ACT48:決着






 「はっ!!笑わせるなよ烈火!! 何一つ失ったことのないおまえに…っ

 背負う程の業があるか!? 愛する者が目の前で肉片と化す瞬間を見た事があるか!?

 貴様と私ではレベルが!重さが!すべてが違う!!」



紅麗の心が悲鳴を上げていた。

膝をついたまま吐き出された声と憎しみに歪むその表情が、その全てを物語っていた。

そこへ黙したまま歩み寄った烈火は、沈痛な面持ちで紅麗の真正面に立ち止まった。



「――『陽炎』……オレの母ちゃんだ。

 オレは母ちゃんが生きてる…確かにその分じゃ、おまえよかオレは幸せさ。

 逆に……『死ねない体』だってこと以外はな!!」



その言葉に、紅麗の顔がわずかに歪んだ。



「『時空流離』……オレとおまえをこの時代に流すために使った術で、

 母ちゃんは死にたくても死ねなくなった。

 この先十年…二十年…オレがオッサンになって、ジジーになって、死んだって……!!

 母ちゃんは今のまんまなんだ!!」



この時、紅麗ははじめて驚愕の感情を表に出した。

それはこの試合が始まってから、怒りや憎しみ以外で見せるはじめての感情だった。

そしても、人知れず息を飲んだ。



「まさか、森の…森光蘭の求める『永遠の命』は……」



判明した事実に、動揺せずにはいられなかった。

火影の血を引く紅麗やその末裔たるでさえ『時空流離』の存在は知っていても、

副作用までは知らなかった。

しかし頭首の正妻であった陽炎は、当然そのこと知っていたのだろう。

知っていてなお『時空流離』を……



―『許せ……』

どこかでそんな声が聞こえ気がした。



「オレは母ちゃんと一緒に年とって死にてえ!

 呪いを解く魔導具を探して……助けてえんだ!

 それがオレのしょってる戦う理由の一つ!! そして……」



―明かされた烈火に宿る“火竜の業”

この世に迷いや未練、呪いを残した炎術士の魂。

それが火竜。増え続ける火影の業の連鎖。



「ここにもまた……」



―『許せ……』

はそっと目を伏せた。



「……それまでは、火影の頭首なんて興味なかった。

 でも……オレはこれからその称号をつぐ!! 

 火竜達の、火影の全てを――オレは……背負う!!」



―重い……!!グッと歯を食いしばり、は自分の肩を抱いた。

これが、『火影の忍の血を引く者の運命』なのか。

逃げることも、捨てることも許されない“業”の道。



「だから言っているだろう!! 失った事のない貴様に、そんな権利は無い!!」



感情に任せて繰り出された紅麗の拳。

それを片手で受け止めると、烈火は真剣な眼差しで真っ直ぐに紅麗を見据えた。



「だから奪うのか?愛する者を失って……悲しいから、不幸ですからって、

 他人の心を…命を…すべてを奪う権利がお前にはあるっていうのか!?」



烈火の紅麗に投げ掛けた問いは、雁字搦めに凝り固まっていた紅麗の心に

体当たりでぶつかっていくものだった。

―そして、誰も何も言えない。

それがいかに理不尽で自己満足なものであるか。

わかっていながらも……抑えることができない人の性。

それを正面から、体で持って訴えたのが烈火だった。



「もっぺん言うぞ。『ふざけるな、馬鹿野郎』!!

