ACT61:守ると決めた強さの証






 「君達の持っているそれは魔導具だね?」


「お願いだ。その力で、我らを楽にしてくれ――」


「まだ年端も行かぬ君達には、辛い事だとわかっている。しかし……」


「オレ達は『死』という自由が欲しい!!」


「魔導具の力なら、きっと魔導具の呪いも断ち切れる!頼む!!」


「殺してくれ!!!」



自由という甘美な響きに囚われ、絶望を繰り返してきた彼らは、

目の前に降って湧いた可能性に必死になって縋り付いた。

しかし、なんと残酷な言葉だろう。



「烈火くん……」



柳が蚊の鳴くような弱々しい声でその名を呼ぶが、特に烈火や風子、土門の動揺は著しい。

―当然だ。

彼らはついこの間まで普通の高校生だったのだから。

“何もしてあげられない”柳のその一言と彼らの望みを聞き、は心を決めてた。

―自分にしかできないことをしようと。

それは、少し哀しい決断かもしれない。

けれど、あくまでも自分の価値観から行動に起こすと決めたのだ。



「――私がやるわ」



“侵入者の排除”それは例え薄汚れていようと、

火影の血を引く者として果たすべき責務だと。

元々、彼らは盗賊として彼らはやってきたのだから。

長い年月をこのような所に閉じ込められ、苦しみ続けた彼らという存在。

それは天堂地獄だけのせいではなく、火影の業がもたらした罪だ。

つまり、見方によってはその償いをすべき立場にある。



「縛る器を失えば、魂も黄泉路へ旅立てるでしょう」



―せめて彼らの望み通りにしてあげること。

忌むべき存在であろうと、それが火影の血を引く者として今この時に、

ができる唯一のことだと思ったのだ。



「っ、ちゃん!?」


「花菱くんたちの手を血で染めさせたりしないわ。大丈夫。

 三人増えても私が人を殺した事実は変わらない。だから――」



―優しいあなた達に、殺人という重たい罪を背負わせたりはしない。

すべてが終わったあと、優しい彼らはきっと罪の重さに苛まれるだろう。

余計な遺恨は残さないに越したことはない。



駄目だ!!」


「……これ以上苦しまないように一瞬で終わらせます。

 みんなはできれば、目を閉じるか後ろを向いてて。耳も、塞いでくれると助かるな」


「っっっ!!」


「……ありがとよ」


「礼はいらない。私も……謝らないから」



―ごめんなさい。とは口にしない。

謝罪する理由はいくつかあるが、言わない理由はたった一つ。

が背負っていくべきモノを忘れないため。



「貴方たちの生きた証、私が責任を持って背負っていきます」


「やめてっ、ちゃん!!」



左腕の魔導具に力を込め、前へ突き出そうとする。

しかし腕は上がることなく、別の手により引き止められた。



「――待て、。僕がやる」


「凍季也……?なに、言って――」


「君に人殺しをさせるつもりはない。下がれ、



有無を言わさぬ声に、は困惑の色を隠せない。



「下がれって……ダメよ、私だって貴方に人殺しをさせるつもりはない!!」


「自分がどんな顔をしているか気づいていないのか?」


「え……?」


「ともかく、ここは僕に任せてくれ」



追い縋るの言葉を聞き入れるつもりはないらしい。

を抑えている手とは反対の手で閻水を正面に構え、躊躇なく技を放った。



「っやめて!凍季也!!」


「やめろ!! やめてくれ、水鏡!!」



と烈火の制止する声が同時に響いたかと思うと、

包み込むように膨らんでいた白い光が辺りに散った。



「――なっ、これは!」


「……氷紋剣」



は驚愕の表情を浮かべ、ポツリと言った。

他の面々も驚きに目を見開き、半ば呆然と目の前にある光景を見入った。



「氷紋剣、絶対零度――しばらくの間、苦しみを忘れ眠らせてやるんだ。

 僕たちが天堂地獄を破壊することができたなら、きっと彼らの呪いは解かれる」


「……そうか!麗(幻)の試合で、ちっこい砂時計に閉じ込められてた瑪瑙の親父も、

