ACT4:怪我の巧妙?
「待って、水鏡君!」
遊園地を出たところで、ようやくは水鏡を捕まえることができた。
「…何の用だ。」
―明らかに警戒している。
その様子には溜息をついた。
「…その怪我の手当て、手伝おうと思って。」
「よけいなお世話だ。」
一刀両断。
刺々しい物言いに、も苦笑いを浮かべるしかない。
「そうだね。確かにお節介。
でも、クラスメイトで家が隣りの、
現在かなりの重傷を負っている人を放って置けるほど、
私、薄情者でもないのよ。」
水鏡の顔を見上げると、彼は顔をフイっとそらした。
「…っ勝手にしろ。」
しかしそう言ってそらされた、頬と耳は微かに赤味がさしている。
「っ…!」
体のバランスを崩し、倒れそうになる水鏡には急いで肩をかす。
「勝手にします。」
一瞬笑いかけるとそのまま肩をかし、
はゆっくりと歩調を合わせながら歩きはじめた。
「…すまない」
辛いのを我慢して小さな声で謝る水鏡に、
は何とも言えずにまた小さく笑った。
「そう思うなら、一刻も早く帰って手当てしよう」
「…あぁ」
―少しだけ、その場の空気が柔らかくなった気がした。
なるべく人目につかないようにマンションまで来ると、
は水鏡を自分の部屋へあげた。
というのも、救急箱や治療道具が水鏡の家に揃っていなかったからである。
「重ね重ねすまない…。」
申し訳なさそうにする水鏡が、には何故だか少し可愛く見えた。
「気にしないで。はい、上着脱いで。」
少々渋る水鏡を急かし、学ランを脱がせ包帯を取り出す。
右肩に器用に巻いていくと、
ふと、腹部が青紫色に変色しているのに気付いた。
水鏡の表情も微かに苦痛で歪んでいるように見えたため、
は心配になって尋ねた。
「もしかして、肋骨もいってる?」
「いや、多分大丈夫だ。色は変色しているが、骨に痛みはない。」
その返答には少し安心した。
「そう…、じゃぁとりあえずこのYシャツ羽織ってて。
兄の物だけど、多分サイズは大丈夫だと思うから。
あ、新品だから安心してね?」
何を安心するのかよくわからないが、水鏡は思ったことを口にする。
「お兄さんがいるのか…?」
それにはまた苦笑した。
「一応ね。ここ数年は、出張みたいなものが多くて、
家にはほとんどいないけど。だから一人暮らし。」
話しをしながら新しい包帯を取り出すと、
頭の傷も手当てをしようと手を伸ばす。
「…君は、怒っていないのか?」
突然聞かれたその言葉にの手が止まった。
水鏡がちらりと視線を向けると、はキョトンとした表情をしていた。
それからしばらく悩むように唸っていたが、ふとそれをやめて水鏡を見た。
「―怒っては、いるよ。」
小さく呟かれた一言に水鏡は目を瞬かせた。
「なら、何故傷の手当てを…」
「…確かに、柳ちゃんに危害を加えたことに対しては腹が立つよ。
―でも、その制裁は花菱君が全部してくれたし。
これ以上私が何かしたら水鏡君死んじゃうしね。」
冗談混じりに言ったそれは、本心である。
しかし、彼が起こした行動はかなり自分勝手で、
他人の気持ちを無視したものだ。
水鏡はそれでも納得がいかず言葉を続けた。
「…本当にそれだけか?」
―まるですべてを見透かされているようだ…。
とは感じた。
「―教えてあげない。」
呟かれるように言われたそれに、水鏡が微かに反応した。
「…誰にだって、言いたくないことの一つや二つあるものじゃない?」
は手元の包帯を後ろ手で握り締めた。
部屋が静まり返り、はふと我に返り手が留守になっていることに気付いた。
はっとして手当てを再開すると、何故だかとても情けない気持ちになった。
「ごめんなさい、勝手にペラペラと…。
でも、私に聞いたってことは今回のこと、
多少なりとも負目を感じているからでしょう…?
―だったら余計怒れない。」
水鏡は言葉に詰まった。
「…僕は、そんなに善人じゃない」
「―うん…」
「でも…柳さんをあいつから奪う資格は、今の僕には…ない。」
俯かれた顔の表情は見えないが、
は傷の手当てを終えてそっと物を片付けた。
と、水鏡が体を確認しながらゆっくりと立ち上がった。
「…君に、大きな借りができたな」
それは呟きに近い形でぽつりと言われた。
「…借り?別に、そんなに大したことしてないと思うけど。」
も言って立ち上がると、スカートの裾を軽く払った。
水鏡は少々考えるような素振りを見せてから、数拍置いて口を開いた。
「…僕ができる範囲でなら何でもやるが?」
その言葉には逆に驚いた。
「…えぇっと、それは一体?」
ちらりと水鏡に視線を向ければ、彼は何故か微笑を浮かべている。
「さんは『常識』を持ち合わせているようだから、
無理は言わないだろう。という僕の勝手な憶測を含めたただの好意だよ。」
―信用されているのか、釘を刺されているのか…。
どちらにしろが大変困ることに変わりはなかった。
―どうしようか…。
頭を悩ませつつも、ふとあることに気付く。
「『』」
「…?」
「―私のことはでいいから。」
突拍子もない発言に水鏡は目を点にした。
「『さん』って言われるの、あまり好きじゃないの。
だから私のことは『』で。これで借りはなし!」
「―は?」
予想外の展開に今度は水鏡が驚いた。
「…そんなことでいいのか?」
自分で何でもよいと言った手前拒否はしないが、
どうも適当過ぎるような気がしてならない。
「全然OK。他に思い付かないし、
手当てしたのだって見返りが欲しかったわけじゃないから。」
そう言っては笑った。
「…わかった。なら僕のことも凍季矢で構わない。」
―うれしいような恥ずかしいような…。
さらりと言われた言葉に、は少々戸惑った。
「と…っ凍季矢?」
あまり意識して異性の名前を呼んだことがなかったので、余計に照れてしまった。
「…じゃぁ、僕はそろそろ帰るよ。」
言って学ランの上着を片手に、背を向けた。
「手当て…助かった。ありがとう、。」
平然と部屋を出て行く水鏡をは半分茫然としながら見ていた。
部屋が静まり返ってが意識を取り戻した頃。
顔が徐々に紅くなっていき、熱に浮かされたようにぽつりと呟いた。
―あれは反則だ…と。
名前を呼ばれたことにも驚いたが、
最後の最後のあの笑顔に、は完璧にやられた。
「…私って面食いだったのかしら」
無自覚ではあるが、の兄・雷霸も容姿端麗の部類に入る。
男性の容姿について、決して兄が基準というわけではないが、
自然とボーダーが高くなってしまっていたのかもしれない。
がノックアウトされたその笑顔も、実に侮れない代物だ。
ちなみに、恥ずかしさでいっぱいのが復活したのは1時間後。
雷覇からの着信音であったという。
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