 いじめられっ子がいじめ返してるようにしか見えねぇんだよ!!カッコ悪いぜ紅麗!!!」



烈火の拳が紅麗の顔の大半を覆っていた仮面を粉々に砕いた。



「ムズカシイのは大っ嫌いえだ!昔の事ほじくったってしょーがねえしよ。

 そーいったウンヌン無しだ!! 不幸自慢もおしまい!勝つか負けるかだけだ!!」



腕を組み、仁王立ちをしながら―フン!と鼻息荒く言う烈火。

また殴り飛ばされ紅麗も、ゆっくりと立ち上がるとその口を開いた。



「馬鹿は楽でいいな……烈火――そう言って単純にできる……」



怒りも、憎しみ…もその顔には浮かんでいなかった。

次の瞬間、紅麗がその身に炎を顕現させた。



―それは執念か。

周囲は息を飲んだ。

祈るように紅麗を見つめる音遠と、ただ静かに行く末を見守ろうとする

そして、いつの間にかその側に居たジョーカーは、

仮面の無い紅麗の横顔を見据えながら、坦々と語り始めた。



「麗(紅)というチームは……メンバー全てが仮面やフードでその顔を隠しとったように、

 皆、何かを隠し偽った者達やった。」


「…………」


嬢ちゃんは――」


「名を偽り、私が『』であることを隠し偽りました。」



ジョーカーの言いたいことを自分から先回りして述べた。



「そして私が倒した呪も、自分が『死体』である事を偽っていました……」


「そやな。ほんで戒は『水鏡の姉の仇』だと偽り、

 命は魔導具に入って『自分の本当の姿』を偽った。」



思い思いが己のために偽り、周りを欺いた。

麗の中でも特に統一性のなかった麗(紅)というチームの、唯一ともいえる共通点。



「あ、自分も『本当の自分』隠しとんねん!」


「……アンタ何が言いたいのよ、ジョーカー。」



折角のシリアスな雰囲気も台無しとばかりに、音遠が呆れた顔をした。



「あの人も同じや……仮面で表情を隠したように、

 その『心』を誰にも見えないように偽ったんや。

 “小金井を斬れ”……あの人は決勝前、確かにそう命令した……が!

 “殺せ”とは一っ言も言うてへん。」



も音遠も、虚を突かれたように目を大きく目開いた。



「死なせとうなかったんや!ベットの中なら、闘いよか安心やしな。

 それが、あの人の本心とワイはにらむ。」



青天の霹靂、とでも言おうか。

まさかそこまで紅麗が天の邪鬼だったとは、夢にも思うまい。

あくまでもジョーカーのいち個人的見解ではあるが、

その可能性に思い当たる節のあるは、どこか情けなく笑った。



「……だとしても、その命令を無視してワザと最澄を斬ったアンタも相当なモンだね。

 おおかた本気の小金井と戦いたくて仕掛けたサル知恵だろうけどさ。」



またもや呆れた顔をする音遠の頬は、やや引きつっていた。

それはきっと、自分よりも紅麗を理解しているらしい、

ジョーカーに対する嫉妬も混じっているのだろう。



「まぁとりあえず、自分のことは置いといてな?

 ――結果的に、小金井くんはあの人の目の前に現れてもーた。

 無論、本心など見せるわけもない。自虐的な性格も後押ししてるやろが……」



一度下ろした視線を今度は、烈火へ向けて真っ直ぐに示した。

その行動から、ジョーカーが言いたいことは二人にもわかった。



「花菱烈火……不思議なやっちゃ。

 あの男と戦って、紅麗さんは面白いほど人間らしい一面をさらけ出した。」



ボヤキにも似たその言葉は耳に残り、すんなりと心に入っていった。















「終わりだ……決着をつけよう、烈火。」



―紅麗様……?

一瞬、は幼い頃によく見た紅麗の顔、それを垣間見た気がした。



「……ありがとう……ありがとう、花菱君」



それが例え気のせいであっても構わない。

何故ならこの戦いの中で、彼が紅麗に様々な変化をもたらしてくれたことは確かだから。

―殺したいほど憎んでいても、唯一否定しながらも認め、

 自分の心に『正直』になれる存在……それが烈火なのだろう。

感謝の言葉はただのの自己満足。

自分の中でも、一つの区切りをつけたかったからに過ぎない。

勝っても、負けても……きっと、その気持ちは変わらない。



―あぁ……向かい合った二人の戦いはきっと――これで決まる。



「おぉおおぉぉおぉ!!!」



紅麗が先に動いた。

右手に炎を宿し、真っ直ぐ烈火へと駆け出した。



「―オレは!!姫を守る!!」



その瞬間、烈火の拳にも炎が宿り、すかさず紅麗へと飛び掛かった。

クロスしたお互いの腕と腕。

先に届いたのは……



烈火の方だった。



拳を叩き込まれた紅麗が、地面へと強く激しく叩きつけられた。

それは時間にしてみれば、数秒間の出来事のはずだった。

けれど、その一瞬一瞬がとてもゆっくりと再生されていく。



―……決着はついた。

けれど、未だにわずかな静寂が辺りを包んでいた。

目の前に広がる光景をゆっくりと、もう一度確認するかのように置かれた沈黙。










「……戦闘時間、58分12秒……っ勝者、花菱烈火!!!!」





審判の声が高らかに上がる。



―勝者は、花菱烈火。



こうして約1時間にもわたる死闘は、幕を閉じた。















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