ACT55:言の葉に込めた思いの行く先
「――決めたぜジジイ!オレは天堂地獄のある場所へ行く」
烈火が決意をきめ、そう告げた。
それを聞き、柳もほっとしたように緊張を解き腕の力を緩めた。
一方、苦渋に顔を歪め烈火を見つめる老人。
はそちらをゆっくりと見据えると冷ややかな声で告げた。
「火影忍軍、最凶にして最悪の魔導具『天堂地獄』
紅麗さ、あの行方が分からない今……
それが万が一にも森光蘭の手に落ちた場合、まず真っ先に消されるのは火影です」
確信を持った口調でその事実を突きつけた。
煮え切らない老人には鋭い視線を向け、畳み掛けるように言葉を続ける。
「その危険性を分かっていながら止めるのですか? ―― 虚空 」
虚空は驚愕に目を見張った。
それはの纏う雰囲気がほんの数秒前とは驚くほど異なっていたから――
そう、まるで別人のようだった。
「、ちゃん……?」
柳が思わずその名を口にした。
それほどまでに特異な雰囲気を醸し出していたのだ。
今までみてきた“”のどれにも当てはまらない“”
ただ虚空に関して言うと、彼が驚いた理由はもう一つあった。
が初めて『名』を呼んだということだ。
八竜の一人であることは周知の事実だが、の呼んだその名には明らかに
『火竜の虚空』とは別のニュアンスが含まれていた。
気づいたのはおそらく、名を呼ばれた当人である虚空のみ。
それも思い当たる節があったからに他ならない。
このやり取りは、と虚空を繋ぐ“何か”が二人の間に存在する事実を示唆していた。
―彼女は一体何者だ?
虚空の動揺する胸中を察しつつも、はあえて気に留めることなく坦々とした態度に徹した。
「何故、自身が火竜となったか……忘れたわけではないでしょう?」
「ま、さか、知って……!?」
虚空は低く呻くと、ゆるゆると首を横に振った。
何とか己を落ち着かせようと、深呼吸するように深く息を吐いた。
「なあ……」
重たい空気を破り、烈火が気まずそうに口を開いた。
「オレにはなんだか、よくわかんねぇいけど、さ。
いつもお調子モンのお前が、大マジな面して引き止めるなんて――よっぽど危ねえトコなんだろ」
烈火もまた真面目な顔でいまだ顔色の悪い虚空を見据えた。
「……心配してくれてることもわかる。けどよ、の言うように……
あのイカレ野郎が天堂地獄を手に入れちまったら、
姫や……オレ達にもっとでけぇ危機が迫るはずだ!」
―まだ、自分たちの手で何とかできるうちに。
天堂地獄が未知の魔導具である以上、いつ何時においても最悪の状況を考慮しなければならない。
そしてあの紅麗を陥れた森の狡猾さも含め、決して油断はできない。
「森よか先に最強魔導具を見つけて……壊す!」
「争奪戦だな、こりゃ!」
『天堂地獄を壊す』
それが果たして、この花菱烈火たちにできるだろうか。
遠い昔に思いを馳せるような、妙な錯覚に陥りそうになる。
そこではハッと己の意識を手繰り寄せた。
―私、は……
不自然さぬぐえず、何かを探すように視線を彷徨わせた。
そして幸か不幸か。とても嬉しそうな表情を浮かべる柳と視線がかち合った。
「よかったね。ちゃん!」」
ギュッとまた力一杯抱きついてくるので、はどうすることも出来ずされるがまま、
困って小さく微笑み返した。
「……勝手にせい!! ワシャもう知らん!!」
そう言って虚空はあっという間に姿を消してしまった。
いや、この場合は烈火の中へ戻ったと言うべきなのだろうか。
どちらにしろ烈火の意志に関わらず、自由に出入りしているものだから何とも言い難い。
紅麗の炎を見慣れているといえば、新鮮味を覚えるところを通り越し些か呆れていた。
「――決まりやな。ほな、嬢ちゃん!ワイらで案内したりましょかー?」
静観を決め込んでいたジョ−カーがここぞとばかりに、話をまとめにかかった。
「そうですね。無駄足にならずに何よりです」
「教えに来てくれてありがとう!」
誰に言ったわけではないが、皮肉を込めて言った言葉もやはり柳には無効らしい。
