ACT51:一人で立上がる勇気






 ゆっくりと右手を持ち上げ、左手をテーブルの上に添えた。



先の裏武闘殺陣・決勝戦で負った火傷はだいぶ癒え、すでに包帯もとれていた。

ただ所々皮膚は引きつっており、完治するにはまだ相当の時間を必要としていた。



―しかしにとって、そんなことは問題ではなかった。

何故なら今のは、その手に構っている余裕など微塵もなく、

自分自身を責めることで頭はいっぱいであったから。



「甘えるのも大概にっ……!!」



そう叫んだかと思うと、すかさず右手に握りしめたクナイを自分の左手の手のひらに

勢いよく振り下ろした。



「っぅ……っ…」



突き刺さったクナイの辺りから、赤い血が滲み出てきた。

痛みに顔を顰めるが、ゴチャゴチャと悩んでいた頭は一瞬真っ白になり思いの他すっきりとした。



「馬鹿、みたい……」



そのおかげか、なんだか情けないくらい簡単にあっさりと答えが出てしまった。

が悩んでいたとき、いつもどうやって解決してきたか。

それを改めて振り返る余裕ができた。

普段は全くダメと言ってもいいのだが、いざという時頼りになる聡い兄。

悩むの側に居て支え、そうと悟らせずに導いてくれていた。

その事実に気付くと、物凄い勢いで自分の中で意地が生まれた。



―だって、その兄さんは今いないのだから。

そして自分の目を覚まさせ吹っ切るために、ケジメと戒めの意味を込めてクナイを抜いた。



―今、悩んでいても仕方の無いことなのだから。

答えを求めるのなら、まずは動いて白黒はっきりさせるしかない。

その後のことは、それをすべてやり遂げてから考えよう。

が前に進むための道はほかに無いのだから、と。



















「……あ」



玄関の方から人の気配がした。

幼馴染が仕事先から帰宅してきたらしい。

真っ直ぐにリビングの方へやって来ると、ガチャリと扉が開いた。



「……おかえり」


「ただいま。」



を見つけると、どこか嬉しそうに顔を綻ばせる。



「……って、ん?なんか鉄…いや、血の臭いが……」



―昔からの習慣なのだろう。

血の臭いには特に敏感に反応するクセ。

かすり傷程度では、このように濃厚な匂いはしないものだ。



ふと、彼女の表情が曇った。

顔だけをこちらに向け、そこから動こうとしないに不信感を抱いたのだ。

妙な威圧感を放ちつつ、素早い動きでの背後からヒョイッとその手元を覗き込む。



「……、お前、コレ……」


「えっ…と、あのこれは……  その、ケジメ?」



コテンと首を傾げつつ、は笑って無理やり誤魔化そうとした。

が、もちろんそんなことで納得してくれるような相手ではない。



「っっっー!!! お前自分で何してるんだっ!この大馬鹿者!! 止血だ止血!!」



普段滅多に慌てる事のない、幼馴染の怒声が程よく広いリビングに響き渡った。

有無を言わせないとばかりに、殺気立った彼女。

逆らえばどうなるか雷覇を以てよく知るは、おとなしくされるがままに治療された。

























「……さすがと言うべきか。骨に異常はなし。神経にも問題はないだろう。が……」



手際よく治療を終わらせてくれたものの、そのまま向かい合って座わる二人の空気は重たかった。



「自分が何をしたのか、よーくわかっているな?」


「ご、ごめんなさい……」



普段、あまり怒る事のない人が怒ったら怖い。

それは実兄である雷覇も同じなのだが、この幼馴染もその部類に当てはまっていた。



「ケジメにしろ何にしろ、もっと穏やかな解決方法があるだろう!

 悩んでいたのは知っているが、自分で自分を傷つけるな!この大馬鹿者!」


「は、はい……」



は身を縮こまらせて頭を下げた。

悩んで煮詰まっていたにしろ、確かにこの方法は不味かったな、と反省する。

―……しかし何よりタイミングが悪かったな、と懲りずに反面そんなことを思っていた。



「本当に、私は血の気が引いたぞ。……二度とこのようなことはしないでくれ。」



未だ顔を微かに青褪めさせている彼女。

滅多に見せないあの慌てた様子と、僅かに震えたその声から、

本当に心配させてしまったことがよくわかる。



「それに、な……」



悲しげに伏せられた瞳。

は申し訳なさから、胸がズキズキと痛んだ。



「このことを雷覇の阿呆に知られてみろ!

 ネチネチと後から何か言ってくるに決まっているではないか……!」



グッと拳を握り締めて語る幼馴染みの目は真剣そのものだった。



「……そうだね。」


「吹っ切れたようだから言うが、よく考えても見ろ。

 あのシスコンがお前を一人残してくたばるわけがないだろう!

 の花嫁衣裳を見るまでは死んでも死に切れないとか、

 親父のような台詞を当たり前のように公言して憚らない阿呆だ!」



息継ぎなしで語られたその内容に、も現在絶賛失踪中の兄の姿を頭に思い浮かべ、

苦笑を通り越して呆れるしかなかった。



「実際、嫁に出す気があるのかはともかくとして、アイツは……

 嘘だけは言わないだろう?」



眉尻を下げて表情を緩めた彼女をも同じような表情で見返した。



「うん……」


「帰ってきたら、思いっきりぶん殴ってやればいいさ。

 妹を心配させる糞兄貴には、いい薬になるだろう!」



再会したときに雷覇を殴るか否かは置いといて、は苦笑した。

先ほどから真面目な雰囲気が台無しになっているが、それがまた彼女の良いところでもあった。



―さすがは武闘派。

知能戦をやらせても相当できると聞いたことがあるが、

遠回しな精神攻撃は幼馴染みには効果が薄いとよくわかっているようで

『殴れ』とは本当に容赦ない。

それはもはや雷覇だからというべきか。

誰よりも付き合いの長い二人に遠慮という文字はない。

ただ、に甘いという点において二人に相違はない。

今回のことについても、雷覇とはまた違った形でを見守っていてくれたのは確かだっだ。

今、雷覇をシバき倒す算段をしている姿はあまりにもかけ離れた姿ではあるけれど。



大分落ち着いてきた今となってはとても恥ずかしいものだが、

何も言わずが自分で答えを出すのを根気強く待ち、陰ながら支えてくれた彼女には

とても感謝していた。

引き篭もっていては気が滅入るからと、家の外に連れ出してくれたこともしばしばあり、

多少強引で破天荒なところもあるが、にとって彼女は実の姉といっても

過言ではない存在だった。

口に出していわずともそれは彼女にちゃんと伝わっていたし、

彼女もまた実の妹のようにを可愛がっていた。

それは時に雷覇から嫉妬されるほどに。



二人は互いに顔を見合わせると、クスリと微笑み合った。















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