ACT57:見守る偽善者








 ―別室にて



「――ああ、そや。烈火さんたちに聞こうと思うとったことがあるんですわ」



準備をしている烈火に向けて、ジョーカーがポツリと言った。



「……怒ってはりますか?」

「はぁっ?何だよいきなり」



いつものおちゃらけた雰囲気が感じられないことから、

手持ち無沙汰ゆえの暇潰しから出た言葉ではないことはわかる。

ただ、脈絡のない問いの意図が掴めず、烈火は変なモノでも見るような顔でジョーカーを見返した。



「あー、嬢ちゃんのことです」

が何だってんだよ」



ジョーカーの一言は、その場に居た面々の意識を自ずと集めた。





“敵”として立ちはだかった友人。

この場にいる誰もが知っていながら、遠く感じていた存在。

しかし今回のことで、またその距離が掴めずにいた。



「裏武闘殺陣でそこにいる土門さんと戦ったやないですか。そのことについてというか……

 もっと広い意味で言いますとなあ、嬢ちゃんが紅麗さんの忍びとして

 烈火さんたち火影と敵対したことについて、烈火さんたちの率直な心境をお聞きしたいんですわ」



申し訳なさそうな口調ではあったが、視線は真っ直ぐに烈火や土門、小金井を捉えていた。



「心境って言われても、なぁ?」


「……俺は元々麗の一員だし、姉ちゃんの立場とか

 気持ちも何となくわかるから、特に気にしてないよ」



困惑する烈火とは対照的に、小金井が困惑しながらも素直な気持ちを述べた。

それは以前が感じていたように、小金井もまたに対し、

よく似た境遇から親近感を覚えていたからだった。

立場こそ真逆であるが、それゆえについて出た言葉に違いなかった。



「……柳にゃ悪いが、俺は怒ってるぜ?」

「土門兄ちゃん……」


「騙されてたと思うと虚しい気持ちになるが、そりゃあ見抜けなかった俺達にも責任がある。

 だけどな、ダチを裏切ったことだけは許せねぇ!」



擁護した小金井とは正反対のマイナスの感情を露にした土門。



しかしその直後だった。

緊張感が一気に高まる部屋へ水をさすように、襖が勢いよく開いた。



「ナニをそんなに興奮しての?声、廊下まで響いてたよ」



姿を見せたのは柳と風子の二人だった。

少々呆れたように風子が声を掛けると、

室内にいた一同は張り詰めていた空気を解きほぐすように息を吐く。



「風子ちゃんと話しながらゆっくり来たから、ちょっと遅くなっちゃった」

「……あれっ、水鏡の兄ちゃんと姉ちゃんは?」



柳の言葉を受け、小金井が不思議そうに首を傾げた。

当然一緒に来ていると思っていたが、柳と風子の後ろにそれらしき人影は見当たらない。



「そういえば居ねぇな」

「一緒じゃなかったのか?」



続いて烈火と土門も姿が見えないことに気づき、顔をきょとんとさせた。



「うん。二人は話さなきゃいけないことがあるみたいだから、邪魔にならないように先に来たの」

「話……?」



烈火は訝しげに眉を寄せるが、柳は特に気にした様子もなくむしろどこか嬉しそうだった。



「ま、それはさておき!ところでキミたちは何の話しをしてたのさ?

