ACT45:存在しない空間の名は
次々と繰り出される炎たち。
息をも吐かせぬ攻防の数々は、もはや観客たちの想像許容量を遥かに超越していた。
この試合、烈火が急激な成長振りを見せているように、
紅麗もまたその徒ならぬ成長振りを見せつけていた。
烈火が新たな手の内を見せれば、紅麗もそれに対応して圧倒し返す。
―限界という力の底を推し量ることさえできない。
一体どこまで成長していくのか。
そんな風に思わせるほどに二人の攻防は凄まじく、観客の誰もが目を離せずにいた。
―あくなき信念の強さと末恐ろしいまでの才能。
まさに決勝戦最後の試合として、チームを率いる大将の名に相応しい試合。
それが今まさに目の前で繰り広げられていた。
だがその拮抗していた試合も『磁生』が出現したことにより、
形勢は紅麗に有利な方向へと傾きはじめていた。
『紅』一人でさえ厄介だというのに、もう一人相手をしなくてはならなくなってしまった烈火。
ここにきて防戦一方な状況に陥ってしまっていた。
「おまえは確かに強くなったよ。」
紅に押さえ付けられた状態で磁生に痛ぶられる烈火を、紅麗がジッと見据えていた。
「だが哀しいかな…人間にはそれぞれ力の許容範囲が定められている。
生まれついて修羅の力を持つ者があれば…どれだけあがこうとも、
上を見上げるしかできぬ者もある。
―人はそれを『限界』と言い『器が違う』と言うのだ!」
一歩一歩、余裕を持って歩んできた紅麗の足が、そのまま烈火の側頭部を強襲した。
「八竜……恐るるに足らず――」
リングに倒れ伏した烈火。
火影を応援していた観客たちは、その光景から目を逸らさずにはいられなかった。
紅麗の圧倒的なまでの強さをまざまざと見せ付けられ、
抱いていた希望が潰えてしまったと誰もが思った。
「駄目だ……」
「スキなんかありっこねぇよ……」
「烈火の…負けだ……」
「―勝手な事言わないで!!!」
敗北ムードの漂う会場を一蹴して柳が叫んだ。
「烈火くん勝つもん!」
―柳ちゃん……
彼女は烈火の勝利を信じて疑わない。
『敗北』のその示す意味を知っているからこそ、揺らがない。
それはがはじめて出会った頃の柳からは、想像出来ない姿だった。
いつもどこか強く出れず、頼りなかった柳。
それが烈火やその仲間たちから影響を受け、少しずつ変化していったのだろう。
守られる側のはずの柳もまた、試合を重ねるごとに成長していたのだ。
いや、きっと心はいつも一緒に戦っていたのだろう。
の知る『柳』はそういう子だった。
「なーにが『限界』だ、ターコ。そんなモンいつ、誰が決めたんだよ。」
―ノソリと、烈火が上体を起こした。
「自分が限界を感じなかったら、いつまでも限界なんざねーんだよ!!」
しっかりと、完全に立ち上がった烈火は、戦意を失うどころかまだまだ戦う気満々であった。
同時に観客席から喜びの歓声が上がる。
すると火影陣営に、ヒョッコリと烈火と共に姿を消したあの謎の老人が姿を見せた。
「あの老人は……」
この決勝戦において、度々にも絡んできた人物。
特にこの決勝戦が始まってからというもの、老人はに何か思うところがあるようだ。
その自身に心当たりは全然ないのだけれど。
実際、いくらまじまじと観察してみても、一向に思い出すような兆候もない。
―ただの気のせいか……
は再度火影陣営にいる老人に目を向けた。
「ジャジャジャジャーーーン♪ゆっくぞォ烈火ぁあぁ!!!」
突然、リングへと飛び出した老人に、皆目をギョッとさせた。
「ばっ!馬鹿野郎!!選手以外の人間が入っちゃったら失格……」
「キャッホーーっ!!」
土門が慌てて声を上げるが、空中に身を投げ出した老人の姿が透けて見えた。
そのまま輪郭がぼやけたかと思うと、老人は違う『カタチ』をもつ存在へと変わっていた。
そして――息を飲んだ。
「苦労しとるようぢゃのォ!烈火!!」
『火竜』しかも今までに見たことのない“一つ目”の火竜。
「この短時間に、モノにしたというの……?」
は茫然として呟いた。
「苦労なんかしてないわい!てめー、今までどこチョロチョロしとったんじゃ!!」
烈火が不貞腐れた顔で火竜を睨み上げていた。
「早速だが使うぜ!竜之炎漆式!!虚空!! 目標は“そこ”だ。よーく狙え。」
『虚空』その名の何かがの脳裏に引っ掛かったが、
それを気にする暇もなく―ゾクリと悪寒がはしった。
「……っ…紅麗様!!」
はは絞り出すようにその名を紡いだ。
“あれは危険だ”と本能が強い警鐘を鳴らしていた。
同時に、隣りでと同じく血の気の引いた顔をした雷覇が、必死の声で叫んだ。
「―お逃げください!!紅麗様!!」
虚空から炎が放たれた。
それは一直線に紅麗の居る方向へと向かう。
当然、直撃するかと思われたソレは、僅かに逸れた位置を通り過ぎ、
凄まじい衝撃音を立ててドームの天井を突き抜けていった。
「なっ……」
も雷覇も音遠もジョーカーでさえ、ヒヤリとした冷たい汗に背筋を震わせた。
「なんじゃあ?今のはーーーっ!!」
「とんでもねえ力だああああっ!!」
あまりにも衝撃的な攻撃威力。今までにないほど会場が大きく揺れた。
「な、何よアレっ……!?」
「漆式『虚空』まるでレーザー砲やな……っ!!」
穴の開いた天井と烈火を交互に見つつ、音遠とジョーカーが悲鳴にも似た声を上げた。
―とにかく、信じられない。
その一言に尽きた。
「あんなモノをまともに喰らったりしたら……」
「いかに紅麗様とて、無事では済まされない。」
心配されるのはリングに立つ主君、紅麗のこと。
しかしプライドの高い紅麗のことだ。
烈火の冒したこの行為に、大人しく黙っているはずがない。
「おーい。全員に忠告しとくぞ!! 死にたくない奴は、今すぐ外に出ろ!!」
烈火が会場を見渡しながら警告した。
その警告の意味がわからず、首を傾げる観客たち。
しかし気付く者は言われずとも気付いた。
歴戦のツワモノたちならば尚更、気付かぬはずがなかった。
「烈火の言うとおりだっ…今の炎を皆、見たであろう!!
あれを例えば…崩と同時に出したらどうなると思う!!?
一つの玉であの力だ!!無数の玉なら……!!」
解説席から烈火の意を解し説いたのは、空海だった。
「間違いなく、このドームが崩れ落ちる……」
つまりこの場にいる観客たちが生き埋めになることは必須。
その事実を突き付けられた人々は、皆顔色を真っ青に染め上げた。
そして一斉に悲鳴を上げ、我先にと外へ駆け出した。
「紅麗様……」
逃げ惑う人々とは対照的に、沈黙を保ったままの紅麗。
「!あたしらも出るわよ!!」
「う、うん……」
嵐の前の静けさのように、不気味な雰囲気を漂わせていた。
「紅麗様……」
その声は誰にも届かない。
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