ACT62:グットラック
「――ジャーンケーン……ポイッ!!」
掛け声と共に7人はそれぞれグーとパーを出した。
グーが左、パーが右へ進むこととなるのだが――
―少し、戦力のバランスが悪いかな。
は両方の面子を確認すると、僅かに表情を曇らせた。
グーを出したのが烈火、柳、土門の3名。パーを出したのが風子、小金井、水鏡、の4名。
―できれば柳は人数の多い方へ組み込みたかった。
戦えない者がいる分、守りに割く戦力を換算する必要がある。
もちろん、非戦闘員を狙うような輩でなければ問題はない。
しかし現状、それを望むのは厳しい話だろう。
そう考えると実質戦えるのは一人。
裏武闘殺陣の経験から一対一は慣れているだろうが、相手が必ずしも一人とは限らない。
戦闘スタイルを見ても偏りがあり、の居る方はスピードタイプばかりで、
敵によっては分が悪いのは明らかだ。
可能性ばかりを述べていては埒があかないが、慎重にいくべきなのは言うまでもない。
「仕切直した方がいい」と、そう話を切り出すべきだった。
……しかし、柳にそれを伝えるのはどうにも気が引けた。
――烈火と一緒のチームに入れて嬉しそうな顔を見てしまったから。
柳の命に関わることなのだから、根本的にそのようなことを気にしていてはいけないのだろう。
だが、が言い出せない理由はそれだけではなかった。
―心の底にある淡い恋心。
柳と水鏡が両思いであれば、早々に諦めもついたというのに。
柳に優しい表情を向ける水鏡を見ていたくないという傲慢な嫉妬心が沸き起こる。
平行する友情と責めぎ合い、ジレンマに陥っていた。
――柳を守りたいはずなのに生まれる矛盾。
その心の内から目を背けるように、拳を握りしめて黙り込んだ。
「――駄目だ!!」
突然響いた静止の声にビクリと肩を震わせた。
叫んだのは土門。
その顔は普段からは考えられないほど真剣で――
「俺は風子様と同じが……」
「ワガママぬかすな!!」
言いかけの土門に、最後まで言わずともオチに気づいた風子の跳び蹴りが綺麗に決まった。
「ろくでもないな、土門兄ちゃん……」
その光景に小金井が呆れて呟いた。
も表面では苦笑してみせが、本当は、自分の心に正直な土門が羨ましかった。
口を噤み黙り込むしかできなかったは、自分が卑怯に思えてしょうがなかった。
―柳ちゃん、私はやっぱり……貴女の友達でいる資格はないのかもしれない。
うなだれるようには首を下げた。
「よし!オレらは左に行く!迷うんじゃねーぞ、てめーら!」
「なに言ってんだい、一番の方向オンチが」
烈火の言葉に対し、小金井が戯れにツッコミを入れた。
「いつまでも泣いてんじゃないよ、土門!今度会えたら頭ナデナデしてやるからさ!」
「ナデナデだけじゃヤダ……」
風子が慰めにご褒美を提案すると、土門は涙を流しながらもそれ以上を要求する。
しかしそれは風子本人によって黙殺され、話は烈火へと振られた。
「……烈火、柳とエッチな事すんなよ?」
「せん!!」
ニヤニヤとした顔で釘をさす風子と、顔を赤く染め即否定する烈火。
この緊張感の無さは、最早火影ならではだろう。
他のメンバーも慣れたもので、すでに各自で表情を引き締めていた。
「じゃぁな!また――」
「会おう!!」
名残惜しくも二手に分かれ、一行はそれぞれの道を進む。
先を歩く風子に続いて小金井が進み、その後ろを水鏡とそしてが追うような形で歩いていた。
「――凍季也」
「なんだ?」
意を決しては声を掛けた。
「聞いてもいいかな」
「僕に、か?」
水鏡は意外そうな表情でを振り返るが、あっさりと首を縦に振った。
「貴方なら、てっきり仕切直しを提案するかと思ってたんだけど……」
「ああ、そのことか」
納得した顔で頷いてみせた水鏡。
一方で、はその様子にどこかホッとしていた。
「シャクだが、烈火が側にいるのなら大丈夫だと判断したんだ」
「花菱くんが……?」
水鏡の口から出されたにしては、意外過ぎる言葉だ。
目を瞬かせたに、説明するように言葉を続けた。
「こうして分かれたあとも、僕たちが合流できる確信があるのも理由の一つではあるが、
烈火ならば守り抜くだろうという根拠のない自信が理由さ。
