ACT53:仕組まれた再会
―とある山中
そこに二人で連れ立って歩く若い男女がいた。
名所でも何でもないただの人気のない山奥に一体何の用かと、誰もが思うことだろう。
単純にカップルがハイキングに来たというには、どうにも腑に落ちない点が多いのだ。
山を登るにしてはあまりにも軽装過ぎるし、そもそも山の選択が間違っていた。
木々は鬱蒼と生い茂り、道なき道がそこかしこにある。
なんとか途中までは車で入ることができるのだが、危険な崖が多いために
行き止まりとなっているのだ。
なのでそこは、地元の者でもあまり寄り付かない場所として知られており、
余所からわざわざやって来る者など皆無に等しい。
他にも彼らのおかしい点はいくつかあった。
一定の距離を保って黙々と歩く姿は、甘い雰囲気などカケラもない。
兄妹という可能性もなくはないだろうが、その関係を問い掛けられる者は
残念ながらこの場にはいなかった。
標準よりやや背の高い男は、鬱陶しそうに片手で枝を除けながら呟いた。
「……はぁ、こんなところにホンマあるんかいな?」
目深に被られた帽子から表情は伺えない。
だが口調からうんざりとしていることがわかる。
「……あるから来たんでしょ?」
2歩ほど先を歩く男の背中には背丈ほどある大きな物が背負われていた。
女はそれを視界に入れながら、坦々と返した。
「そうは言うても……なぁ?」
男は代り映えのない景色に飽きてしまっていた。
最初の方はマイナスイオンが仰山ですなぁ…とか、普段見ることのない自然環境を
色々と楽しんでいたのだが、そんな新鮮味もすでに薄れてしまった。
「……子供じゃないんだから、もう少し我慢してよ」
女は呆れて小さく溜め息を吐いた。
―二人はこの地にあるモノを探しにやって来ていた。
それは物であり、人でもある。とある筋から手に入れた『確実な』情報。
それだけを頼りにわざわざこんな山奥まで足を運んだのだ。
間違っていましたなど洒落にならない。
飽く気持ちはわからなくもないが、不吉な発言はやめて欲しいものだ。
「……ジョーカー、どうやら此所みたいだよ?」
女が足を止めた先には、石碑というほど立派ではないが、
見る者がみれば目印にはなるだろう石が置かれていた。
名を呼ばれた男はそこへ近付くと、しゃがみ込んで確認を始めた。
「あぁ、アイツらが言ってたんはこれに間違いないなぁ。」
コクリと一つだけ頷いて女の方を振り返った。
「そっか。けどやっぱりというか、微弱だけど結界が張ってある……」
石に触れるか触れないか、それくらいの所で手をかざすと少しだけ考える風に言葉を切った。
「無理に壊して警戒されても面倒だし、私が結界を中和するね。その間に入っちゃおうか」
「おっ!さすが嬢ちゃん。えぇ仕事しますなぁ」
嬉しそうな顔で立ち上がったジョーカーはの肩を軽く叩くと、
ウキウキと足を前へと進め始めた。
その後ろ姿を視界に捕らえながら―どちらが年上かわかったものじゃないなぁ……―
などと呆れた目で見つつ、置いて行かれないようにも足を進めた。
「さぁて、火影の隠れ屋敷のお目見えや!」
茂る木々を通り抜けると、ようやく拓けた場所へと出た。
そこには、昔の建築様式で造られただろう古めかしい屋敷が佇んでいた。
「これが、話に聞く……」
花菱烈火の実母であり、禁術によって不老不死の代償を背負う女性、陽炎。
その彼女が住まうとされている屋敷だ。
そしてもう一つの情報によればこの今日同日に、火影の面々も訪れているという。
―どうしたら良いものか……
個人の感情としてはとても複雑だった。
色々と都合がよいからと、ワザとこの日にぶつけたわけだが、
何よりそれを率先して決めたのはジョーカーだ。
は、あれから一度も学校へ行っていない。
もちろん自分の住まうマンションにも。あの町に近寄ること自体をしなかった。
―彼らを巻き込まないために会えなかったといえば、少しは聞こえが良いのかもしれない。
けれど、自分が巻き込まれる可能性を回避するという要素もないわけではなかった。
