ACT59:意志の証明
木々が生い茂る森の奥深く。
そこに、火影一行と・ジョーカーはいた。
日が沈み、視界の暗さと足場の悪さに苦戦させられながら、道なき道をひたすら進む。
「うわー……でっけえ木!!」
烈火が傍らに生える御神木を見上げて感嘆の声を上げた。
見るからに樹齢は高そうだが、如何せん今気にすべき事はそこではない。
「どこに森達はいるんだ?」
「おーい、ジョーカー!ホントにこんな山の中に、天堂地獄があるのかよ」
その疑問は最もだろう。
とてもじゃないが、そんなものが隠されているような雰囲気のある場所は見当たらない。
呑気な空気が漂うためか、夜ではあるがまるでピクニックだ。
そんなこんなで、どうも緊張感がないせいか暇そうに欠伸までしている者もいる。
「“場所”はあってるはずよ」
「正確には、まだここやないんや。もう少し―― 時間経つの待っとってください」
「もったいつけてんなあ」
待つのに飽き始めた烈火がイラついて舌打ちをする。
急かしたのはたちなのだから、待たせてしまっていることに対しては申し訳なく思う。
ただ、入り方を実際に目で見て知っているのはジョーカーだけであり、結局は任せるしかないのだ。
しかし、そんな空気を打ち砕くように、柳のマイペースな声が響く。
「ねぇねぇみんなーっ、ほらっ!キレーなお花!」
「あーっホントだねーっ、姫!」
笑みを浮かべて振り返った柳を、先ほどまで不機嫌だった烈火がコロリと態度を変えて対応した。
そんな光景を微笑ましく思い見守る反面、暇を持て余してしまっているのも事実だ。
「ハイキング気分だな。おい。
これから敵の待つトコへ乗り込むってに……つーか、なんで柳連れてきたんだよ」
呆れて文句を言う土門だったが、そこにすかさず水鏡が訂正を入れる。
「勘違いするな、ゴリラ」
「あのね、土門くん。森光蘭があくまでも柳ちゃんを狙ってることを忘れてはダメよ?」
キツイ水鏡の物言いに付け足して、が諭すように言った。
「奴が天堂地獄を手に入れるか、僕たちが壊すか……
どちらにしても次は確実に柳さんを狙ってくるだろう」
「いざという時、守れる人が傍にいた方が柳ちゃんにとっては安全なのよ」
同行している理由はつまりそういうことだ。烈火が柳と一緒にいたいからだとか、
戦えない柳が仲間外れになるからだとか、そんな単純な理由では決してない。
そういう思いが全くないというわけではないが、大義名分を間違えてはいけない。
「柳ちゃんを守るためだけに、少ない火影の戦力を分散させるのは効率的ではないわ」
「それに一人ないし二人程度残していったとして、
多勢に無勢で来られては意味がないんだよ、ゴリラ。
同行してもらうことで、僕らの誰かが直接的に彼女を守れる状況を作るのさ。
わかったかい?ゴリラ」
馬鹿にしたような視線を受け、ゴリラと連呼された土門はしょんぼりとへこんだ。
「水鏡……おまえ、オレの事嫌いだろ?」
―いや、ただの八つ当たりでしょう。
は気の毒そうに土門を見た。
そう、待たされることに焦れているのは烈火だけではなかった。
若干不機嫌だった水鏡が幾分かスッキリした表情ををしていたのに気づいたのは、
奇しくもだけであったが……
「――時間や。嬢ちゃん、魔導具の核貸してくれまへんか?」
時計を見ていたジョーカーは急に立ち上がると、を振り返った。
「いいけど、何に使うの?」
形儡の核を手渡しながら、その動向を不思議そうに伺う。
「まあ見とって下さいって ―― 開け!!オープン・ザ・ドア!!」
核を人工的に造られたような溝に嵌めると、ジョーカーが一点を指さし叫んだ。
「……えっと」
「ジョーカー?」
「ナニも出てこねーじゃんかコノヤロー」
もったいつけるだけもったいつけて不発という始末に、烈火の堪忍袋がブチリとキレたようだ。
「そ、そんなハズはっ!?」
されるがままに蹴り倒されたジョーカーは必死に弁解をする。
「確かに見たんやけどなぁ〜っ、森さんが魔導具の核木に差し込んだところ!