たちにも打算がなかったわけではないので、純粋に感謝されるのは心苦しいものがある。
「何だ。ジョーカーだけじゃなくてもその場所知ってんのか?」
烈火が意外そうにを見る。
話題がに振られたので、自然と他の面々もに視線を向けてきた。
話の件からジョーカーが入手した情報、という印象を受けたのだろう。
森の動向に関しては確かにすべてジョーカーがチェックしていたので間違いではないが……
「“卑しき身”なればこそですよ。花菱君」
「ああ?何を言って――」
その問いに明確な答えを言うことはなく、はただ苦笑を返した。
「知っている者は知っている、ということです。
ともかく、森はすでに封印の地にて今この時も着実に天堂地獄へと近づいています。
進み具合によっては一刻の猶予もありません」
それとなく話題を変えつつ、緩みかけていた気を引き締めに掛かる。
現時点で“火影”について何も知らない彼らに語ることは、それ以上なかった。
だから――
「げっ!そうだった」
「のんびりしてる暇はないっつーことね!」
「そのためにもちゃんと準備が必要ね。別室へ案内しましょう」
良くも悪くも単純な火影一行は、の言葉に乗ってきた。
そして陽炎の一言により、いっせいに立ち上がる。
「チーム『火影』出陣じゃあ!」
「おーっ!」
「あ、烈火兄ちゃん!俺も準備しに行くよっ!」
「よしゃ!どうせ暇やしワイも付き合いまっせ」
陽炎が出て行ってすぐ、烈火、土門、小金井、ジョーカーの4人が競うように
居間から駆け出していく。
「ほら、みーちゃんもボサッとしてないでさっさと行くよ!」
「風子?いや、俺は……」
出遅れた、というべきか置いていかれた風子が同じく残っていた水鏡に声を掛けた。
しかし水鏡は躊躇して、チラリとに視線を向けた。
「ん?ああ、もちろんも一緒に――」
「ふ、風子ちゃんっ!! 先輩とちゃんは後から来るみたいだから、
私たちは先に行ってようよ!! ねっ? ねっ!?」
「や、柳?」
のすぐ側を陣取っていたためか、珍しくも柳の感は冴え渡り、
水鏡がに向けたその視線の意味に気づいたようだ。
柳はやや強引に風子を引っ張り率先して行動を起こしてみせ、あっという間に居なくなった。
その背を半ば唖然としながら見送り、その場にはと水鏡の二人だけとなる。
がその姿を現してから、ずっと意識して感じていた視線。
思いを自覚している分、気まずさや恥ずかしさからは俯き、目を合わせないようにしていた。
しかし二人っきりになってしまえば、それも無意味。
できればこの状況を避けたがっていたとは対照的に、
水鏡はこの時を待っていたとばかりに開口一番、その逃げ道を絶ちにかかった。
「――。君と話がしたい」
久しぶりに彼の口から紡がれた名前。
歓喜からだろうか……身体がゾクリと震えた。
「と……ときっ、水鏡くんはっ!準備をしに、行かなくていいんですか?」
―久しぶり。元気だった?
―今更だけど、火影優勝おめでとう。
少し前までは色々と言おうと思っていた事がいくつかあったのに、
名前を呼ばれた瞬間、すべて吹き飛んでしまった。
そして結局、拒絶するような言葉しか返すことができなかった。
は己の余裕のなさと、情けなさが合い余って今にも逃げ出したい気分で一杯だ。
一方、水鏡は不自然すぎるの様子に表情を歪めた。
「準備は、するさ。もちろん」
「そっ、そうですよねー……」
居た堪れなさから、顔が自然と俯きかげんになる。
―会話が続かない。
自分が馬鹿みたいに童謡し、空回っていることを自覚している。
それだけに、沈黙に包まれた空気がドンと重たく圧し掛かった。
「君が……」
水鏡が少々躊躇しつつも、言葉を選ぶように語りかけてくる。
「君があの時――
屋上で僕に伝えようとしていたことを…… それを今、改めて聞きたいんだ」
―ハッと持ち上げた視線の先にあったのは、真っ直ぐにへと向けられた、
答えを求める力強い眼差し。
Back Menu Next