ACT46:崩れる城
「非常に危険な状態が予想されます!!皆さん、充分にご注意を……」
観客の避難に追われる審判たちは、無線で連絡をとりあい、各館の確認を行っていた。
ドームの収容人数は半端ではなく、それを無事に全員避難させるということは
想像以上に大変なことだろう。
何せ武一辺倒な筋肉馬鹿な輩から、単なるゴロツキとしか言いようがない
どうしようもない輩まで、お世辞にも頭が良さそうには見えない輩が沢山いる。
小学生の避難訓練より大変そうだ……と、思ってしまったのも仕方がないことだろう。
ただ命が懸かっている分、多少聞き分けは良いはずだが。
そこまでわからない馬鹿ならば最早救いようもない。
ともかく、ちゃんとした『避難』と人命救済を最優先に考慮するならば、
避けては通れないことがまだ一つだけ残っていた。
それを踏まえては、あることを提案すべく審判のもとへ歩み寄った。
「審判さん、少々よろしいですか?」
「は、はいっ!?」
異常事態にこちらも混乱しているのだろう。
酷く慌てた様子に申し訳なく思いつつ、は口を開いた。
「ドームが崩壊する際に、その破片から身を守る手段のない方々を
出来るだけ一ヵ所にまとめて貰えませんか?」
「それは……?」
突然言われたことに、審判が困惑の色を見せた。
「一時的にですが、私が破片避けに結界を張ります。
強度には自信がありますので、ご安心を。
時間がありませんからせめてこちら側にいる方たちだけでも、
出来るだけ集めて下さいませんか?」
簪を片手に持ってヒラヒラと見せ、結界能力をアピールして見せた。
「ほ、本当ですか!?」
「はい。主君がドームを破壊してしまう詫びのようなものですから、
気になさらないでくださいね。あと、あまり広範囲だと長時間は耐えられません。
なので半径50メートル内くらいに、本当に自衛手段のない方、
特に女性子供お年寄りを優先的にまとめて下さると助かるのですが……」
「わ、わかりました!」
無線を片手に駆け出す審判。
それを横目に、麗の一員とは思えない慈善事業だな、とは一人ゴチる。
自分で進言しておいて何だが、その行動につい苦笑してしまう。
隣りで話を聞いていた音遠も、かなり呆れたという顔をしていた。
「アンタねぇ……お人好しも程々にしておきなさいよ?」
「うん、今回はただの気紛れ。」
簪を片手で弄びながら、音遠に笑い返した。
すると、先ほどから隣で黙り込んでいた雷覇が、突如顔を上げて二人を見た。
「さーて!、音遠。紅麗様の行く末をしっかり見守っていてくださいね!じゃあ!!」
「あ!!コラ!!どこ行くんだ雷覇!!」
何の前フリもなく駆け出した雷覇に音遠が怒鳴った。
「オシッコです♪一緒にします?」
「お馬鹿っ!!早く帰ってくるんだよ!!」
「……兄さん?」
何故だろう。にはその背中が遠く感じられて……
「、どうかした?」
「ううん、何でもない……」
ただ、先ほどのやりとりが不自然なほどに陽気に見えた。
―気のせいだろうか。それとも、何か隠している?
