ACT52:再動






 吹っ切れてから数日が経った頃。



「―嬢ちゃんおるか?」



リビングで寛いでいると、そこへ顔を出した人物がいた。

それは話し方から、恐らくジョーカー……なのだろう。

いたって普通の格好をしていたものだから、その人物が彼だと判別出来ないのだ。

確たる自信はなかったが、隣りに座っていた幼馴染が普通に対応しているので、

多分そうなのだ。



「えっと……ジョーカー?」


「なんで疑問系なんや?……もしかして、本気でワイの存在忘れとった?」


「いや、その、そうじゃなくて、普通の格好してたから……」



目元は相変わらず帽子で隠しているが、至って普通のカジュアルな服装であった。

なので、外見のみでジョーカーだとわかれと言われても無理な話である。



―そんなに顔を見られたくないのだろうか。

内心ではそんな見当違いなことをこっそりと思いつつ……

正直、あの奇抜な格好をしていないと誰であるか全くわからないというのが本音である。

なんとかわかったのも、の知り合いで関西弁を話すのはジョーカーくらいだからであり、

あとはの置かれている状況と、先ほども述べた幼馴染の態度から判別できたに過ぎない。



「普通の格好って……」


の言ってることは正しいな。

 そもそも、あんな格好をして普通にしているのがおかしいんだ。

 アレはどうかと思うぞ。お前の美的センスを疑うな。」


「……いや、私はそこまで言ってないよ。」



の隣りで、幼馴染の彼女が遠慮のないズケズケとした物言いで服装批判をした。



「酷いなぁ…そない言わんでもええんちゃう?」



苦笑気味に受け答えするジョーカーを尻目に、彼女は憮然とした態度を崩さない。



「言っておくが、あんな格好して平然と出歩く奴の隣りなど私は絶対に歩かないからな。」



―まぁ確かに。

あの格好は裏武闘殺陣だからこそ許されるものであり、

極々平凡な感性を持つ者であれば当然街中は歩けないだろう。

武祭の時の格好を振り替えれば、雷覇や音遠だって当てはまってしまう。

もちろんだって例外ではない。

むしろそういう意味で大丈夫と言える格好をしてたのは、

火影の水鏡・小金井くらいなものではないだろうか。

そしてそれがむしろ普通過ぎて目立っていたとは思うのは、だけだろうか。

ただ幼馴染みの彼女は今回の裏武闘殺陣に来ていなかったので、

ジョーカーがあの格好で違和感なく、どちらかというと溶け込んでいた事実を知らない。



「…………」



―言うべきか。言わざるべきか。

冷静に思考を巡らせていたとは対照的に、

痛恨な一言を浴びせられたジョーカーは黙り込んでしまった。

なんだかその姿が少々気の毒に思えて、は話題自体を変えることにした。



「そ、そういえばジョーカー!私に何か用があったんじゃなかったっけ?」



本来の目的を未だ何一つ言ってないことを思い出してくれたようだ。

先ほどまでのやり取りを忘却の彼方へ追いやったのか、

喜色を浮かべる彼は本来の調子を取り戻していた。



「そやそや!忘れるところでしたわ。話すことが二つあってな。」



一旦言葉を切ってひと呼吸置くと、打って変わり真剣な表情になった。



「まず一つ目。森がとうとう動きよったで。」


「森が……」



の表情が途端に険しくなった。

ジョーカーの固い声色からその話の重要度を推量る。



「何でも火影忍軍と縁の深い『封印の地』とかいう所にこれから向かうそうですわ」


「『封印の地』だと…!?」


「まさか……」



挙げられた地名に二人は僅かに息を飲んだ。

火影の末裔たる二人は、その場所について当然のように聞き知っていた。

『絶対に近寄ってはならぬ場所』として……

幼かったでさえ、何度も念を押すように言い含められていた場所である。

忘れるはずもなかった。



「……最悪だな。」



年端もいかぬ子供にまで魔導具の回収を指示した欲深い村人ですら、

その地には一切近寄ろうとしなかった。

曰く付きであることは言わずもがな。

名前からして意味深なのだが、ただし問題であるのはその『地』自体がということではない。

そこに封じられている『モノ』が危険なのだ。

そこへ辿り着くまでは色々な罠が張り巡らされているに違いないだろうが……



―森の目的はまず間違いなく“ソレ”だろう。



二人の思考は同じ所へ行き着いた。

森一人の力では到底、火影の罠を掻い潜ることなど出来ないだろうが……

―忘れもしない。

があの日見た紅に似た炎を操る人物が森の側に居るとしたら?

