ACT5:雨










 ―声ガキコエナイ




 ―ココハ何処…?




 ―アレ…ハ…柳チャン…?




 ―花菱君…立迫先生ト女ノ人…







 と、目の前が一瞬にして真っ赤染まった。




 ―その場に…柳と先生の姿はなかった。
















「…柳ちゃん、何処?」






 全身から血が抜けたかのように、体は冷たくなっていく。



 部屋は薄暗く、この間の夢を思い出させた。





 「あ…」





 小さな震えが体をはしった。





 「また、なの…?」





 嫌な予感が、前よりも更に強くてはっきりとした形で感じられた。





 「…行かないと」





 は立ち上がると服を着替えはじめた。


 上は白のパーカー、下は黒のジーンズ。

 極力装飾を避けつつ髪を一つに纏めた。



 と、思い出したようにアクセサリーボックスから鍵を取り出し、

 机の引きだしを開ける。






 「…使うことには、ならないと思うけど…」






 引きだしの中にはウズラの卵ほどの石が付いた紐状の腕輪が置いてあった。



 それを左手にはめ、パーカーの袖の中に隠すと、静かに部屋を後にした。


















 「…凍季矢」





 は扉の前に立つ人物に目を見開いた。




 「何か…あったの?」




 その表情が険しいだけに、は慎重に聞いた。




 「…柳さんが、さらわれたそうだ。」




 水鏡の淡々とした言葉に、小さく息を飲んだ。





 ―やっぱり…。





 「…何処に?」





 ―脳裏にはあの夢がちらつく。






 「…三県離れた山奥の洋館だそうだ。」






 寄り掛かっていた壁からゆっくりと体を離すと、

 水鏡は真っ直ぐにこちらを見た。






 「―君も行く気か?」






 試すような視線がを居抜く。






 「当たり前でしょう、友達だもの。そう言う凍季矢も行くんでしょ?」






 その言葉に水鏡は何も言わなかった。





 「―足手纏いになったら、そのまま見捨てていって構わないから。」





 今度は逆に試すように彼を見上げれば、

 ふっと彼が口許を緩めるのがわかった。





 「もちろんそのつもりだ。」





 ―冗談なんかではない。




 そのくらいの覚悟で行くのだ。


 守ってもらうことなんて、はじめから考えてなどいない。







 …と、急に背後に気配を感じ、は咄嗟に間合いをとった。







 「…いい反応ね、さん。

  はじめまして、私の名は影法師…」







 そう言って現れたのは、黒ずくめの美人な女性だった。





 「影法師…さん?」





 敵意は感じられない。



 が、ただ者ではない雰囲気が一目見ただけでわかる。





 「あなたも、行くのね…」





 今会ったばかりなのに、心配するような視線を送られは少々戸惑った。






 「あなたは一体…?」






 その真意は伺えないが、その瞳は本当に心配してくれているようだった。






 「―まだ…まだ、言えないわ…」






 半分辛そうな、困ったようなその仕草に、はこの間会った兄の姿を思い出した。





 「どうして…」



 「―花菱烈火に深く関わる人物のようだ。

  まぁ、僕らにはあまり関係のないことのようだが。」





 今まで黙っていた水鏡が急に口を開き、話に補足をした。





 「そう、ですか。…今は、それだけ分かれば十分ですね…」





 ―何故か胸が痛んだ。




 無理やり小さくほほ笑み納得すると、

 水鏡との二人はエレベーターの方へと体を向けた。






































 辺りには木々が茂る山奥。



 水鏡、の二人は洋館へ向けて走っていた。





 「…腕に自信があるのか?」





 ふと、水鏡は何かを確認するように言った。




 「…どう、かな。」




 は苦笑気味に言葉を濁す。




 「人並み以上に体力はあるし、反射神経もそれなりにあるけど、

  実戦は…どうだろう。」




 一見、不安げに聞こえるそれは、もちろんの本音ではない。





 「…そうか。」





 水鏡もそれに気付き、あえてなにも言わずにいた。





