ACT60:巡る因果と潜む陰





 進めども進めども、罠罠罠。

下へ下へと進むほどその空間こそ広くなっていくが、その分、

落下物、落とし穴、遮蔽物などが広範囲渡って所狭しと仕掛けられている。

さすがは火影の民と賞賛すべきだろうか。

並のものでは到底潜り抜けることはできない罠の数々。

始めはその徹底ぶりに感心していたが、それがしつこく長々と繰り返されれば、

もはやそれを通り越して面倒臭いものとなっていた。



―よくもまあここまで仕掛けたものだ。



火影のメンバーもいい加減にしろとばかりにウンザリとした顔をしながらひたすら前へ進む。

『前に進めば何かある』それがわかっているため、

意表をついて嵌めることを目的とした罠の効果も半減だった。

侵入者の体力と精神力を削ることに重点を置いたのかもしれないが……事実は定かでない。



そして、それもようやく終わりを見せはじめた頃。

先頭を行く烈火が勢いよく振り返り、元気よく声を上げる。



「迷子になった奴はいねぇだろーな?点呼するぞっ!! 1」

「2!!」

「3っ」

「4!」

「5……」

「6っ♪」



火影の面々がテンポよく答える光景をぼんやりと傍観していると、

何故か周りからはジッと見られる。

訳が分からず近くにいた水鏡を見上げると――

「とりあえず言っておけ。あいつらは面倒な上にしつこい」

などとこれまた意味のわからないことを言われた。

困ったは、正面にいる柳に視線を泳がせる。

すると、指で数字の7を示しながら口パクで『ちゃん、7だよ7!』と主張していた。



「……えっ、あっ、7?」



戸惑いつつ、が数字を口にした。



「よし!っと……あれ、ジョーカーは?」

「そーいや、誰も見てないんじゃない?」

「もしかして、はじめからこの中に入ってなかったとか……」



―て、点呼のことを言っていたんだ。



まさか自分が数に数えられているとは思っていやかったので、うっかりしていた

なんだかなぁと苦笑を浮かべるが、その目には無意識に穏やかな色を宿していた



「ねっねっ、ちゃんは何か知ってる?」


「あー……その、ジョーカーは入り口でやることがあるから残る、

 みたいなことを言ってた?かもしれない……」


「ホントか?」



訝しいげに問われても「多分」としか答えることができない。

何せ相手はあのジョーカー。

残った意図はこちらの事情からうっすらと察してはいるが、

それを彼らに公言するのは憚られた。

なのであえて事実と憶測、少しの嘘を織り交ぜ、濁して伝える。



「案外、気分でやっぱやめたとかありそうだな」

「やりたくないことはやらない性格っぽいからなあ」

「ほっとけほっとけ」



結局、気にするだけ無駄だと結論付け、迷わず先へと進んで行くことにする火影一行。

そんな様子からジョーカーに対する評価が何となく窺える。

不真面目でいて気分屋、といったような認識だろう。

そして今回のことでまたその評価は下がったに違いない。

半分は自業自得であるが、は少しだけ同情した。



「しかしよぉ『天堂地獄』ってどんな魔導具なんだろうな。

 最凶最悪ってみんな言ってるけどよ、どんなふうにだ?どんな力を持ってるのか、

 まったく誰も知らないんだぜ?」



尤もな話、未知の敵に不安が拭えないのは確かだ。

紅麗の館へ無鉄砲に突入して行った時とは、戦いに対しての姿勢が違う。

それは明確な覚悟の差だろう。



「……俺にもわかんねぇ。ただ、あの虚空があそこまで恐れる……――」

「――誰!!?」



複数の気配を感じ取った一同は直ぐさま警戒態勢をとった。



「グ…ウゥ……」

「カ……ア……」


「きゃあああぁあぁぁ!!!!」



洞窟内に柳の叫び声が恐怖に比例するように反響する。

その目に飛び込んできたのは、かろうじて人型を保つ腐敗した“何か”