炎術士の圧倒的な力があれば、手に入れる可能がないとは言い切れない。



「もし、森がアレを手に入れでもしたら……」



―世界は間違いなく混沌へと誘われる。

の肩がブルリと震えた。



「洒落にならないな。まったく、強欲の名に相応しすぎる男だ。」



の隣りでは疲れたように幼馴染みの彼女が深く息を吐いた。



「何かヤバそうな臭いがプンプンしとりますけど…… 行くしかありませんやろなぁ。」



ジョーカーも少しだけ困ったように頭を掻いた。



「ひとまず、それは置いといて。

 二つ目はグットニュースや!雷覇さんの足取りがようやく掴めたんですわ!」


「っ……!!本当に?」


「ただ結構前のになりますけど、な。とにかく生きとることに間違いない。」



言い切ったジョーカーにの肩の力が少しだけ抜けた。



「それで根拠は?」


「なんでも裏武闘殺陣の最中……紅麗さんの試合中ですな。

 月ノ宮に姿を見せたらしいんですわ。

 ほんで警備員蹴散らして月乃さんを攫って逃走。

 それ以降も姿は眩ましとりますが、それは月乃さんを匿ってる関係上、

 そう簡単に姿を現せないからやと思います。


 ―けど、抜け目ないあの人のことや!恐らく森の動向はしっかり掴んどるはず……!!」



ニカッと笑ったジョーカーに続いて幼馴染みの彼女も不敵に笑った。



「そうだな。だとすれば、この先の雷覇の行動は読めたな。」


「そや!まず間違いなく雷覇さんも『封印の地』に来る!」


「兄さんが『封印の地』へ……」



の脳裏には、最後に言葉を交わした時の雷覇の姿が浮かんでいた。



「紅麗さまが生きていると信じているのならば、雷覇も必ずそこへ姿を現すだろうな。

 希望的観測ではあるが合流している可能性もないわけではない。

 ならばジョーカー、お前はそのための準備をする必要がある。そのことはわかっているな?」



言わんとしていることがわかっているジョーカーは、胸を誇らしげに張って頷いた。



「……、お前はどうする?」


「わ、私は……」


「生半可な覚悟であの地へ足を踏み入れることは、幼馴染とは言え私は許さないぞ。」



すかさず釘を刺す幼馴染みの目は鋭く細められ、厳しさを帯びていた。



「うん……わかってる。

 でもね、待ってるのは性に合わないんだ。だから―― 私も覚悟を決めるよ。」



揺らぐ事のない気持ち。

失わないための覚悟。

その思いを真っ直ぐに彼女へ伝えた。



「……この、頑固者」



口調は怒っているのに、その顔は情けなく少しだけ泣きそうな顔をしていた。

それがやけに切なさを帯びていて……



―ごめんね。

は心の中で謝った。

彼女の優しさに甘えていることはわかっている。

危険な地へ行かせたくないはずなのに、いつも最後はの意志を尊重してくれた優しい人。



―でも、これだけは譲れないから。

心の中で何度も謝ることしか出来なかった。











「ジョーカー……を頼む」


「おう、任せときや。ワイが責任持って雷覇さんに合わせたる。」



が出掛ける準備をするためにリビングから出ていった後。

残った二人は沈痛な面持ちで言葉を交わしていた。



「頼む……」


「心配せんと、大人しゅう待っとき」



女性にしては高めの身長ではあったが、同じく標準より高いジョーカーより少し下にある頭を

まるで壊れ物に触れるかのように優しく撫でた。












―ごめん。



その一言では許されない。 いや、許したくはない。



―そう告げたのは誰だったか。



―そして告げられたのは誰だったか。



その答えを知る者はまだいない。
















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