 ―僕は彼女のことを何も知らない。





 その時水鏡はそれを改めて感じた。


 まだはじめて顔を合わせてから、1ヶ月も経ってはいないのだ。


 そんな僅かばかりの時間をほんの少し共有しただけである。


 知らないことの方が山程あるだろう。






 …しかし、その僅かな時間の中でもわかったことがあった。



 ―…彼女は、柳さんを他の誰よりも大切に、優しく見守っている。


 ということを。



 水鏡は、二人が一緒にいるのを校内で何度か見掛けたことがあった。




 が、いつでもは柳へ向けるその笑顔を崩さなかった。






 ―しかし今の彼女はどうだろう…。






 すぐ横に立つの瞳は、それからは考えられないほど冷たい色を宿している。





 ―『』か…興味深いな。





 水鏡が内心そう呟いたのをは知るよしもない。




















 「あれは…」





 二人の視線の先には、ライトに照らし出された大きな洋館があった。




 「―花菱たちはすでに来ているはずだ。」




 正面の門に辿り着くまで、複数のSPが倒れていた。




 つまり、それをやったのは花菱たち…ということだ。




 「随分と派手にやったのね。」




 その惨状たるや、も苦笑いである。



 と、水鏡が建物の入口を逸れて庭の方へと歩き出した。





 「…どこへ行くの?」


 「―花菱たちを追う前に、少しあそこのプールに用がある。」





 確かに、そちらの方向には一般家庭には絶対にありえない大きなプールがあった。


 にはその用がなんであるか、さっぱり見当がつかない。



 しかし、何かしら意味があるのだろうと無理やり納得し、

 プールの際に立った。



 と、水鏡が懐から何かを取り出しそのプールの水につけた。





 「数多の水よ…我に…力を…」





 するとどうだろう。水槽いっぱいに満たされていた水が、

 すごい勢いで無くなっていくではないか。





 「これは…!?」





 もう一度水鏡の手元を確認すれば、

 その『何か』は前のミラーハウスで見た透明な剣を象っていた。




 「これは火影忍軍・魔導具の一つ『閻水』水を凝固させ剣とする導具だ。」




 驚愕に目を見開くに補足するように水鏡が言った。




 「火影の、魔導具…」




 ―私はそれを知っている。





 無意識のうちに左手首を握り、息が詰まる。






 「用はこれだけだ。これで強度は十分だろう。」






 踵を返し、今度こそ洋館の入口へと向かう水鏡の後ろをも静かに続いた。





 「花菱君たち大丈夫かしら…?」





 がそう呟くと、水鏡はフッと口許を緩めた。





 「…この僕に勝ったんだ。生きていてくれなくては困る。」





 何だかんだ言いつつも、心配はしているらしい。


 その様子にはまた苦笑しつつも辺りに視線を向けた。




 戦いの後が鮮明に残っている床や壁の傷や残骸が、妙に生々しい。


 花菱たちの死体が転がっていないのがせめてもの救いだ。











 次々と部屋を過ぎ、3つ目。



 開けっ放しの扉から駆け込むとそこに花菱たちは居た。





 ―この状況は一体…?





 上から落ちて来ている石の壁を3人は必死で食い止めていた。





 ―明らかに形勢は3人が不利。





 が駆け出そうとすると、それを水鏡が片手で制した。





 「僕が行こう。」





 より前に数歩進むと、剣を構えた。





 「3人そろってチンパンジーだな。そんなことして何になる?」





 流れるような剣さばきで、3人の頭上にあるコンクリートを切り崩した。




 「お見事。」




 実際にが水鏡の実力を見たのはこれが初めてである。



 無駄のない動きにその実力の片鱗が伺えた。





 「ただの子供ではないな…楽しめそうだ。手合わせ願おうか。」





 その視線の先には小柄な少年が立っていた。



 一見、普通の少年しか見えないが、実力は見た目では判断できない。












 ―本当の勝負はまだこれから…。















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