ほぼ勘と言ってもいいが、不思議と不安はなかった」
あまりにもらしくない発言に、は思わず口をポカンと開けた。
驚きのあまり言葉が出てこなかった。
それはもちろん、烈火が柳を守り抜くことに対してではない。
直接的にこそ言っていないが、遠まわしに烈火へ信頼を寄せていることに対してだ。
「仕切り直しを考えなかったわけじゃない。
ただ、今後も不利な状況に立たされることは少なくないだろう。
毎回最善を選択できるわけではない。だからこそ、任せてみようと思ったんだ」
「……今後を見越しての選択だと言うの?」
「そんな立派なものではないさ。
どんな逆境にも乗り越えることのできる烈火の可能性に賭けたんだ」
「可能性……」
「まあ、どちらにしても今回は烈火や土門もいる。決して最悪ではないさ」
そこには裏武闘殺陣を経て築かれた見えない絆があった。
にはない、チーム火影が築いてきた信頼の証。
「私は、ね。本音を言えば仕切直しをすべきだと思ったの。でも結局……言い出せなかった」
柳のためを思った言葉が、本当に柳のためであるのか。
それを疑った時点で、選択肢などないも同然だった。
「私の選ぶ道は、いつも柳ちゃんを守りたい気持ちと矛盾するの。
土門くんみたいに、素直には言えない……」
「土門は土門、はだ。
第一、土門は考えが単細胞なだけであって、戦略的考えがあってのことじゃない。
あまり、自分を責めるような考えにばかり囚われるな」
水鏡の言葉には小さく笑って返した。
けれど、内心ではその優しさがズキズキと痛んだ。
が気にかけているのは柳だと、そう思っているはずだから。
この醜悪な一面を知られたくなかった。
―凍季也だって本当は、柳ちゃんと一緒がよかったんじゃないの?
その言葉を飲み込んだ。
すると、先頭を歩いていた風子が突如大きな声を上げた。
続いて小金井も「うわぁ……」と感嘆するような声を上げる。
「なーんで地下に川があんのよォ!!」
「地下水脈というヤツだな」
「……流れ、結構速いね」
「落ちたらヤベーや」
4人が進んだ先には、思いも寄らず地下水脈に繋がる道だった。
近づくにつれ――ゴォォォ……という地響きのような音が
大きくなっていることに気づいていたが、まさかそれが地下水脈とは予想していかなった。
「はじめて見た……」
山育ちで自然に馴染みのあるもはじめて見る。
まじまじと覗き込み、場違いながらも自然のすごさを純粋に実感していた。
小金井の言う通り、落ちたら一溜まりもないだろう。
しかし行き止まりというわけではない。
川の流りはキツイが、点在する岩を利用し渡れないわけではない。
今の4人に立ち止まるという選択はないのだ。
「……進むしかないっしょ!!」
気合いとともに風子が跳躍した。
身軽に岩を蹴っていき、あっという間に向こう岸へと着いてしまった。
「はよ来ーーいっ!! みーちゃん!カオリン!!!置いてっちゃうぞーっ!」
「もう来てるが……」
「ぉわぁぉ!? 驚かせんな、アホみー!!」
風子のすぐ後に、同じ考えに行き着いたのだろう水鏡はすでに渡り終わっていた。
さすが俊敏さを活かしたメンバーなだけに、難無く渡ってしまえるらしい。
―ここでの問題は一先ずなさそうだ。と、も安堵の息を吐こうとしたが……
「薫くん……?」
の隣りにいる小金井の様子がどこかおかしい。
「固羅!! あんたらもく・る・の!!」
「う、うん!わかってるよ、風子」
「風子姉ちゃん……」
返事をするとは対照的に、顔を上げた小金井の表情は今にも泣き出しそうだった。
「オレ、泳げないんだ」
「…………」
数秒の沈黙が4人を包み込んだ。
まさかのカミングアウトに、絶句するしかなかったというのが正しいだろう。
「え、えっと……じゃぁ、私が抱えて渡ろうか?」
「ホント!? 姉ちゃん!」
苦肉の策としてが提案すると、小金井がパアッと表情を輝かせた。しかし――
「却下だ」
「何で!?」
「の手を煩わせるな」
「わ、私は別に……」
「ダメだ」
水鏡が即座に反対した。
理由を聞こうにも有無を言わせぬオーラがあり、反論する隙さえ見つからず3人は押し黙った。
……気まずさを漂わせつつ、事態は思わぬ形で膠着状態に陥った。
Back Menu Next