実際に来る途中で森の配下と思われる面々に遭遇し、排除しながら足を進めてきた。
保身の意味では確かに間違いではなかったのだ。
ただジョーカーに言わせればそれは“クソ真面目”過ぎる悩みだそうだが。
気にするだけ無駄だという。
―確かにそうなのかもしれない。
けれどどんな顔をして彼らの目の前に現れればいいのか。にはわからなかった。
そのことが頭をチラつき、考えないように努力してみても効果はなかった。
ふと、最後に見た彼らの勝利に歓喜する姿が脳裏に浮かび上がる。
―あぁ、馬鹿みたい。
『火影』にとってはそもそも“敵”で取るに足らない存在だ。
ゆるゆると首を横に振ると、諦めたようにそっと目を伏せた。
―無意識のうちに彼らの中に自分の居場所を求めている。
裏武闘殺陣前のような、ただの友人に戻れるのではないかと。
浅ましくも期待している自分に気付く。
―感じるのは愚かしさを超える虚しさ。
何とも言えない気持ちになり、は黙って気配を押し殺した。
勝手に屋敷に上がり込んだ二人は、気配のする方へ迷うことなくズンズンと足を進めていた。
と、何やら焦ったような声が聞こえてきた。
「あそこには…あそこにだけは行ってはならん!! 危険すぎる…!! 教える訳にはいかん!!」
『あそこ』その言葉に、二人は脳裏に同じ地名を思い浮かべていた。
―どうやら、火影も森の動向をちゃんと掴んでいたようだ。
そうとなれば話は早い。説明する手間が省け、本題も切り出しやすいというものだ。
久しぶりに火影の面々に会えるのが嬉しいのか、
どこか楽しそうな表情でジョーカーが勢いよく障子を開けた。
「よーく考えましょ。森さんが『天堂』手に入れたら――
それこそ危険やって事もあるやろ。」
「誰!!?」
「今の関西弁……まさか」
ジョーカーの後に続いてもゆっくりと障子の陰から姿を現した。
「ご老人が言わぬのなら、私たちが教えて差し上げます。」
「っ!?」
「ちゃん…!!」
の登場に上がった声。
それがどちらの意味を持つのか……今は考えない事にした。
「どーも皆さん!元気そうでなによりですな!! 見つけるの苦労しましたわ。」
「……と、誰だてめえは?螺閃の仲間か!?」
「…………」
―『螺閃』と、烈火の口から特定の人物名が上がった。
ということはつまり、最低一度は接触を持った可能性があるということだ。
の表情が僅かに険しさを帯びる。
「わ、忘れられとる?よう見ィ!ワシやっ、ジョーカーや!!」
一度姿を引っ込めると、わざわざ持ってきていたのかあの特徴的な被りものを取り出し、
素早く被り替えて再度顔を出した。
「ジョっ…ジョーカーーーっ!?」
驚く彼らの気持ちはとてもよくわかる。
「……ソレ、わざわざ持って来たんだ。」
「念には念をや!」
前のの一件で学習したのか、それは本人のみぞ知る。
しかしそのハプニングにより肝心な話が脱線してしまっていた。
ジョーカーが口を開くと、話がどうも可笑しな方向へいく傾向にあるのだ。
幼馴染が愚痴っていたのを思い出し、はこっそり息を吐く。
そして、いまだ驚愕に目を見開いている面々へ向き直ると、
収拾をつけるべく意を決して声を掛けた。
―心は気付かぬ内にそっと、冷たい仮面に覆われる。
「間違いなくジョーカー本人です。
格好が普通になっているので気付かないのは至極当然だと思いますが……
こんなに飄々としいて可笑しな人が、他に何人もいては迷惑というものでしょう」
「なっ…ヒドッ!なんや嬢ちゃん最初より態度キツくなってませんか?」
嘲笑の浮かぶその顔は火影の面々に、裏武闘殺陣で土門と戦った時のを思い起こさせた。
自身が今その顔を見ることはできないが、一つ確実に言えることがある。
―纏っているそれは酷く歪んでいるのだろうと。
―期待するのが怖い。
弱い自分がとった防衛手段。
それが小さな拒絶。
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