ACT54:空想の確執
『時』の頃と変わらない口調で坦々と話す。
それは……―やはり、自分たちを謀っていたのだと、彼らに思わせるには十分な態度だった。
「…………」
「OK、ジョーカーってことはわかったよ。けどね…」
「何しにここまで来やがった!?」
ついこの間まで敵だったのだ。
そう易々と受け入れて貰えるなどとは思っていない。
反発する鋭い声と剣幕にジョーカーは気にした様子もなく返した。
「何しにって、さっきもいいましたやん。天堂地獄の眠っとる場所、教えにきたんですわ」
「なぜ、なぜ主が天堂地獄の在処を知っておる…!」
老人が厳しい視線をジョーカーに向けて問う。
「なぜ、って言われましても……なぁ?」
チラリと横目でを見たあと、様子を窺うように火影を見渡した。
「……ただ単純に、場所を教えるためだけに来たわけじゃねぇんだろ?」
今までの素行から疑われてしまうのも無理はない。
尚も訝しんでいる面々に、とりあえず訪れた目的の全容だけでも告げようと
が口を開こうとした、その時――
ほぼ同じタイミングで、柳が目掛けて勢いよく抱き付いてきた。
思わぬ突進……否、抱擁の衝撃に吸い込んでいた息が詰まった。
少々よろめいきはしたものの、は体裁を保つべく根性で踏み止どまった。
「っ、柳…ちゃん」
絞り出すように紡がれた声。
にとって予想外の行動ではあったけれど、避けることだって出来た。
出来たのだが……結果として出来なかった。
「ちゃん会いたかった…!」
その言葉に愛しさが募る一方、この場で彼女を抱き返すことは許されないと、
は宙を泳いでいた両腕をゆっくりと降ろした。
―この手で触れることは……絶対に許されない。
胸に込み上がる感情を必死に押し止どめ、柳から感じる直に感じられる温もりに泣きたくなった。
―それが嬉しくある反面、責められているようで辛いから。
たった一瞬とはいえ、肌で感じた敵意がを現実へとつなぎ止めていた。
ただ、それでも突き放すことができないのは、
柳のしがみつく力がとても強く、けれど同じくらい弱々しいもののように感じられたから。
―いつか、自分はこの血塗られた手で彼女を壊してしまうのではないか。『恐怖』があった。
同じ女でも一段と華奢な肩は小刻みに震え、を離すまいと必死そのもの。
それは少し前まで守らなければいけないと思っていた少女の姿。
彼女を誰よりも悲しませているのは自分だという事実を突き付けられ、打ちのめされる。
顔には出さなくともの心を乱すには十分過ぎた。
―泣いて、いるのだろうか……
あの時とは置かれている立場も心境も、全く違う。
それでも柳はを求めて泣くというのか。
複雑な思いが幾重にも重なりの中で交錯する。
一方、警戒心を露にしたままの烈火や、未だに驚いたままの風子や土門。
どちらかといえば困惑気味の陽炎や小金井。
表情の読めない水鏡に、事情を知らないらしい願子。
彼女に限ってはを見止めて目を輝かせているものだから、酷く浮いて見えた。
二人に対する反応は様々だったが、皆共通して柳の行動には驚いていたようだった。
同じく困惑しているの様子を含めて、ジョーカーは一人苦笑していたが。
「なんで知ってるかいいますと、森さんが変な動き見せたんでな。軽ーくスパイしてみたんや。
ほんで、なんや見た事もない女の子連れて、とある場所に入ってくのを見たっちゅー訳やな!」
「信じられねェ!!」
ジョーカーの説明は取り繕う暇も無く、ザックリと切り捨てられた。
「てめぇらは敵じゃねェか!! 何、企んでやがる!!」
「…………」
そう言われても、返す言葉が二人にはなかった。
実際に戦った敵であることと、裏武闘殺陣時に裏で計画したことは消えない事実である。
弁解するつもりはなかった。
「確かに、ね」
「麗の人間だって事も隠してた訳だしな」
意図がどうあれ、はギリギリまでその招待を明かさなかった。
―それはやはり罪なのだろうか。
が自分で選んだ臆病ともいえる道だったけれど、後悔だけはしていないつもりだった。
けれどそれは結局、彼らを見えない刃で深く傷つけることとなったのだろう。
―今更、白々しく謝罪するつもりは毛頭ないが。
「……信じる、信じないはご自由に。
自分は別に“教えさせてください”まで言うつもりあらへん」
さすがに感に障ったのか、少しだムッとしてジョーカーは乱暴に言い放った。
「……ただなァ、あんたらの事ケッコウ気に入っとるし、なんか面白くなりそうって事で、
協力しようと思うただけや。『敵に塩を送る』言いますやろ?」
ニカッと笑うジョーカーに打算は感じれなかった。
いや、あったとしても感じさせない。それがこの男だ。
そういう所が紅麗の『ジョーカー』たる所以の一端をに垣間見させる。
「ぬ…ぬぅ……」
悩んだように唸る烈火。
リーダーとして慎重になるのは当たり前だろう。
下手なニの句は告げない方がいいか、とは口を閉じる。
「……わ、私は信じるよ!!」
誰もが押し黙る沈黙の中、不意に声を上げたのはに抱き付いたままの柳だった。
「だって、ちゃんは嘘つかないもん!」
「ひ、姫……そうは言っても、は敵」
「烈火くんっ!!」
また泣きそうな顔をした柳が、烈火をキッと睨み付けた。
「……なんや修羅場?」
ジョーカーが緊張感のカケラもない台詞をボソリと吐いた。
丁度それの聞こえる位置にいたは、半ば呆れを含んだ非難する視線を向けた。
「そない警戒する必要ありませんのになぁ」
烈火と柳のにらめっこが繰り広げられる中、またもやぼやくジョーカーの肩を
トントンと叩く者がいた。
「ジョーカー。オレは信じるよ!!」
「小金井くん?」
少々意外な人物の擁護に、ジョーカーも思わず声を上げた。
「ジョーカーは麗のメンバーだったけど、そんな悪いヤツとは思ってないよ。
いい奴ともいえないけど…戦ってみてなんとなくそう思ったんだ。」
曖昧な形ではあるけれど、実際に手を合わせた小金井の言う事だけに説得力があった。
―ジョーカーとは知らないが、小金井が火影に参戦するときに
小金井の事を戦った水鏡が保証するというやり取りがあった。
今回の出来事はどこかそれに似ている。
「そんかわし、ウソだったら六之型おみまいね♪」
「あ、あれもっかいはゴメンや……」
感動も束の間、ドン引きするジョーカーを横目に小金井の視線はへと向けられた。
「姉ちゃんに関しては、オレ柳姉ちゃんを信じるよ。
だってオレも姉ちゃんのこと好きだし!」
「……薫、君……」
と小金井が関わった回数はとても少ない。
自身にも好かれる要素はこれといって思い当たらなかった。
それは小金井が個人的に思うところがあったからに他ならないからである。
が感じていた小金井との共通点、それをまた小金井もに感じていたのだ。
もちろん柳の一押しは大きかったが、自分が逆の立場だったときのことを考えると
何とも言いがたい気持ちが小金井の胸中に渦巻いた。
―それに何より、知りたいことがあった。
『紅麗』その名は小金井の胸に切なく響いては波紋を広げる。
「―よっしゃ!決めたぜ!!」
上がった明るい声に、誰にも気付かれない程小さくホッと安堵した。
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