしいとこ見られちゃったな」



テレたように笑う小金井にも穏やかに笑い返す。



「そんなことないよ。私が薫くんの立場だったら、きっと同じだったもの」


「えへへっ、ありがとう」



それから少しの間、二人はお互いの知る紅麗の事ををポツポツと話した。



「――でさぁ、紅麗ったら酷いんだよ!『すまない忘れてた』って」


「忙しかったのかな? 随分、うっかりしてたのね」



身振り手振りで話す小金井に、はクスクスと笑いながら相槌を返す。



「泣いて抗議したら『今度は忘れない』って約束してくれたんだけどさー。

 あん時は本当にショックだったよ……」


「紅麗さま、私生活でうっかりすることもそうだけど、

 ああ見えて意外と泣き落としに弱いものね」


「そうそう!本当に無理な時は効かないけど意外な弱点だよね!」



―決して悪口ではないはず……だ。

紅麗相手に弱点というのもおかしな話だが、慕うがゆえの会話だ。他意はない。

本人が居れば燃やされそうな内容を話していると、二人は急に押し黙った。



「――誰か居る」


「敵かな?」



息を潜めて気配のする方向へ視線を送り、動向を伺う。



「数は、二人……」


「向こうも気づいたみたいだね」


「一人は相当強いみたいだけど……」


「俺が行く」



が言う前に小金井が言い切り、座っていた門から距離を置くと小金井は飛び出した。

同じく飛び出して来た人影は――



「「…………」」



小金井の前でピタリと動きを止め、小金井も同じく動きを止めて固まった。



「れっ、烈火兄ちゃ……烈火兄ちゃぁあああぁん!!」


「小金井ィいいぃいぃいいっ!!」



聞こえてきた声と名前には慌てて駆け寄った。



「は、花菱くん!?」


「えぇ!? 薫くん!?」



同時に顔を出したのはと柳は、ハタリと目が合った。



「っっっちゃぁあああん!!」


「え!? あっ、柳ちゃん!! 無事だっ――」



勢いよく抱き着かれたは一瞬息が詰まったが、押し倒される一歩手前で踏み止まった。



「柳ちゃん……」


「生きてたんだねっ、本当によかったよぉーっ!!」


「柳ちゃんも、無事みたいでよかった」



涙を流し喜びを露にしがみつく柳に、は落ち着かせるように微笑んだ。

軽くデジャヴュを感じつつ、そのまま頭を撫でようとするが――思い留まった。

一瞬、表情を苦しげに歪めると触れることなく手を降ろした。



「さすがはカオリンとだな!!」


「花菱くんもさすがだね。合流できて本当によかった」


「ねっねっちゃん、水鏡センパイと風子ちゃんは?」



嬉しそうにの袖を引く柳には少し迷って答えた。



「私と薫くんは地下水脈で流されて、途中ではぐれたの。そっちでは会ってないみたいだね」


「土門兄ちゃんは?」


「土門はガケから落ちちまった。

 鉄丸使ってたから平気と思うけど、今のところ合流できてるのはこの四人か……

 もう少し待って――」



小金井の問いに烈火が答え、これからの動きを口にしようとした。

しかしそれは、第三の人物の登場によって打ち壊される。



「無駄ねっ」



第三の人物――敵と思われる女の声に四人はそちらを振り返った。



“無駄”の指す意味とは――いったい……?













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