裏武闘殺陣を経て人ならざる者に対する抗体がある程度できている彼らだが、

生きているのが不思議なほど変わり果てたその姿はあまりに異様に映って見えた。



「なんだァ!?このゾンビ集団!!」

「封印の地を護る化け物か!?」

「邪魔はさせないよ!!」



騒然としながらも一番早く立ち直った風子が先手を取って駆け出した。

その判断力の速さは決して間違っていない。しかし……



「どうした、風子?」

「こいつら、敵じゃない」



目の前で急に立ち止まると困惑した表情で振り返った。



「こ、殺して……」

「オレ達を殺して…くれ……」



聞こえて来たのは生きることに疲れた悲しい声。

年月を経て剥き出しになった目は暗く濁り、その絶望をひしひしと伝えてくる。



「貴方たちは、一体……」



変わらず警戒をしつつも、彼らの言葉の意味を量りかねたが神妙に問い掛けた。



「オレ達は、元々盗賊だった」

「今でこそこんな醜い姿の化け物になっちまったけど、ちゃんとした人間だったんだよ……」


「ウソだろ……?」

「なんでそんな姿になっちまったんだよ」



人間が腐敗した状態で生きながらえるなど、通常では考えられないことに

唖然とする烈火と土門。

しかし生きる屍と化した彼らは、搾り出すような声で「天堂地獄」の名を口にした。

その力の片鱗をこのような形で知ることになろうとは思ってもみなかったは、

出てきたその名にすかさず反応を示す。



「その姿で生きていられる原因は、天堂地獄にあると?」

「ああ、この封印の地の最奥に眠っているあの魔導具の呪いで、オレ達は死ねなくなったんだよ」

「どれほどの月日がたっているのかはわからないが、気の遠くなるほど昔、

 オレ達はここに入った……」



の憶測は間違っていなかった。

歴史上、火影が滅びた後のことではあったが、

この元盗賊のゾンビたちも『最強』の魔導具を求めてここへやって来た者たちだったのだ。



―しかしなんと残酷な話だろう。

天堂地獄の全容が未だ不明なだけに、ゾッとしない事実。

その力が一体どれほどのものなのか、想像するだけで嫌な汗がジワリと滲む。



『愚かな者達よ。主等に我を手にする資格は無い!!

 “選ばれし者”のみが我の力を所有できる!』



天堂地獄自身が言ったという台詞。中でも気になるのは“選ばれし者”という言葉。



―深読みが過ぎるのはよくないと思う。

しかし、万が一の可能性がないとも言いきれない。

グルグルと頭の中に巡る嫌な予想。は小さく頭を横に振ってそれを隅に追いやった。



「オレ達は時間の流れで死にゆく事を奪われた」

「……入り口は固く閉ざされ、光も忘れた。死んでいった仲間達を羨ましく思った」

「何度も自殺を試みたがダメだった。肉体をいくら傷つけてみても魂は消えぬ」

「痛みだけがいつまでも残り……乾き、餓え、それでも―― 死ぬことができない」

「……天堂地獄の、せいでな」




火影のメンバーは、切々と紡がれる悲痛な言葉に言い知れぬ痛みと苦しさを感じていた。

直に伝わってくる重さに、何と言ったらよいかわからないのだ。

いくら探しても返す言葉が見つからない。

しかし責を切って、その硬直状態から一歩前へ足を踏み出す者がいた。



―柳、ちゃん……?



何をするのかと思いきや、向かいに立つゾンビの一人へ躊躇することなく抱きついた。

そして言葉を紡ぐ――



「今まで……辛かったよね。苦しかったよね。でも私には、何も……何もしてあげられない」


「……あんた、こんな臭くて、汚いオレ達を抱いてくれるのか……?

 こんな化け物のために……涙を流してくれるのか……?」


「優しい心、温かい心……ああ、やっぱり人間て、いいなあ……」



死なない、死ねない。生への絶望。死への憧憬。

本来ならあってはならない矛盾した思い。

すべての原因が天堂地獄というなら、それはそれを生み出し消し去ることができなかった、

“火影”の罪

安易な気持ちでこの地に足を踏み入れた彼らに非がないとは言えない。

当然、盗賊というからにはそれなりに犯罪にも手を染めていただろう。

だからかもしれないが、は柳ほど彼らのことを親身に思いやってやることはできなかった。

可哀相だとは思う。同情もする。

けれど……それだけ。

何かしてやれることがあったら、してやるかもしれない――あくまで責任感からだが。

しかし、何もできないことを謝ったりはしない。

には考えもつかなかった言葉だ。



柳との違いを痛感する。

けれど、自分が柳のようになれないことなどわかりきったことだった。

だから――もう、時効にしよう。

は左手首に装着してある鉄鋼線舞にそっと触れると、意を決した眼を真正面に据えた。

















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