 辛気臭い顔を突き合わせて、随分と真剣な話みたいだったけど」


「裏切るとか、許さないって言ってたよね?」

「あ、いや、それは……だな」



何気なく問いかける彼女たちを前に、土門は罰が悪くなったのか尻窄みしてしまう。

その気持ちがわからなくもない烈火と小金井も困ったように視線をさ迷わせた。

はっきりしないことに風子がムッとした顔をすると、ジョーカーが仕方ないと説明した。



嬢ちゃんのことですわ」

の?」

ちゃんの?」


「せや。さっきは話しの流れ的に受け入れてくれたようですけど。

 実際のところどうなんかと思いまして、ワイが話しを振ったんです」



すると今度は風子が訝しい顔をしてジョーカーを見た。



「私ら一人一人に確認しようってわけ?」

「ちょっとちゃいますけど、まあ似たようなもんですわ」

「……何で、土門くんは怒ってたの?」



柳が僅かに表情を曇らせながら聞き返すと、土門は心痛な面持ちで口を開いた。



「柳、俺は許せねぇんだ。いくら仕えてる男だからって全部話しちまうってのが気に食わねぇ」

「それは、あたしも同感だけどさ……」



複雑な感情を隠すことなく吐露した。

しかしジョーカーは意に解さず、厳しく切って捨てて見せた。



「――仕えたことがないから言える台詞ですなぁ」



火影はあくまで仲間同士延長線上で集まったチームだ。

真実、紅麗に仕える者たちからすれば、柳と烈火の主従関係も

とてもじゃないが“そう”とは見えないだろう。

決定的な“違い”

それをあえて意識しての発言だった。



「ただ、紅麗さんに関しては別や。黙秘権行使しても気にするおヒトやないはずなんやけど……」

「なんじゃそりゃあ」



矛盾するジョーカーの言い分に拍子抜けしてしまうのも尤もな話。

ただ、小金井だけは真っ先に同意してみせた。



「確かにそう、だね。紅麗って普通じゃないし……」

「確かに他にも色々普通じゃないけどよぉ」



浮世離れしているとでも言いたげに土門が突っ込むと小金井も苦笑する。



「ほら、幻獣朗や覚えてる?

 あいつみたいにさ、紅麗に恨みを持ってるのさえ平然と仲間にしちゃうんだよ。

 個人的な事情や感情にはあんまり詮索してこないんだ。根本的に興味ないみたいでさ」


「そやな。というかあの人は知っててもそのまま放置するやろな」



二人はそのすぐ近くに居たからこそ、それがわかる。



「――ちょっと待った! ……何かさ、引っ掛かるんだよね」



風子が制止の声を上げ、ポツリと言った。

すると小金井も小さく手を挙げ同意を示した。



「あ、それ俺もだよ。

 改めて聞くけど、柳ちゃんと姉ちゃんって烈火兄ちゃんたちより付き合い長いんでしょ?」



その問いに柳がコクリと首を縦に振った。



「じゃあさ、何で今頃になって柳ちゃんは森に狙われるようになったの?」

「それは、柳の治癒能力が紅麗にバラされたから――」



「違うよ!」



遮るように柳が、その小さく華奢な身体からどうやって出したのか、驚くほど大きな声で否定した。



「違うよ!そうじゃない、そうじゃないよっ!!」

「姫?」

「柳が信じたい気持ちはわかるけどよ……」


「だから違うのっ!ちゃん知ってたもん!

 烈火くん達に会うよりも、ずっと、ずっと前から――」



胸元で抱きしめように小さく手を握った。



「つまり、柳嬢ちゃんを差し出そうと思えばいつでも出来た状況だったっちゅーことですな?」



ジョーカーは核心に触れて事実を要約した。



「……でも今の今まで、話さなかった?」

「どうして?」

「するつもりなんてハナっからなかったんとちゃいますか?」

「待てよ!じゃあ何で今になって――」



「そこからまずオカシイんだよ、きっと」



風子が確信を持った口調で言った。事実と行動が矛盾する理由は、そこにしかない。



「治癒能力がバレたのは、のせいじゃない?」



一つの、希望にも似た可能性が浮上する。



「多分……」

「じゃあ何でバレたんだよ」

「うーん」

「ダメだ。頭が混絡がってきた」



しかしそれ以上真実に近づくことはできなかった。

それこそ、柳まで行き着いた過程を知るのは紅麗や森光蘭くらいなものだろう。



「ジョーカー。お前は何か知らないのかよ?」

「残念ながら。でも一つ、これは又聞きした話ですけどな」



思い出したように話し始めた内容は、

彼らにの本心の一部を垣間見させることとなる。





―絡み合った糸



それを解くことはできるのだろうか?









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