 幻獣朗が持ってた『夢幻』壊したら元に戻ったもんな!!」



―例えるならそれは氷の棺。

暗愚な死ではなく眠りを与え、あくまでも天堂地獄からの解放という希望を彼らに残した。

無論、解放されたとて彼らの体は人としての限界を超えているため、

待っているのは死だろう―― けれど“人”として逝ける。

天堂地獄に握られていた魂が自分だけのものとして還ってくる“本物”の解放だ。

それこそ水鏡にしかできない“最善”の方法。

それを目の前で見せつけられた。



「……もう少しだけ我慢してくれな。約束する。

 お前らの魂、必ず浄化してやる。天堂地獄を―― ブッ壊す!!」



“天堂地獄”がなんなのか。全貌はわからない。けれど決意は固まった。

それがなんであろうと、壊す決意。



「――さあ、行こう」



表情を一新に引き締め、前へと歩み出す一行。

一人一人が、氷塊の中にいる彼らのをことを脳裏へと焼き付けた。



は目の前にある背中を見つめていた。

―役に立たなかった。などと言ったら、怒られてしまうだろうか。

眉尻をわずかに下げると小さく息をついた。

人にはそれぞれ出来ることと出来ないことがある。

今回の場合は、水鏡が一番適材だったというだけの話で、に落ち度はない。

けれど先に啖呵を切って殺そうとしていたのもあって、

少し……いやかなり情けない気持ちになった。

自分のために動いてくれた、などと思うのは自意識過剰だろう。

庇ってくれた優しさはとても嬉しかった――勘違いしてしまいたくなるほどに。

しかし同時に、出来るだけ手を煩わせてはいけないと自制心が働く。

守られること。それは嬉しくもあり、恐くもあることだから――

はその思いを胸の中へそっと閉まった。

今はそんなことを考えている場合じゃない、とそれ以上深く考えることをやめた。



「――別れ路だ」



まるでこの先を暗示するような岐路のようだ。

が迷っている暇など、向こうが与えてくれるはずもない。



「どっちに行こーかねぇ」


「ジャンケンで決めんべよ!」


「こんな大事なこと、そんなんで決めんなタコ!」



迷いを見せる面々。

土門が切り出した案を烈火が切って捨てた。

この場合、どちらに行くべきか迷うところだが、答えは決してそのどちらかだけではない。



「――両方行くんだ」


「みーちゃん」


「僕達はすでに中に入っている森よりも早く天堂地獄を見つけ、

 それを壊さなければならない!」



“天堂地獄”その言葉に全員がピクリと鋭い反応を見せた。



「全員で間違えた道を戻る時間はない、ということね?」


「ああ。二手に分かれ、少しでも時間のロスをなくす」


「そうだね。迷路は壁づたいに歩けばゴールへ辿りつけるって聞いたことがあるし……」


「最終的にはまた合流できるはずだ」



しかし行き止まりであろうと、まず間違いなく両方に敵が待ち構えているだろう。

戦力の分散は、柳を守る上で避けたいところだが迷っている暇はなかった。



「よ、よし!チーム分けだ!」


「はい!ジャンケンがいいな」


「こんな大事なこと、そんなんで決めんな!!」



柳が先程の土門と同じくジャンケン案を出したが、今度は却下された土門が却下し返した。

すると……



「ジャンケンでいいじゃねぇか、ボケ!!」


「殺すぞ!」


「死ね!」



土門に怒られ泣き出した柳のすぐ側で、

烈火と水鏡の二人から理不尽なリンチにあうこととなった土門。

その光景を横目に、風子が呆れたように呟いた。



「何かが間違ってる……」



一方、泣いている柳を慰めるようにその背を優しく擦っていた

騒いでいる3人を柳の視界から隠すと、安心させるように微笑んで告げた。



「柳ちゃんが言うなら、私もジャンケンでいいよ」


ちゃん……!」


……」



―ブルータス、お前もか。

風子のその目は確かにそう訴えていた。















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