だが隠していたとしても、それが何であるかには検討もつかない。
「……今は、私がやれることをやらないとね。」
―いつまでも兄さんに頼るわけにはいかない。
きっと雷覇には雷覇のやるべきことがあるのだと、確たる証拠はないけれどそう信じている。
妙に印象に残った兄の背に後ろ髪を引かれながらも、は強く足を前へと踏み出した。
その判断が後に自分を苦しめることになろうとも……
―そして
いくつもの閃光がその屋根を突き破り、大勢の人々が見守る中、
轟音をたてて巨大なドームが崩壊した。
「うわっ!!」
「わあああぁあ!!!」
「っうおぉぉ!?」
あちこちから叫喚が響く中、瓦解したドームから身を守るべく魔導具を手に取る人々。
信じられない光景を前に、もとにかく必死だった。
「、大丈夫かい!?」
「っ全然余裕!」
―この行く末を最後まで見守るまでは……こんなところでポックリ死ぬわけにはいかない。
そもそも、そんなマヌケな死に方はゴメンである。
崩壊も静まりはじめ、ようやく現状を把握する余裕ができた頃。
ほとんどの者たちは変わり果てた姿になってしまった、ドームだった物を見上げていた。
土埃の舞うそこは、その全貌を見ずとも壊し尽くされているのがわかる。
「烈火さんは……?」
誰かが呆然とした心境のままに、そう口にした。
「そ、そうだ!」
「烈火と紅麗!!!」
「中の二人は、いったいどうなったんだ!?」
白昼夢から解き放たれたように、人々が騒ぎはじめた。
「やっぱり……この、中に!?」
「花菱ぃぃぃいい!!!」
土門が瓦礫に手を掛け、声を張り上げた。
そしてもドームの、リングのあった辺りへ駆け出そうとした。
「っ……!」
しかしそれを制するように、その手を掴む者があった。
「とっ…凍季也……!?」
思わぬ人物には息を飲んだ。
すぐにでも紅麗を捜しに行きたいはずなのに、足が思うように動いてくれなかった。
「、君は……」
「出てこいてめェーっ!!花菱ィーーっ!!」
水鏡の声を遮るように、土門の声が耳に届いた。
神妙な顔をした水鏡を前に、はどうしたら良いのかわからなかった。
焦り、不安、迷い。
今の気持ちはグチャグチャで、上手い言葉など出てこない。
「……っ凍季也!とにかく今は二人を捜さないと!!」
「あ、あぁ……!!」
―これがすべて、すべて終わったら……
ちゃんと皆に話すことができたら良いなと思う。
だから、今は……
「皆も手伝え!二人を捜すんだ!!」
「捜せ!!」
つき動かされたのは火影やその親しい者たちだけではなかった。
その会場に居合わせた人々が思い思いに、触発されたかのように
瓦礫の除去作業に取り掛かった。
「あれ…最終闘技場のリングだよな?」
「今……あそこで何か動いたぞ!!」
「人の手だ!!」
烈火を切望する声が上がったが、それを裏切るように、
瓦礫を吹き飛ばして現れたのは紅麗だった。
「い、生きておられた……紅麗…様……」
嬉しさからか、音遠がその場にへたり込んだ。
―よかった……
もその顔をくしゃりと歪めて、その身が無事であったことを喜んだ。あとは……
「何処だっ烈火!!」
紅麗が怒りとも憎しみとも取れぬ声を上げ、その名を呼んだ。
「よもやここで死んだなどというマヌケな結末もあるまい!?
貴様は私が直々に殺す!!これで終わりなど、許さぬ!!!」
―紅麗様……
は何とも言い表せない感情に声が出なかった。
紅麗自身がこの烈火との戦いによって変わり始めていた。
いや、その心の内をさらけ出し始めていたのだ。
「……生きてます。烈火くんは約束してくれた。帰ってくるって。だから……」
静かに響く柳の言葉が胸に染みる。
そう、紅麗のためにも、そして柳のためにも……
烈火は、生きてこの場に出て来ねばならない。
「―これ以上、待たせないでくれる?花菱君……」
は誰にも聞こえぬ声でポツリと呟いた。
同時にある一か所で爆発音が響き渡る。
「だから……私はこう言うんです――『おかえりなさい』烈火くんっ」
そこから姿を現したのは間違いなく花菱烈火、その人だった。
二人の間へ審判が駆け込み、周囲の人々へ聞こえるように告げた。
「両者生存!!!試合続行です!!!」
二人の生存と試合の続行に大きな歓声が沸き起こった。
―壮絶な試合の決着が、刻一刻と近付いていた。
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