あそこの岩壁がグォーって割れて、穴が出てきたんや!」
現状に一番焦っているのは、ジョーカーに違いなかった。
烈火たちを謀る必要など全くないため、目にしたことを違うことなく実行したはずだった。
にもかかわらず“開かない”焚きつけた責任も合い余り、わかりませんじゃ済まされない。
一方、腑に落ちない点はいくつかあるが、ジョーカーの話を受けて
他の面々も冷静になり考えるそぶりを見せた。
「それだけのための魔導具が必要なのかな?カギみたいな魔導具」
「だったら入れないぞ!?」
風子が可能性の一つとして“カギ”を口にしたが、
それが本当だったとするとすべてにおいて手遅れを意味する。
―こんなところで躓いているわけにはいかない。
しかし、スタート地点にも立てないかもしれない。
自然、誰と言わずともつき合わせている表情には焦りが見え隠れし始めた。
「……いえ、違うわ。そんな魔導具は、ないはずよ」
その不安を振り払うようには否定の言葉を紡いだ。
「なんか知ってんのか!?」
藁にも縋るような表情で烈火が詰め寄った。
「確信は、あまりないのだけど……“この地に近寄ってはならない”
私が聞いたその言葉がそのままの意味だとすると、
一定の条件さえ満たせば誰でも入れるはずなの」
幼い頃に何度も念を押して言われた言葉。
村の外に出たことのないにさえ、言い含めていたその意味は――
「どういうことだい?」
「理由は二つ。
一つはこの地に何かあると匂わせるような特殊な魔導具を作る利点がないこと。
カギを盗まれたらそれこそ一環の終わりだから」
ただでさえ狙われやすい魔導具。
それが最凶最悪であれ“最強”の天堂地獄に繋がるものともなれば、欲する者がいないわけがない。
そしてカギを持っていれば、それを欲する輩の標的になることを示す。
カギ以外に利用価値を見いだせない物を持ち続けていても、
何れ守りに綻びが出て手放してしまう可能性が高い。
「もう一つは緊急時を考えた時、そんなものを一々使わなくてはならないとなると困るということ。
魔導具の中でも最も危険なソレを手に入れようとする人間は、どの時代にも少なからずいるはず。
過去、それを阻止しようと考えた火影の忍は一人も居なかったのかな?
まさか扉の前で指を加えて待たなくてはならない、
なんて状況をむざむざ作り出すようなことはしないはずよ―― そう、今の私たちみたいにね」
「……一理あるな」
水鏡が顎に手を当て、何かを考え込む素振りを見せた。
「だけどよ!なら他にどうやったら入れるんだよ!?」
理屈はわかっても、打開する術がなくては意味がない。
「そう。入れなきゃ意味がない。
けど、最低限の資格として魔導具の核というので条件は満すと思うの。
当たり前のようにみんなが持っているから気づいていないかもしれないけど、
魔導具って希少な物だから」
「なるほどな。しかも核の取り出しが可能な物となると多少は限定されてくる。
十分理には適っているな。だがそうすると、他にも何か条件があるということになるが……」
手掛かりは一つ。
ジョーカーに森光蘭が入って行った時の出来事をもう一度詳しく話して貰うしかないだろう。
そう思いが口を開こうとすると――
『――そのとおりじゃよ』
「虚空!!」
迷走する一行を見兼ねたのか、虚空が口を出してきた。
『仕方ないのぉ。ホントは入れさせたくないから、教えたくないんぢゃが……』
「戯れ事も大概にして下さいませんか?」
が剣呑な雰囲気を纏い責っついた。
『むぅっ……間違ってはおらん!! 火影を証明する「魔導具」ならなんでもよいはずぢゃ』
「じゃあなんで開かねーんだよ、ジジイ!!」
『もう一つ必要な要素があるのぢゃ―― それは「光」!』
断言する虚空の言葉を受け、すかさず烈火が動く。
「オイ土門、懐中電灯くれーっ!」
『アホ!その光ではない!……夜に生まれし光が自ずと道を示す!!』
“夜に生まれし光”
ハッとして空を見上げると、雲の隙間から月がその姿を現していた。
そして嵌め込まれた魔導具へ、その柔らかな光を注いでいた。
―ゴォォォッッ!!!!と、地鳴りにも似た轟音を響かせたその先には、暗い大穴が出来ていた。
「あ……穴が、あいた!!」
「雲が月を遮ってたから開かなかったのか」
驚きに目を見開いていたが、直ぐさま意識をこれから突入する先へと向けた。
「キミタチ。覚悟はよろしくて?」
「どちらの覚悟だ?とりあえず僕は、まだ死ぬつもりはないが」
「とーぜん“生き抜く”覚悟だよね。風子姉ちゃん!」
「心配すんなよ!姫は誰にも渡さねえ!!」
「うん……」
「そんじゃあ……いくぞ、固羅ぁ!!」
烈火の気合いを入れた声、と水鏡は視線を合わせると、何かを確認するように頷きあった。
―柳ちゃんは渡さない。
―森光蘭を完膚無きまでに打ちのめす。
―……もう、誰も死なせない。
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